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26 プリシラ、閉じ込められる
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プリシラ視点です。
――*――
私は、制服を着て、デビュタント・ボールのために登城していた。
鞄の中には招待状と、お茶会のために購入したドレス用の靴だけが入っている。
「とりあえず来たけど……お城って、大きいのね」
私は初めて間近で見る巨大な王城に、圧倒されていた。
その外壁は眩暈がするほど高く、その堀はまるで川のようである。
敷地面積は、領地にある牧場と同じくらい広いのではないだろうか。
私が城門前で呆然と立ち尽くしていると、城の中から女官が一人出てきたのだった。
女官は私をどこかの部屋に案内すると、クローゼットから純白のボールガウンと、肘まであるグローブ、白い羽飾りを用意した。
案内された部屋も、着くまでに通ったホールや廊下も、想像もつかないほど豪華で荘厳で、目が痛くなるほどだったが、このドレスも見るからに贅沢で、かなり値が張るものだ。
「あの、これは……?」
私は、このドレスが私に用意された物だと分かってはいたが、女官に問いかけた。
田舎の男爵令嬢が着るにはあまりにも豪華で贅を尽くしたドレスだったからだ。
レースやリボンをあしらい、滑らかな生地をふんだんに使い、そこかしこに小粒のダイヤモンドを散りばめたそのドレスは、そこらの店で買えるような物ではない。
間違いなくオーダーメイドの逸品である。
「こちらは、高貴なる御身分の方が、ご厚意で用意して下さったもので御座います。ご友人である貴女様を美しく着飾って差し上げるようにと申しつかっております」
「こ、こんなに素敵なドレスを……! 私に着こなせるでしょうか……」
「私共にお任せくださいませ。会場のどのご令嬢よりも素敵に仕上げてみせますよ」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
私は気後れしながらも、ドレスを着付けてもらった。
高貴なる御身分の方……、ラインハルトで間違いないだろう。
でなければこんなに高価なドレスを用意出来る筈がない。
着付けとメイクが終わると、私は他のデビュタント達が待つ控室に案内された。
私が控室に入ると、他の令嬢達が私の方に目線を向けて、ヒソヒソと何か囁き合っているのが目に入る。
だがそれもいつもの事なので、私は気にせず部屋の隅でぽつんと待っていることにしたのだった。
どうせ私に近づこうという令嬢なんていない。
令嬢どころか、学園中のほぼ全ての生徒が私を避けている。
こんなに素敵なドレスを着て、補習のおかげでダンスも一応踊れるようになって、見た目だけは立派な貴族令嬢になったが……きっと私はデビューしたとて社交には参加できないだろう。
少し前までは、それでも良かった。
将来私は王太子妃になるのだから、ラインハルト以外の人間の評判なんて気にならなかった。
だが、ラインハルトの婚約者であるエミリアを見ていて思ったのだ。
社交術も、立派な武器なのだと。
彼女は、誰からも羨まれるポジションにいるにも関わらず、私以外の誰からも妬まれていないし嫌われてもいない。
むしろラインハルトと同じように愛され、敬われている。
補習でエミリアの所作や言動を見て、その理由は痛いほど分かった。
彼女はずっと前から王太子妃というのがどういう存在なのかきちんと理解し、覚悟し、計り知れない努力を続けてきたからこそあのポジションに立っていられるのだ。
その高潔で純粋で愛に満ちた優しさは、大切なラインハルトを奪おうとしている私に対してさえ、向けられていた。
いつか誰かに騙されるのではないかと心配になるのだが、彼女のような人は、自身で身を守る術を持たなくとも周りが自ずから守ってくれるだろう。
……って私、なんで悪役令嬢のことちょっと好きになってるのよ。
私はそれでもエミリアからラインハルトを奪ってみせるんだから。
そう、決まっているんだから……。
そう思ったところで、何故か突然、エディの笑顔が頭に浮かんだ。
最近、何かというとエディの顔が浮かんだり、夢で見たりする事が多いのだが……どうしてだろう。
「あの、プリシラ様」
「少しよろしいかしら?」
「へ? 私? ……何ですかぁ?」
しばらく一人で考え事をしていたが、珍しく二人の令嬢が私に話しかけてきた。
名前も覚えていないが、同じクラスで双子の姉妹だった気がする。
