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第三話
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顔合わせの結果は、アリアが目論んだ通りに運んだ。
アリアはアルフレッドと、リリアはテオドールと婚約を結び、今のところ特に困りごとも生じていない。
強いて言うなら、王子妃教育が大変だということぐらいか。
だが、アリアは本当に王子妃になるつもりもないので、講師に「もっと真剣に取り組みなさい」「それではアルフレッド殿下をお支えできませんよ」と怒られても、どこ吹く風だ。
学園に入学したらどうせ成績を低い水準で維持しなくてはならない。今あんまり無理をしても意味がない気がするし、アリアは肩肘を張らずに、出来る範囲で頑張ればいいかと思っている。
テオドールは、順調に、まっとうにリリアと絆を深めているようだった。
原作では、テオドールは婚約者に贈り物をする際に、毎回同じものを二つ用意して、アリアとリリア両方に渡していた。本当は愛するリリアにだけ渡したかったのだろうが、生憎婚約者はアリアだったからだ。
しかし、今はちゃんと心のこもった贈り物を、リリアにだけ用意している。アリアには見向きもしないどころか、リリア以外の人間が彼の視界に入っているかどうかも不明だ。
リリアとの姉妹仲は、原作と同じく良好である。
原作ではリリアはアルフレッドを深く愛しているようだったから、婚約者を交換したことでアリアとの仲がこじれないか心配していたのだが、それは杞憂だった。
今のリリアはテオドールを婚約者として大切にし、彼の想いにきちんと向き合い、順調に愛を育んでいる。
これなら、何か予定外の事件に巻き込まれてリリアに何かが起こるということでもなければ、テオドールが闇墜ちする未来は来ないだろう。
そして、アルフレッドは――。
「どうだい、アリア。王子妃教育は順調かい?」
「あら、アルフレッド殿下。いいえ、それが、全然ですの。私、物覚えが悪くて……」
「そうか。だが、心配することはないよ。私とアリアは夫婦になるのだ、互いに不足を補い合っていけば良いのだから」
「殿下……」
「そろそろ、アルと呼んではくれないか?」
目の前で青い瞳を潤ませて、甘い声色でアリアの手を掬い取る。
流れるように手の甲に口づけを落とされ、アリアは赤面してしまった。
「で、殿下を愛称でお呼びするなんて、その、不敬ですわ」
「どうしてだい? 私とアリアは婚約者だろう。私が許可しているのだから、構わないんだよ」
「……アル」
「っ、嬉しいよ、アリア。ああ、早く結婚したいな」
「あ、アルと呼ぶのは、二人きりの時だけですからね!」
原作ではリリアとアルフレッドはこんなに仲睦まじくなかったと思うのだが。
だからこそ、アルフレッドとヒメナの距離感が近すぎることに、リリアは嫉妬したのである。
それに、アルフレッドは原作とは異なり、現状では傲慢さも影をひそめているし、勉強にも剣の練習にも真摯に取り組んでいた。
やはり第一王子に対する劣等感はあるようだが、だからといって極端に捻くれることなく、ちゃんと王子様らしく成長している。どういう心境の変化だろう。
そんな彼に、アリアは毎回のように愛を囁かれているのだ。
アリアはアルフレッドを好きになるはずがないと思っていたし、間違っても好きにならないようにとずっと自分に言い聞かせてきたが、最近、気持ちが揺らいでいるのを自覚し始めた。
「はぁ……今はああだけど、学園に入学したら、捨てられるのよね。ちょっと……ほんのちょっとだけ、寂しいかもなあ」
王宮からの帰り道、馬車の中でこぼした独り言は、誰にも届くことなく消えていった。
*
そして、ついに運命の日を迎えた。
王立貴族学園の入学式だ。ヒメナのための物語が、ここから始まるのである。
学園では成績順にクラスが割り振られ、全部で六クラス。原作では、アルフレッド、テオドール、リリア、アリア、ヒメナ――全ての登場人物が一番上のクラスに在籍していた。
一番上のクラスでは、高位貴族の子女がほとんどであり、男爵家というだけでも珍しいのに、平民上がりの庶子など特別天然記念物レベルだ。各家庭の財力によって、教育格差があるからである。
