無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
39 / 91
第二部 聖女覚醒編

38. 心の底から笑えた日

しおりを挟む


 私は、ギルバート様の手から、ポーション瓶を受け取る。
 彼の手から瓶を受け取った瞬間、テーブルに瓶が小刻みにぶつかり、カタカタと小さく音が鳴った。

「――っ」

 手が震える。心臓がバクバクする。
 これまで当たり前に受け入れてきたものが崩れるかもしれないと思うと、動悸が止まらない。

「大丈夫だ、クリスティーナ嬢。自分を信じるんだ」
「ギルバート様……」
「問題ないよ。ほら、私がついているから。結果がどうあれ、私はずっと君の味方だ」

 そうだ。
 自分が自分を信じなくて、誰が私を信じるのだ。

 そして私は、私が信じたものを、信じる。
 ギルバート様なら、私がポーションの精製に成功しても、失敗しても、私の味方――それはそう、間違いない。私は彼を信じられる。信じている。

「――ありがとうございます。私、信じます」

 私は心を決めて、深呼吸をする。
 深く息を吸うと、少しだけ落ち着きが戻ってきた。

「……よし」

 私は薬草の葉が入ったポーション瓶に、水を注いで、浄化をかける。
 そして、琥珀珈琲アンバーコーヒーを作るときよりも強く、慎重に、治癒の魔力を込め始めた。

 薬草入りの水はみるみるうちに琥珀色の魔力を吸い込んでいく。

 そして。

「え……え……?」

 ――目の前に完成したものを見て、私は信じられない思いだった。

 初級ポーションよりも強く濃く、しかし透き通った琥珀色。

 何度も他の聖女様のポーションを見てきたのだから、間違いない。
 蜂蜜のようにとろりとした、わずかに輝きを帯びる液体は、中級ポーションの色合いにごく近いものだった。

「これ、中級ポーション……? こ、こんなに簡単に?」
「――ふ、やはり。君ならできると思っていたよ」
「え、え、ちょっと待っ、えええ……!?」

 実のところ、今込めた魔力は、これまでのやり方で初級ポーションを精製したときよりも、ずっと少なかった。
 普段に比べて時間も全然かかっていないし、身体への負担も小さい。
 それにも関わらず、この色のポーションが完成するということは――、

「わ、たし……無能じゃ、なかったの……?」
「そうなるな。君は、何者かの悪意によって、無能だと思わせられていた……何者かにずっと騙され、立場を奪われ、権利を搾取されていたんだ」

 ――私は、無能ではなかった。

 けれど。
 無能だと思われていたから、神殿を追い出された。
 そして、神殿を追い出されたから、今この屋敷にいる。

「あはは……、そう、なんですね」

 私はテーブルに視線を落とし、乾いた笑いをこぼした。
 なんだか、虚しいような、悔しいような、嬉しいような、ホッとしたような、憤りのような……様々な感情がとめどなく溢れ出して、ごちゃ混ぜになっていく。

「でも……そうなら。私が、無能聖女じゃなかったなら……だとしたら……」

 私が人々の役に立つ力を、女神様から賜った加護を人並みに持っているのなら――それを活かすのが義務であり、女神様のご意志ではないだろうか。
 私は……、きっと、ここにいてはいけないのだ。

「私は……神殿に、戻――」
「――駄目だ。許さない」
「え……?」

 私の言葉は、ギルバート様にぴしゃりと遮られて、最後まで発せられることはなかった。
 のろのろと顔を上げると、ギルバート様は恐ろしいぐらいに真っ直ぐ、私を見つめていた。

「神殿に戻ることは、許さない。君を貶めていた悪意の正体が分からない限り、また君は搾取されることになる。そんなことは、この私が、絶対に許さない」
「で、でも……この力があるのなら、誰かのために使うのが、女神様のご意志なのでは……?」
「女神の意志というなら、君の力が判明したのが神殿を出た今だったということも、また女神の意志だろう。それに、神殿に戻らなくとも、君の力を役立てる方法はある」

 ギルバート様は手袋を両手から引き抜くと、席を立った。
 そのまま私の隣まで歩いてきて、私の手を両手で包み込む。
 彼の手は力強くて、まるで、『離れるな』とでも言っているかのようだ。

「その方法もすでに考えてある。場合によっては、神殿にこもっているよりもずっと多くの人を助けることができるかもしれない」
「え、そんな方法があるんですか?」
「ああ」

 ギルバート様は自信たっぷりに微笑みながら頷いた。
 彼の表情と、手の温度に、すっかり凍り付いていた私の脳が、少しずつ稼働し始める。

「気になるだろうが、詳しい話は食事をしながらにしよう。ちょうど支度も整ったようだ」
「え? 支度?」
「お待たせいたしました。簡易ではございますが、晩餐のご用意が整いましてございます」
「えっ、ジェーンさん!?」

 私の後ろ側から気配もなく突然現れたのは、腰を痛めて休んでいたはずのジェーンさんだった。
 腰を気にする様子もなく深く一礼すると、ダイニングルームの中央を仕切っていた間仕切りをどかしていく。
 仕切りの向こう側には少し大きめのテーブルがあって、美味しそうなお料理が載ったお皿が、所狭しと並べられていた。

「わぁ……すごい……! これ、ジェーンさんが? 腰は平気なんですか?」
「ええ、クリスティーナ様のお力で、治らないと言われていた腰が、完治したのでございます。本日は、そのためのお礼のお席を設けさせていただきました」
「本当に……? 腰、良くなったんですか?」
「ああ。これはジェーンからの礼と、私からの祝いの晩餐だ」

 ギルバート様は美しく微笑んで、私の手を優しく引いた。私は素直にその手に従って、立ち上がる。
 ギルバート様は、先ほどと同じように、私を晩餐の席まで導いてくれた。
 ジェーンさんが椅子を引いてくれたが、私はそこで一旦動きを止めて、ギルバート様とジェーンさんの顔を交互に見る。

「あの……私……」

 お礼を言いたいのに、喉が詰まって、上手く話せない。
 ギルバート様も、ジェーンさんも、いつも通り優しく口元を緩めて、私の言葉をじっと待っている。

「ありがとう、ございます……!」

 ようやく喉の奥から出てきたその一言は、なんだか湿り気を帯びて震えていた。

 ――力がなくても、あっても、彼らは変わらずに私を受け入れてくれる。

 私は、何も捨てなくていいのだ。
 今のまま、ここで彼らと一緒に過ごしてもいいのだ。

 じわじわと、喜びが胸の奥からわき上がってくる。
 大好きな二人の笑顔に囲まれて、私の頬が自然と緩んでいく。

 私は――心の底から、笑うことができたのだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...