無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
9 / 91
第一部 無能聖女編

8. ポーションを精製します

しおりを挟む


 失敗ポーション休憩を挟みつつ、キッチンをある程度磨き終える。そのまま大部屋の掃除に突入していたら、いつの間にか日が傾いてきていた。

「あー、時間が経つのって早い」

 私はそうぼやいて、大部屋の照明を点ける。埃は明るいうちにある程度払っておいたので、抜かりはない。
 天井にぶら下がっている照明用の魔道具は、神殿にあった簡素なものとは違って、ずいぶん立派だ。
 確か、シャンデリアとか言っただろうか。わずかな振動で透明な飾りが揺れ、それに光が反射してきらきらと輝く、貴族に人気の照明器具らしい。
 自分には縁のないものだと思っていたので、細かい部分の掃除の仕方がわからない。あとでジェーンさんに聞いてみた方が良さそうだ。

「明日になったら、窓掃除と、カーテンも洗わなくちゃね。あとは……お庭も少し手を入れたいな」

 家庭菜園らしきところは、おそらくジェーンさんが世話をしているのだろう。だが、それ以外の場所は雑草が伸び放題だ。広大な敷地なので、草むしりも大変そうである。

「キリもいいし、そろそろポーション作っておこうかな」

 私は先ほど洗っておいたグラスに、水を入れる。規定の瓶と同じぐらいの水量……グラスに半分ぐらいだろうか。同じグラスが七つあったので、全てに同量の水を注ぎ、トレーに載せてテーブルに運ぶ。

「ふぅ」

 椅子に腰掛け小さく息をついた私は、目を瞑り、七つのグラスにまとめて浄化の魔法をかける。手のひらからぼんやりとした光が発せられ、私の周囲に広がっていく。
 光の色は、オレンジよりも少し深い黄色。これが私の魔力色である。光量が少ないのは、私の魔力が弱いせいだと思う。

「うん、もういいか。すう……はあ……」

 私は浄化の光をおさめると、深呼吸を繰り返す。ここまでの作業は簡単なのだが、この後、治癒の魔力を込めていくのが難しいのだ。
 実際、浄化の魔法は十本ぐらい同時にかけても均一に仕上がるが、治癒の魔法は一本ずつでないとできない。

「よし」

 気合いを入れて、一杯目のグラスに治癒の魔力を込め始める。琥珀色の光の粒が点々と現れ、浄化を施した水に降り注いでいく。光の粒は徐々に増えていき、濃度を増して、水に吸い込まれていく。
 しかし、水から霧散していく魔力もかなり多い。ポーション精製の鍵になるのは、この霧散していく魔力よりも多くの魔力を一気に注ぎ、固定させることだ。

 魔力を効率よく固定するためには、その前の浄化の作業で不純物をしっかり取り除いておく必要があるらしい。
 特に、植物の液や動物の角など、他の薬の素材になるようなものが混ざっていると、互いに干渉し合って治癒の効果が減ってしまう――初めて治癒魔法に挑戦したときだったか、筆頭聖女様自ら、私にそう教えてくれたことがある。
 なら、解毒ポーションなどはどうやって作っているのかと興味本位で聞いたら、「お前ごときにはまだ早いわ。余計なことを考えず、まずはまともなポーションを作ってみたらどうかしら」と怒られてしまった。

 そして、基本のポーション精製すらロクにできないからだろう。神殿には、怪我や病気の治癒のために訪れる人がいるのだが、私が治癒希望者たちの前に出させてもらったことは一度もない。
 練習相手もいなかったし、本番で恥をかかないようにしてくれたのだと思う。筆頭聖女様は、お言葉こそ厳しいし、一見無理そうなことを仰ることも多いが、優しいお心を持っているのだ。
 彼女は、性格も良い上に、月のように輝く長い銀髪と紫色の瞳の、美しい容姿をしている。生家は由緒正しい侯爵家で、幼い頃から王太子殿下の婚約者という、世の中の全てを持っているようなお方だ。
 親の顔もぼんやりとしか覚えていない孤児の私なんかとは、住む世界が違う人なのである。

「あっ」

 余計なことを考えながら魔法を使っていたからだろうか。また、精製に失敗してしまった。
 魔法の発動をやめると同時に、グラスの中の魔力が霧散していく。

「あーあ。失敗ポーションだ……」

 できあがったのは、ほぼ透明な、薄い褐色の液体。私はため息をついて肩を落とした。

「できたてのポーションですか。独特な香りがするのですね。香ばしくて、良い香り……どこかで嗅いだことがあるような……」
「へっ!?」

 私が驚いて振り返ると、すぐ近くにジェーンさんが立っていた。作りたての失敗ポーションの入ったグラスを、眺めていたようだ。

「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」
「い、いえ……」

 ポーション精製のときは集中しているから、物音に気がつかないことも多いが、こんなに近くにいるなんて。彼女は気配を消す達人ではないだろうか。足腰が悪いはずなのに、不思議である。

「クリスティーナ様、少し早いですが、夕食をお持ちいたしました。わたくしは、これから主様のお世話に戻らなくてはなりませんので。お好きなときに召し上がってください」
「わかりました。ありがとうございます」

 ジェーンさんは夕食の入ったバスケットを、テーブルの上に置いた。アンディの分がないので昼よりも少なく見えるが、これまで一日一食生活だった私にとっては、充分すぎる量だ。

「それと……アンディ様から伺ったのですが、クリスティーナ様のポーションを飲むと、体力が回復するとか。おひとつ、頂いてみてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです! ひとつでもふたつでも、お好きなだけ持って行ってください。鞄の中にもまだ残ってますから」
「それでは、お言葉に甘えて、ありがたく頂戴いたします。こちらのグラスと、瓶に入ったものを一本、頂いてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ!」

 私が鞄の中から失敗ポーションの瓶を取り出すと、ジェーンさんは丁寧に礼を言って受け取った。そうして彼女は、瓶とグラスを持って、母屋へと戻っていったのだった。


 ――まさか、ジェーンさんに渡したこの失敗ポーションがきっかけで、私の身にあんなことが起きようとは。
 このときの私は、全く想像もしていなかった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...