なのに、小説ではなぜかヒメナはいきなり好成績を獲得し、最上位クラスで入学する。理由は描かれていなかったが、彼女はどこで最高水準の教育を受けたのだろうか。
しかし、現実では物語と違って、そううまくはいかなかったらしい。
掲示されているクラス分けの表を眺めても、最上位のクラスにヒメナ・コールマンの名前はなかった。
彼女の名前は、最下位クラスに連なっている。
「……入学試験、うまくいかなかったのね」
「そうかい? 確かにギリギリの成績だが、アリアも私と同じ、最上位クラスじゃないか」
「えっ!?」
アリアが思わずぼそりとつぶやくと、それに反応する声があった。アリアの隣で表を眺めていた、アルフレッドである。
実のところ、アリアは、入学試験で思い切り手を抜いていた。
ヒメナたちと同じクラスになりたくなかったので、最下位とは言わずとも真ん中くらいのクラスを目指して、わざと誤答や白紙回答をしたのだ。
それなのに、確かにアリアの名前は、最上位クラスの下から三番目に記されていた。
「わ、私、見逃しておりましたわ。ほほほ」
「同じクラスなら、これから毎日君に会えるな。学園生活が楽しみだ」
「は、はい……私もです。それより殿下、首席なのですね。流石でございますわ、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
一番上、首席の欄に、アルフレッドの名前が堂々と載っていた。
実は原作では、王家が学園長を買収して、アルフレッドの成績を毎回全科目一位にするように工作されていたのだが――。
「総合では一位だが、剣術と数学では二位、物理学に至っては三位か……まだまだ精進が足りんな」
「充分素晴らしいことですわ」
「いや、だが、兄は全ての科目で一位だったと聞く。私は兄には遠く及ばない」
そう言ってアルフレッドは悔しそうな顔をする。けれど、アリアはそれを嬉しく思った。
彼が全科目で一位ではないのは、学園長が忖度していない証拠。そして、彼自身が努力を重ねてきた証だからだ。
「殿下はとても努力なさっておられます。ふふ、私なんて頑張ってもこの程度の成績なのですよ? 首席なのですから、どうか胸を張ってください」
「アリア……。ああ、ありがとう」
嬉しそうにはにかむアルフレッドを見て、アリアは、もう少しだけ彼と一緒にいたいと思ってしまったのだった。
アリアはアルフレッドと、リリアはテオドールと婚約を結び、今のところ特に困りごとも生じていない。
強いて言うなら、王子妃教育が大変だということぐらいか。
だが、アリアは本当に王子妃になるつもりもないので、講師に「もっと真剣に取り組みなさい」「それではアルフレッド殿下をお支えできませんよ」と怒られても、どこ吹く風だ。
学園に入学したらどうせ成績を低い水準で維持しなくてはならない。今あんまり無理をしても意味がない気がするし、アリアは肩肘を張らずに、出来る範囲で頑張ればいいかと思っている。
テオドールは、順調に、まっとうにリリアと絆を深めているようだった。
原作では、テオドールは婚約者に贈り物をする際に、毎回同じものを二つ用意して、アリアとリリア両方に渡していた。本当は愛するリリアにだけ渡したかったのだろうが、生憎婚約者はアリアだったからだ。
しかし、今はちゃんと心のこもった贈り物を、リリアにだけ用意している。アリアには見向きもしないどころか、リリア以外の人間が彼の視界に入っているかどうかも不明だ。
リリアとの姉妹仲は、原作と同じく良好である。
原作ではリリアはアルフレッドを深く愛しているようだったから、婚約者を交換したことでアリアとの仲がこじれないか心配していたのだが、それは杞憂だった。
今のリリアはテオドールを婚約者として大切にし、彼の想いにきちんと向き合い、順調に愛を育んでいる。
これなら、何か予定外の事件に巻き込まれてリリアに何かが起こるということでもなければ、テオドールが闇墜ちする未来は来ないだろう。
そして、アルフレッドは――。
「どうだい、アリア。王子妃教育は順調かい?」
「あら、アルフレッド殿下。いいえ、それが、全然ですの。私、物覚えが悪くて……」
「そうか。だが、心配することはないよ。私とアリアは夫婦になるのだ、互いに不足を補い合っていけば良いのだから」
「殿下……」
「そろそろ、アルと呼んではくれないか?」
目の前で青い瞳を潤ませて、甘い声色でアリアの手を掬い取る。