いつももう一人の令嬢と三人で一緒にいるが、そのもう一人はまだ会場に到着していないようだ。
他の令嬢は物珍しそうに、何事かとこちらを伺っている。
……そうか、エミリアの差し金だ、と私はピンと来た。
「あの、少しお尋ねしたいことがありますの。ですがここではちょっと……」
「あぁ、みんな聞いてますもんねぇ。良いですよぉ、外に出ましょう」
私は双子の令嬢達と共に控室の外に出た。
デビュタント・ボールが始まるまで、あと二十分以上ある。
二人は空いている部屋を見つけると、自分達も部屋に入り、私にも入るよう促した。
「で、何ですかぁ」
「……そのドレス、どうしたのです? 男爵令嬢には到底手に入れられる代物ではないと思うのですが」
「あ、これ、ある人に用意してもらったんですぅ」
「まさか、そんな事が……。一体どうやって……?」
「お姉様……どうします?」
「……これでは、殿下の目に留まってしまうかもしれないわね。そんな事、あの方が許さないわ。あの方が一番美しくなくてはいけないのよ」
双子の姉は、瞳に昏い色を浮かべてそう言うと、私を突然突き飛ばした。
「きゃあ! 何するのよ!」
私は床に倒れ込み、抗議の声を上げた。
しかし双子の令嬢達は素早く踵を返し、部屋から出て行ってしまう。
そして、私が立ち上がった時には無情にも扉は閉まり、外から施錠されたのだった。
「ちょっとぉ! 出しなさいよぉ!」
この部屋はがらんとしていて家具が殆どない上、内鍵が付いていない。
誰かを軟禁するための部屋としか思えないのだが、双子の令嬢達は何故こんな部屋の事を知っていたのだろうか。
「出してあげるわよ。デビュタント・ボールが終わった後でね」
「貴女がそんな高価なドレスを着ているからいけないのよ。身の程を弁えなさい」
「そんなぁ! ひどい……」
そうして足音が二つ、遠ざかっていく気配がしたのだった。
「誰かー! だぁーれぇーかぁー! ……はぁ、誰もいないか……」
廊下には、人っ子一人いる気配がしない。
私は諦めて、ドレスと髪型を直しながら人が通りがかるのを待つ事にした。
「……殿下の目に留まる……やっぱりエミリアの差し金なのかしら。エミリアは良い人だと思ってたんだけど、やっぱり猫を被ってたのかなぁ……」
小説通りならば危険な事もないしデビュタント・ボールには間に合う筈だが、私の心はモヤモヤしていた。
何故だろうか、小説通りに進んでしまう事が少し寂しいというか……以前までは、ただただ嬉しいだけだったのに。
それからしばらくして。
にわかに、廊下が騒がしくなった。
少し遠くで、ドタバタと人が走り回っている気配がする。
私は気づいて貰おうとドンドンと扉を叩き、大きい声を出した。
「誰かぁー! 出してぇー! 閉じ込められたぁー! だれかぁぁー!」
「……そこにいるのか!? どこの部屋だ!?」
男の人が反応したが、どの部屋だか分からないようだ。
私はもう一度扉を叩き、声を上げた。
「ここですぅー! 開けてぇー!」
バタバタバタ、ガチャン! バタン!
人が数人走ってくる音と、鍵が開く音に続いて、扉が外側に大きく開き、私は少し後ずさる。
その途端、男性が二人、室内に駆け込んできた。
「無事か!?」
先頭にいた金髪碧眼の美丈夫が、私の顔を見る間も無く開口一番そう言った。
「はい、無事ですぅ! デビュタント・ボールは始まっちゃいましたかぁ!?」
「……君は、誰だ……?」
私がそう答えると、男性はたっぷり間を空けて、そう尋ねたのだった。
「私は……」
「いや、いい。デビュタントだろう? おい、お前、控室に連れて行ってやれ。私は一応この件を報告しに行く」
何かトラブルが起きているのだろうか。
だが、助けてもらったのだからお礼だけは言っておかなくては。
「あの、どなたか存じませんが、助けて下さってありがとうございましたぁ。双子の令嬢達に閉じ込められてしまい、困っていたんですぅ」
私がそう言うと、男性は初めて私の方をちゃんと見た。
「君……そうか、君がプリシラ嬢か。ドレス、良く似合っているぞ」
「あ……ありがとうございますぅ」
「申し遅れてすまない。私はナイジェル・ブラウン。エミリアの兄だ。今は少し急いでいてな、悪いが失礼する」
「は、はい、ありがとうございましたぁ」
そうしてナイジェルは、急ぎ足で去って行った。
友人がいない私には、エミリアに兄がいた事も初耳だったが、よくよく考えるとナイジェルはエミリアと髪色も目の色も一緒だったし、エミリアに似て美形だった。
