無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
21 / 91
第一部 無能聖女編

20. 冒険者になった理由を教えてくれました

しおりを挟む


 アンディと話を終えた後、ジェーンさんは母屋へと戻っていった。大地の日は忙しいらしく、食事が済み次第、私も手伝ってほしいと言われている。
 大地の日の夕方以降はジェーンさんも三階への立ち入りを禁じられているため、温めるだけで食べられる食事を用意しておいたり、必要な物がないか確認して用意したり、普段より早めに掃除を済ませておいたり、やることがたくさんあるのだそうだ。

「さて、食べたらまたお仕事に戻らなくちゃ」
「だな。……なあ、ティーナ、母屋ってさ、どんな感じなの?」
「どんな感じ、かあ……普通に立派なお屋敷だよ」

 とはいえ、私は、ここと神殿しか大きな建物を知らない。他の貴族邸がどうなっているかはわからないので、比べることはできないのだけれど。

「……やっぱ、不気味な感じだったりすんの? ほら、甲冑が動き出すとか……絵がこっち見てくるとか……」
「ふふ、そんなわけないでしょ。幽霊屋敷に引っ張られすぎ」
「そ、そっか」

 アンディはジェーンさんの話を聞いてもまだ、幽霊屋敷の噂が頭から離れずにいるようだ。緑色の目が、少し泳いでいる。
 かと思えば、アンディは突然、深くため息をついた。

「……オレ、ダメだな。ほんとはさ、わかってるんだ……オレが冒険者に向いてないってこと」
「え?」
「前にさ、オレが他の街から来てるって言ったの、覚えてるか?」
「あ、うん」

 冒険者ギルドで初めてアンディと会ったとき、確かに彼はそんなことを言っていた。安宿をとって、そこを拠点に生活しているという話だ。

「オレ、王都から馬車で二週間ぐらいのとこにある、小さな村の出身なんだよ。辺鄙な場所でさ……一番近い街へ行くのにも、村で一番早い馬を使って、往復に半日かかるんだ。困ったことがあっても、冒険者ギルドに行くには、その街で馬を替えて、さらに移動しなきゃならなくて」

 アンディは一度言葉を切り、スープをずずっと啜る。私も、小さくちぎったパンを口に運びながら頷いた。

「幸い、強い魔物はあんまり出ない場所なんだ。出たとしても角兎ホーンラビットとか、大青虫ビッグキャタピラーとか、そんぐらい。火を点けた松明でちょっと脅せば、逃げていくような奴らだ。でもな、ある日……猛毒蛾デッドリーモスの群れが、村の近くに現れたんだよ」
猛毒蛾デッドリーモス……!」

 猛毒蛾デッドリーモスとは、その名のとおり、巨大な蛾の魔物だ。猛毒の鱗粉を持ち、それに触れると皮膚が焼けただれ、吸い込めば致死性の毒に体内から蝕まれてしまう。

「どうやら、別の魔物との縄張り争いに負けて、元々住んでいた森から、村近くの森へと移動していたらしいんだ。幸運だったのは、奴らはその争いで傷ついていて人を襲う気力がなかったってことと、村から少しだけ離れた場所を通ってったこと。だから、そのときは村人には直接の被害はなかったんだけど、畑と家畜がやられちまって」
「そっか……毒の鱗粉ね」

 私が苦々しく言うと、アンディは頷いた。

「家畜はどっちみちダメだったけど、すぐに解毒草の粉末を撒けば、畑は復活するはずだった。村には備えとして解毒草の粉末も置いてあったんだけど、範囲が広すぎて、それじゃ全然足りなくてさ。それでオレは、村の奴らと一緒に、森に生えてる解毒草を採取しに行こうと思ったんだ。でも、無理だった」
「……無理って?」

 アンディは眉尻を下げて、ため息をついた。

「解毒草が生えてるのが、猛毒蛾デッドリーモスが移動した先の森だったんだよ。オレたちが森で奴らに出会っちまったら、間違いなく全滅だ。討伐はおろか、解毒草を持った奴を逃がすために、時間稼ぎをする程度の力すらない。それで仕方なく、近くの街まで行って解毒草の粉末を買い込んで、戻ってきたときには……畑はもう、大地ごと腐っちまってた」
「そんな……」

 力なく項垂れるアンディを見て、私も思わずうつむいてしまう。

「その冬は、危うく餓死寸前だったよ。領主様が食糧を配ってくれたおかげで、なんとか持ちこたえられたけど。そのとき、オレ、思ったんだ。魔物と戦う力を……せめて、みんなが逃げる時間を稼げるぐらいの力をつけたいって。それで、村に何かあったときに、真っ先に助けられる男になりたいって」

 アンディの言葉に力がこもる。彼は、テーブルの上に乗せられたこぶしを、ぎゅっと握った。

「そっか……アンディは、それで冒険者になったのね」
「まあ、そういうこと。成人してすぐ村を出て、最初は村に一番近いギルドで依頼を受けてた。王都まで来たのは、まあ、成り行きだったんだけど、王都の方が依頼料がいいから、そのまま滞在してるってわけ。オレ自身のレベルが上がるまでは、村に物資とか仕送りして、還元しようと思ってさ」
「なるほどね。アンディ、偉いんだね」
「そんなことないって。村を出て一年以上経って、本当ならもう猛毒蛾デッドリーモスと戦えるぐらいの力がついてないといけないのに……オレ、ビビってばっかで、足がすくんで。戦いの才能、ないんだよ」
「アンディ……」

 そう言って落ち込むアンディが、無能すぎて神殿を追い出されてしまった、かつての私と重なる。
 私は彼に何か声をかけようと思ったのだけれど、アンディは、ふるふると頭を横に振り、この話は終わりとばかりに立ち上がった。

「さ、午後も一生懸命働きますか! そろそろ次の仕送りも用意しないとだしな」

 アンディは、ニカッと笑って、テキパキとランチボックスを片付けていく。私も、ちょうど食べ終わったところなので、一緒に片付けをする。
 アンディはテーブルを拭きながら、思い出したように「あ」と声を上げた。

「そういえばさ、実はティーナの初級ポーションも、売らずに仕送りに回そうと思って取っといたんだ。村に送ってもいいかな?」
「うん、もちろんだよ! そうだ、アンディが必要なら、追加で初級ポーション作っておくね。本数の確約はできないけど、友達価格で譲ってあげる」
「マジ? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとな、ティーナ」
「ふふ、どういたしまして」

 友達価格とは言ったけれど、アンディにはずっとお世話になっているから、無料で譲ってもいいと思っている。彼がもし気にするようなら、何か安価な物と交換でもいいかもしれない。
 ギルバート様やジェーンさんが必要とすることもあるだろうし、今日の夜はどうせ母屋に立ち入ることができないのだから、久しぶりにポーション精製をしよう。
 そう心に決めて、私はジェーンさんの手伝いに、アンディは庭の整備に戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...