流れるように手の甲に口づけを落とされ、アリアは赤面してしまった。
「で、殿下を愛称でお呼びするなんて、その、不敬ですわ」
「どうしてだい? 私とアリアは婚約者だろう。私が許可しているのだから、構わないんだよ」
「……アル」
「っ、嬉しいよ、アリア。ああ、早く結婚したいな」
「あ、アルと呼ぶのは、二人きりの時だけですからね!」
原作ではリリアとアルフレッドはこんなに仲睦まじくなかったと思うのだが。
だからこそ、アルフレッドとヒメナの距離感が近すぎることに、リリアは嫉妬したのである。
それに、アルフレッドは原作とは異なり、現状では傲慢さも影をひそめているし、勉強にも剣の練習にも真摯に取り組んでいた。
やはり第一王子に対する劣等感はあるようだが、だからといって極端に捻くれることなく、ちゃんと王子様らしく成長している。どういう心境の変化だろう。
そんな彼に、アリアは毎回のように愛を囁かれているのだ。
アリアはアルフレッドを好きになるはずがないと思っていたし、間違っても好きにならないようにとずっと自分に言い聞かせてきたが、最近、気持ちが揺らいでいるのを自覚し始めた。
「はぁ……今はああだけど、学園に入学したら、捨てられるのよね。ちょっと……ほんのちょっとだけ、寂しいかもなあ」
王宮からの帰り道、馬車の中でこぼした独り言は、誰にも届くことなく消えていった。
*
そして、ついに運命の日を迎えた。
王立貴族学園の入学式だ。ヒメナのための物語が、ここから始まるのである。
学園では成績順にクラスが割り振られ、全部で六クラス。原作では、アルフレッド、テオドール、リリア、アリア、ヒメナ――全ての登場人物が一番上のクラスに在籍していた。
一番上のクラスでは、高位貴族の子女がほとんどであり、男爵家というだけでも珍しいのに、平民上がりの庶子など特別天然記念物レベルだ。各家庭の財力によって、教育格差があるからである。
なのに、小説ではなぜかヒメナはいきなり好成績を獲得し、最上位クラスで入学する。理由は描かれていなかったが、彼女はどこで最高水準の教育を受けたのだろうか。
しかし、現実では物語と違って、そううまくはいかなかったらしい。
掲示されているクラス分けの表を眺めても、最上位のクラスにヒメナ・コールマンの名前はなかった。
彼女の名前は、最下位クラスに連なっている。
「……入学試験、うまくいかなかったのね」
「そうかい? 確かにギリギリの成績だが、アリアも私と同じ、最上位クラスじゃないか」
「えっ!?」
アリアが思わずぼそりとつぶやくと、それに反応する声があった。アリアの隣で表を眺めていた、アルフレッドである。
実のところ、アリアは、入学試験で思い切り手を抜いていた。
ヒメナたちと同じクラスになりたくなかったので、最下位とは言わずとも真ん中くらいのクラスを目指して、わざと誤答や白紙回答をしたのだ。
それなのに、確かにアリアの名前は、最上位クラスの下から三番目に記されていた。
「わ、私、見逃しておりましたわ。ほほほ」
「同じクラスなら、これから毎日君に会えるな。学園生活が楽しみだ」
「は、はい……私もです。それより殿下、首席なのですね。流石でございますわ、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
一番上、首席の欄に、アルフレッドの名前が堂々と載っていた。
実は原作では、王家が学園長を買収して、アルフレッドの成績を毎回全科目一位にするように工作されていたのだが――。
「総合では一位だが、剣術と数学では二位、物理学に至っては三位か……まだまだ精進が足りんな」
「充分素晴らしいことですわ」
「いや、だが、兄は全ての科目で一位だったと聞く。私は兄には遠く及ばない」
そう言ってアルフレッドは悔しそうな顔をする。けれど、アリアはそれを嬉しく思った。
彼が全科目で一位ではないのは、学園長が忖度していない証拠。そして、彼自身が努力を重ねてきた証だからだ。
「殿下はとても努力なさっておられます。ふふ、私なんて頑張ってもこの程度の成績なのですよ? 首席なのですから、どうか胸を張ってください」
「アリア……。ああ、ありがとう」
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