そんな事を考えながら、私はもう一人の男性と一緒に、控室まで急ぎ足で戻るのだった。
――*――
私は、制服を着て、デビュタント・ボールのために登城していた。
鞄の中には招待状と、お茶会のために購入したドレス用の靴だけが入っている。
「とりあえず来たけど……お城って、大きいのね」
私は初めて間近で見る巨大な王城に、圧倒されていた。
その外壁は眩暈がするほど高く、その堀はまるで川のようである。
敷地面積は、領地にある牧場と同じくらい広いのではないだろうか。
私が城門前で呆然と立ち尽くしていると、城の中から女官が一人出てきたのだった。
女官は私をどこかの部屋に案内すると、クローゼットから純白のボールガウンと、肘まであるグローブ、白い羽飾りを用意した。
案内された部屋も、着くまでに通ったホールや廊下も、想像もつかないほど豪華で荘厳で、目が痛くなるほどだったが、このドレスも見るからに贅沢で、かなり値が張るものだ。
「あの、これは……?」
私は、このドレスが私に用意された物だと分かってはいたが、女官に問いかけた。
田舎の男爵令嬢が着るにはあまりにも豪華で贅を尽くしたドレスだったからだ。
レースやリボンをあしらい、滑らかな生地をふんだんに使い、そこかしこに小粒のダイヤモンドを散りばめたそのドレスは、そこらの店で買えるような物ではない。
間違いなくオーダーメイドの逸品である。
「こちらは、高貴なる御身分の方が、ご厚意で用意して下さったもので御座います。ご友人である貴女様を美しく着飾って差し上げるようにと申しつかっております」
「こ、こんなに素敵なドレスを……! 私に着こなせるでしょうか……」
「私共にお任せくださいませ。会場のどのご令嬢よりも素敵に仕上げてみせますよ」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
私は気後れしながらも、ドレスを着付けてもらった。
高貴なる御身分の方……、ラインハルトで間違いないだろう。
でなければこんなに高価なドレスを用意出来る筈がない。
着付けとメイクが終わると、私は他のデビュタント達が待つ控室に案内された。
私が控室に入ると、他の令嬢達が私の方に目線を向けて、ヒソヒソと何か囁き合っているのが目に入る。
だがそれもいつもの事なので、私は気にせず部屋の隅でぽつんと待っていることにしたのだった。
どうせ私に近づこうという令嬢なんていない。
令嬢どころか、学園中のほぼ全ての生徒が私を避けている。
こんなに素敵なドレスを着て、補習のおかげでダンスも一応踊れるようになって、見た目だけは立派な貴族令嬢になったが……きっと私はデビューしたとて社交には参加できないだろう。
少し前までは、それでも良かった。
将来私は王太子妃になるのだから、ラインハルト以外の人間の評判なんて気にならなかった。
だが、ラインハルトの婚約者であるエミリアを見ていて思ったのだ。
社交術も、立派な武器なのだと。
彼女は、誰からも羨まれるポジションにいるにも関わらず、私以外の誰からも妬まれていないし嫌われてもいない。
むしろラインハルトと同じように愛され、敬われている。
補習でエミリアの所作や言動を見て、その理由は痛いほど分かった。
彼女はずっと前から王太子妃というのがどういう存在なのかきちんと理解し、覚悟し、計り知れない努力を続けてきたからこそあのポジションに立っていられるのだ。
その高潔で純粋で愛に満ちた優しさは、大切なラインハルトを奪おうとしている私に対してさえ、向けられていた。
いつか誰かに騙されるのではないかと心配になるのだが、彼女のような人は、自身で身を守る術を持たなくとも周りが自ずから守ってくれるだろう。
……って私、なんで悪役令嬢のことちょっと好きになってるのよ。
私はそれでもエミリアからラインハルトを奪ってみせるんだから。
そう、決まっているんだから……。
そう思ったところで、何故か突然、エディの笑顔が頭に浮かんだ。
最近、何かというとエディの顔が浮かんだり、夢で見たりする事が多いのだが……どうしてだろう。
「あの、プリシラ様」
「少しよろしいかしら?」
「へ? 私? ……何ですかぁ?」
しばらく一人で考え事をしていたが、珍しく二人の令嬢が私に話しかけてきた。
名前も覚えていないが、同じクラスで双子の姉妹だった気がする。
いつももう一人の令嬢と三人で一緒にいるが、そのもう一人はまだ会場に到着していないようだ。
他の令嬢は物珍しそうに、何事かとこちらを伺っている。
……そうか、エミリアの差し金だ、と私はピンと来た。
「あの、少しお尋ねしたいことがありますの。ですがここではちょっと……」
「あぁ、みんな聞いてますもんねぇ。良いですよぉ、外に出ましょう」
私は双子の令嬢達と共に控室の外に出た。
デビュタント・ボールが始まるまで、あと二十分以上ある。
二人は空いている部屋を見つけると、自分達も部屋に入り、私にも入るよう促した。
「で、何ですかぁ」
「……そのドレス、どうしたのです? 男爵令嬢には到底手に入れられる代物ではないと思うのですが」
「あ、これ、ある人に用意してもらったんですぅ」
「まさか、そんな事が……。一体どうやって……?」
「お姉様……どうします?」
「……これでは、殿下の目に留まってしまうかもしれないわね。そんな事、あの方が許さないわ。あの方が一番美しくなくてはいけないのよ」
双子の姉は、瞳に昏い色を浮かべてそう言うと、私を突然突き飛ばした。
「きゃあ! 何するのよ!」
私は床に倒れ込み、抗議の声を上げた。
しかし双子の令嬢達は素早く踵を返し、部屋から出て行ってしまう。
そして、私が立ち上がった時には無情にも扉は閉まり、外から施錠されたのだった。
「ちょっとぉ! 出しなさいよぉ!」
この部屋はがらんとしていて家具が殆どない上、内鍵が付いていない。
誰かを軟禁するための部屋としか思えないのだが、双子の令嬢達は何故こんな部屋の事を知っていたのだろうか。
「出してあげるわよ。デビュタント・ボールが終わった後でね」
「貴女がそんな高価なドレスを着ているからいけないのよ。身の程を弁えなさい」
「そんなぁ! ひどい……」
そうして足音が二つ、遠ざかっていく気配がしたのだった。
「誰かー! だぁーれぇーかぁー! ……はぁ、誰もいないか……」
廊下には、人っ子一人いる気配がしない。
私は諦めて、ドレスと髪型を直しながら人が通りがかるのを待つ事にした。
「……殿下の目に留まる……やっぱりエミリアの差し金なのかしら。エミリアは良い人だと思ってたんだけど、やっぱり猫を被ってたのかなぁ……」
小説通りならば危険な事もないしデビュタント・ボールには間に合う筈だが、私の心はモヤモヤしていた。
何故だろうか、小説通りに進んでしまう事が少し寂しいというか……以前までは、ただただ嬉しいだけだったのに。
それからしばらくして。
にわかに、廊下が騒がしくなった。
少し遠くで、ドタバタと人が走り回っている気配がする。
私は気づいて貰おうとドンドンと扉を叩き、大きい声を出した。
「誰かぁー! 出してぇー! 閉じ込められたぁー! だれかぁぁー!」
「……そこにいるのか!? どこの部屋だ!?」
男の人が反応したが、どの部屋だか分からないようだ。
私はもう一度扉を叩き、声を上げた。
「ここですぅー! 開けてぇー!」
バタバタバタ、ガチャン! バタン!
人が数人走ってくる音と、鍵が開く音に続いて、扉が外側に大きく開き、私は少し後ずさる。
その途端、男性が二人、室内に駆け込んできた。
「無事か!?」
先頭にいた金髪碧眼の美丈夫が、私の顔を見る間も無く開口一番そう言った。
「はい、無事ですぅ! デビュタント・ボールは始まっちゃいましたかぁ!?」
「……君は、誰だ……?」
私がそう答えると、男性はたっぷり間を空けて、そう尋ねたのだった。
「私は……」
「いや、いい。デビュタントだろう? おい、お前、控室に連れて行ってやれ。私は一応この件を報告しに行く」
何かトラブルが起きているのだろうか。
だが、助けてもらったのだからお礼だけは言っておかなくては。
「あの、どなたか存じませんが、助けて下さってありがとうございましたぁ。双子の令嬢達に閉じ込められてしまい、困っていたんですぅ」
私がそう言うと、男性は初めて私の方をちゃんと見た。
「君……そうか、君がプリシラ嬢か。ドレス、良く似合っているぞ」
「あ……ありがとうございますぅ」
「申し遅れてすまない。私はナイジェル・ブラウン。エミリアの兄だ。今は少し急いでいてな、悪いが失礼する」
「は、はい、ありがとうございましたぁ」
そうしてナイジェルは、急ぎ足で去って行った。
友人がいない私には、エミリアに兄がいた事も初耳だったが、よくよく考えるとナイジェルはエミリアと髪色も目の色も一緒だったし、エミリアに似て美形だった。
そんな事を考えながら、私はもう一人の男性と一緒に、控室まで急ぎ足で戻るのだった。
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