9 / 11
第一部 無能聖女編
8. ポーションを精製します
しおりを挟む失敗ポーション休憩を挟みつつ、キッチンをある程度磨き終える。そのまま大部屋の掃除に突入していたら、いつの間にか日が傾いてきていた。
「あー、時間が経つのって早い」
私はそうぼやいて、大部屋の照明を点ける。埃は明るいうちにある程度払っておいたので、抜かりはない。
天井にぶら下がっている照明用の魔道具は、神殿にあった簡素なものとは違って、ずいぶん立派だ。
確か、シャンデリアとか言っただろうか。わずかな振動で透明な飾りが揺れ、それに光が反射してきらきらと輝く、貴族に人気の照明器具らしい。
自分には縁のないものだと思っていたので、細かい部分の掃除の仕方がわからない。あとでジェーンさんに聞いてみた方が良さそうだ。
「明日になったら、窓掃除と、カーテンも洗わなくちゃね。あとは……お庭も少し手を入れたいな」
家庭菜園らしきところは、おそらくジェーンさんが世話をしているのだろう。だが、それ以外の場所は雑草が伸び放題だ。広大な敷地なので、草むしりも大変そうである。
「キリもいいし、そろそろポーション作っておこうかな」
私は先ほど洗っておいたグラスに、水を入れる。規定の瓶と同じぐらいの水量……グラスに半分ぐらいだろうか。同じグラスが七つあったので、全てに同量の水を注ぎ、トレーに載せてテーブルに運ぶ。
「ふぅ」
椅子に腰掛け小さく息をついた私は、目を瞑り、七つのグラスにまとめて浄化の魔法をかける。手のひらからぼんやりとした光が発せられ、私の周囲に広がっていく。
光の色は、オレンジよりも少し深い黄色。これが私の魔力色である。光量が少ないのは、私の魔力が弱いせいだと思う。
「うん、もういいか。すう……はあ……」
私は浄化の光をおさめると、深呼吸を繰り返す。ここまでの作業は簡単なのだが、この後、治癒の魔力を込めていくのが難しいのだ。
実際、浄化の魔法は十本ぐらい同時にかけても均一に仕上がるが、治癒の魔法は一本ずつでないとできない。
「よし」
気合いを入れて、一杯目のグラスに治癒の魔力を込め始める。琥珀色の光の粒が点々と現れ、浄化を施した水に降り注いでいく。光の粒は徐々に増えていき、濃度を増して、水に吸い込まれていく。
しかし、水から霧散していく魔力もかなり多い。ポーション精製の鍵になるのは、この霧散していく魔力よりも多くの魔力を一気に注ぎ、固定させることだ。
魔力を効率よく固定するためには、その前の浄化の作業で不純物をしっかり取り除いておく必要があるらしい。
特に、植物の液や動物の角など、他の薬の素材になるようなものが混ざっていると、互いに干渉し合って治癒の効果が減ってしまう――初めて治癒魔法に挑戦したときだったか、筆頭聖女様自ら、私にそう教えてくれたことがある。
なら、解毒ポーションなどはどうやって作っているのかと興味本位で聞いたら、「お前ごときにはまだ早いわ。余計なことを考えず、まずはまともなポーションを作ってみたらどうかしら」と怒られてしまった。
そして、基本のポーション精製すらロクにできないからだろう。神殿には、怪我や病気の治癒のために訪れる人がいるのだが、私が治癒希望者たちの前に出させてもらったことは一度もない。
練習相手もいなかったし、本番で恥をかかないようにしてくれたのだと思う。筆頭聖女様は、お言葉こそ厳しいし、一見無理そうなことを仰ることも多いが、優しいお心を持っているのだ。
彼女は、性格も良い上に、月のように輝く長い銀髪と紫色の瞳の、美しい容姿をしている。生家は由緒正しい侯爵家で、幼い頃から王太子殿下の婚約者という、世の中の全てを持っているようなお方だ。
親の顔もぼんやりとしか覚えていない孤児の私なんかとは、住む世界が違う人なのである。
「あっ」
余計なことを考えながら魔法を使っていたからだろうか。また、精製に失敗してしまった。
魔法の発動をやめると同時に、グラスの中の魔力が霧散していく。
「あーあ。失敗ポーションだ……」
できあがったのは、ほぼ透明な、薄い褐色の液体。私はため息をついて肩を落とした。
「できたてのポーションですか。独特な香りがするのですね。香ばしくて、良い香り……どこかで嗅いだことがあるような……」
「へっ!?」
私が驚いて振り返ると、すぐ近くにジェーンさんが立っていた。作りたての失敗ポーションの入ったグラスを、眺めていたようだ。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」
「い、いえ……」
ポーション精製のときは集中しているから、物音に気がつかないことも多いが、こんなに近くにいるなんて。彼女は気配を消す達人ではないだろうか。足腰が悪いはずなのに、不思議である。
「クリスティーナ様、少し早いですが、夕食をお持ちいたしました。わたくしは、これから主様のお世話に戻らなくてはなりませんので。お好きなときに召し上がってください」
「わかりました。ありがとうございます」
ジェーンさんは夕食の入ったバスケットを、テーブルの上に置いた。アンディの分がないので昼よりも少なく見えるが、これまで一日一食生活だった私にとっては、充分すぎる量だ。
「それと……アンディ様から伺ったのですが、クリスティーナ様のポーションを飲むと、体力が回復するとか。おひとつ、頂いてみてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです! ひとつでもふたつでも、お好きなだけ持って行ってください。鞄の中にもまだ残ってますから」
「それでは、お言葉に甘えて、ありがたく頂戴いたします。こちらのグラスと、瓶に入ったものを一本、頂いてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ!」
私が鞄の中から失敗ポーションの瓶を取り出すと、ジェーンさんは丁寧に礼を言って受け取った。そうして彼女は、瓶とグラスを持って、母屋へと戻っていったのだった。
――まさか、ジェーンさんに渡したこの失敗ポーションがきっかけで、私の身にあんなことが起きようとは。
このときの私は、全く想像もしていなかった。
6
あなたにおすすめの小説
義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。
蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。
しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。
自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。
そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。
一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。
※カクヨムさまにも掲載しています。
【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います
黒幸
恋愛
辺境伯令嬢レイチェルは学園の卒業パーティーでイラリオ王子から、婚約破棄を告げられ、国外追放を言い渡されてしまう。
レイチェルは一言も言い返さないまま、パーティー会場から姿を消した。
邪魔者がいなくなったと我が世の春を謳歌するイラリオと新たな婚約者ヒメナ。
しかし、レイチェルが国からいなくなり、不可解な事態が起き始めるのだった。
章を分けるとかえって、ややこしいとの御指摘を受け、章分けを基に戻しました。
どうやら、作者がメダパニ状態だったようです。
表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。
黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる