4 / 6
第四話
しおりを挟む
結局、原作とは異なり、ヒロインであるはずのヒメナとはクラスが別々になった。
そのため、アルフレッドが彼女と顔を合わせる機会は訪れないかもしれない――アリアは入学式の日から数日間、そんな風に楽観的に考えていたのだが、やはりというか何というか、平穏な日々は長く続かなかった。
アルフレッドとヒメナが、ついに出会ってしまったのである。
原作のどこかで見たシーンと同じ――廊下の曲がり角で二人はぶつかり、転んだヒメナにアルフレッドが手を差し出したのだ。
「ごめんなさい、前を見ていなくて」
「いや、こちらこそすまなかった。怪我はないか?」
「大丈夫です、ありがとうございますっ!」
二人が手を取り合った瞬間、アリアはアルフレッドのすぐそばにいた。だから、気づいてしまったのだ。
ヒメナとアルフレッドが、一瞬ではあったが、息を詰めて互いを見つめ合ったことに。
ヒロインとヒーローが、恋に落ちる瞬間を、アリアはよりにもよって一番近くで見てしまったのである。
「……怪我がないなら、良かった。以後、気をつけるように」
「はい。すみませんでした!」
ヒメナは元気よく頭を下げて、急ぎその場を去って行った。
アルフレッドはその場に立ちすくみ、ヒメナの姿が見えなくなるまで、彼女を目で追いかけ続けていた。
その表情は、アリアからは見えなかった。
*
それからというもの、アリアの学園生活には影が差し始めた。
ヒメナが、アルフレッドの前に現れることが増え始めたのだ。
やはりこうなったか、とアリアはため息をつく。
リリアと婚約者が交換になっていたり、婚約者とそれぞれ仲が良くなっていたり、ヒメナとはクラスが違っていたり、原作とは変わった部分が多かったので、正直、この流れにならないかもと少しだけ期待していた。
予想外だったのは、リリアとテオドールも、ヒメナの行動に巻き込まれていることだ。
ヒメナは、何故かアリアではなくリリアを敵視し、必要以上に怖がる素振りを見せている。リリアの婚約者はテオドールだから、ヒメナがアルフレッドに接触することで嫉妬するはずもないのに。
一方で、ヒメナはリリアの婚約者であるテオドールに対してはアプローチを仕掛けていない。アリアのことも、リリアのおまけ程度にしか思っていないようだった。
「……きっと、彼女も転生者ね」
アリアはそう結論づけた。
原作のヒメナは健気で純粋で努力家で賢い、好感の持てるヒロインだった。
しかし今のヒメナからは、あざとさが見え隠れしている。ただ男に媚びているだけで、努力はせず、いつまで経っても最下位クラスのまま。
ただ、ヒメナのクラスが上がる様子が全くないので、アリアもテストで手を抜かなくて良くなったのは幸いだった。バランスを考えながら、バレないように手を抜くというのは、実際には満点を取る以上に難しい行為なのである。
閑話休題。
ヒメナは、アリアがアルフレッドの婚約者に変わっているということに気がついていないのかもしれない。
今の彼女には親しくしてくれる友達もいないようだし、アリア、リリア、アルフレッド、テオドールの四人は、いつも大抵固まって行動しているからだ。
ヒメナは「リリアにいじめられた」と嘯き、自作自演で悲劇のヒロインになり切り、アルフレッドの同情と関心を買おうとしている。アリアにはそれがとても滑稽に見えた。
しかし、ただ滑稽だと笑ってもいられない。
問題は、アルフレッド自身がヒメナと恋に落ちてしまったことなのだ。
アルフレッドは徐々にアリアのそばを離れるようになり、テオドールとヒメナと行動を共にすることが多くなっていった。
自然と、アリアはリリアと一緒にいる時間が増える。
アルフレッドにいつか捨てられるかもしれないと覚悟していたアリアと違って、テオドールと愛を育んできたリリアは、少しずつ憔悴していった。
「あのご令嬢、何を考えているのかしら」
「アリア様やリリア様を放っておいて、アルフレッド殿下やテオドール様はどういうおつもりなのでしょう」
アリアとリリアと仲の良い令嬢たちも、憤慨している様子だ。しかし、今のリリアに立ち向かう気概はない。
「皆様……おやめになって。わたくしが……、愛されないわたくしが悪いのです」
「……リリア……。そうよ、私たちが悪いのよ、リリア。婚約者を信じない私たちが」
「アリア……?」
リリアは、紅い瞳に涙をためて、驚いたようにアリアを見た。
「信じましょう。テオドール様は、リリアのことを誰よりも深く愛しているわ。それこそ、リリアがいなくなったら病んでしまうぐらいに。貴女はテオドール様の婚約者なのだから、あの方の愛を信じるべきよ」
「……! そう、よね。わたくしとしたことが、少し弱気になっていたみたい」
「ふふ、少しじゃないけどね。リリアには元気出してもらわないと、私も悲しいから」
「そうね。わたくしも同じ気持ちよ、アリア」
リリアはアリアの手を両手で包む。リリアの手は少し冷たくて、震えていた。
「リリア、大丈夫よ。貴女は絶対に大丈夫」
アルフレッドはアリアを捨てるかもしれないが、あのテオドールがリリアを捨てるはずがない。
「アリア、貴女も、きっと平気よ」
「いいえ。私は……、命さえ奪われなければ、それで充分よ」
「命って……?」
アリアは誤魔化すように笑った。
このままだと、婚約破棄は、確実に行われるだろう。それはもう仕方がないとして、アリアは、回避したはずの死が迫ってこないかどうか、そちらの方が心配になっていた。
――この時、二人の会話を聞いていた令嬢が顔を青ざめさせて自分の婚約者に相談しに行くなんて、アリアは思ってもみなかったのである。
そのため、アルフレッドが彼女と顔を合わせる機会は訪れないかもしれない――アリアは入学式の日から数日間、そんな風に楽観的に考えていたのだが、やはりというか何というか、平穏な日々は長く続かなかった。
アルフレッドとヒメナが、ついに出会ってしまったのである。
原作のどこかで見たシーンと同じ――廊下の曲がり角で二人はぶつかり、転んだヒメナにアルフレッドが手を差し出したのだ。
「ごめんなさい、前を見ていなくて」
「いや、こちらこそすまなかった。怪我はないか?」
「大丈夫です、ありがとうございますっ!」
二人が手を取り合った瞬間、アリアはアルフレッドのすぐそばにいた。だから、気づいてしまったのだ。
ヒメナとアルフレッドが、一瞬ではあったが、息を詰めて互いを見つめ合ったことに。
ヒロインとヒーローが、恋に落ちる瞬間を、アリアはよりにもよって一番近くで見てしまったのである。
「……怪我がないなら、良かった。以後、気をつけるように」
「はい。すみませんでした!」
ヒメナは元気よく頭を下げて、急ぎその場を去って行った。
アルフレッドはその場に立ちすくみ、ヒメナの姿が見えなくなるまで、彼女を目で追いかけ続けていた。
その表情は、アリアからは見えなかった。
*
それからというもの、アリアの学園生活には影が差し始めた。
ヒメナが、アルフレッドの前に現れることが増え始めたのだ。
やはりこうなったか、とアリアはため息をつく。
リリアと婚約者が交換になっていたり、婚約者とそれぞれ仲が良くなっていたり、ヒメナとはクラスが違っていたり、原作とは変わった部分が多かったので、正直、この流れにならないかもと少しだけ期待していた。
予想外だったのは、リリアとテオドールも、ヒメナの行動に巻き込まれていることだ。
ヒメナは、何故かアリアではなくリリアを敵視し、必要以上に怖がる素振りを見せている。リリアの婚約者はテオドールだから、ヒメナがアルフレッドに接触することで嫉妬するはずもないのに。
一方で、ヒメナはリリアの婚約者であるテオドールに対してはアプローチを仕掛けていない。アリアのことも、リリアのおまけ程度にしか思っていないようだった。
「……きっと、彼女も転生者ね」
アリアはそう結論づけた。
原作のヒメナは健気で純粋で努力家で賢い、好感の持てるヒロインだった。
しかし今のヒメナからは、あざとさが見え隠れしている。ただ男に媚びているだけで、努力はせず、いつまで経っても最下位クラスのまま。
ただ、ヒメナのクラスが上がる様子が全くないので、アリアもテストで手を抜かなくて良くなったのは幸いだった。バランスを考えながら、バレないように手を抜くというのは、実際には満点を取る以上に難しい行為なのである。
閑話休題。
ヒメナは、アリアがアルフレッドの婚約者に変わっているということに気がついていないのかもしれない。
今の彼女には親しくしてくれる友達もいないようだし、アリア、リリア、アルフレッド、テオドールの四人は、いつも大抵固まって行動しているからだ。
ヒメナは「リリアにいじめられた」と嘯き、自作自演で悲劇のヒロインになり切り、アルフレッドの同情と関心を買おうとしている。アリアにはそれがとても滑稽に見えた。
しかし、ただ滑稽だと笑ってもいられない。
問題は、アルフレッド自身がヒメナと恋に落ちてしまったことなのだ。
アルフレッドは徐々にアリアのそばを離れるようになり、テオドールとヒメナと行動を共にすることが多くなっていった。
自然と、アリアはリリアと一緒にいる時間が増える。
アルフレッドにいつか捨てられるかもしれないと覚悟していたアリアと違って、テオドールと愛を育んできたリリアは、少しずつ憔悴していった。
「あのご令嬢、何を考えているのかしら」
「アリア様やリリア様を放っておいて、アルフレッド殿下やテオドール様はどういうおつもりなのでしょう」
アリアとリリアと仲の良い令嬢たちも、憤慨している様子だ。しかし、今のリリアに立ち向かう気概はない。
「皆様……おやめになって。わたくしが……、愛されないわたくしが悪いのです」
「……リリア……。そうよ、私たちが悪いのよ、リリア。婚約者を信じない私たちが」
「アリア……?」
リリアは、紅い瞳に涙をためて、驚いたようにアリアを見た。
「信じましょう。テオドール様は、リリアのことを誰よりも深く愛しているわ。それこそ、リリアがいなくなったら病んでしまうぐらいに。貴女はテオドール様の婚約者なのだから、あの方の愛を信じるべきよ」
「……! そう、よね。わたくしとしたことが、少し弱気になっていたみたい」
「ふふ、少しじゃないけどね。リリアには元気出してもらわないと、私も悲しいから」
「そうね。わたくしも同じ気持ちよ、アリア」
リリアはアリアの手を両手で包む。リリアの手は少し冷たくて、震えていた。
「リリア、大丈夫よ。貴女は絶対に大丈夫」
アルフレッドはアリアを捨てるかもしれないが、あのテオドールがリリアを捨てるはずがない。
「アリア、貴女も、きっと平気よ」
「いいえ。私は……、命さえ奪われなければ、それで充分よ」
「命って……?」
アリアは誤魔化すように笑った。
このままだと、婚約破棄は、確実に行われるだろう。それはもう仕方がないとして、アリアは、回避したはずの死が迫ってこないかどうか、そちらの方が心配になっていた。
――この時、二人の会話を聞いていた令嬢が顔を青ざめさせて自分の婚約者に相談しに行くなんて、アリアは思ってもみなかったのである。
43
あなたにおすすめの小説
信じていた全てに捨てられたわたくしが、新たな愛を受けて幸せを掴むお話
下菊みこと
恋愛
家族、友人、婚約者、その信じていた全てを奪われて、全てに捨てられた悪役令嬢に仕立て上げられた無実の少女が幸せを掴むお話。
ざまぁは添えるだけだけど過激。
主人公は結果的にめちゃくちゃ幸せになります。
ご都合主義のハッピーエンド。
精霊王様はチートで甘々なスパダリです。
小説家になろう様でも投稿しています。
待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。
待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。
もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。
悪役令息の婚約者になりまして
どくりんご
恋愛
婚約者に出逢って一秒。
前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。
その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。
彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。
この思い、どうすれば良いの?
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
悪役令嬢、魔法使いになる
Na20
恋愛
前世で病弱だった私は死んだ。
私は死ぬ間際に願った。
もしも生まれ変われるのなら、健康で丈夫な身体がほしいと。それに魔法が使えたらいいのにと。
そしてその願いは叶えられた。
小説に登場する悪役令嬢として。
本来婚約者になる王子などこれっぽっちも興味はない。せっかく手に入れた二度目の人生。私は好きなように生きるのだ。
私、魔法使いになります!
※ご都合主義、設定ゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
『見返りを求めない君に完敗だ』捨て犬が執着王太子になり、孤児の私を、山盛りの宝石と甘い口づけで閉じ込める。国が泣きついても離してくれません
唯崎りいち
恋愛
死にかけの犬を助けたら、なんと隣国の王太子に変身!
「見返りを求めない君に完敗だ」と、宝石と甘い口づけで溺愛される日々。
でも、私は拒む──あの子との生活が欲しいだけなのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる