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第三部 フォレ領編
55. フォレ城に到着です
しおりを挟む豊穣の日の昼過ぎ。
私たちは、ようやくフォレ城に到着した。
フォレ城は、要塞という言葉がよく似合う、物々しい雰囲気の古城だった。
まず初めに見えたのは、真っ黒な森を見据えるように聳える、高く頑丈な石の城壁だ。
四方に細い窓のついた物見櫓が備わり、青い旗が風にはためく。
城壁の各所に開いた門扉には、重そうな鉄柵が下りている。
北に流れる大きな川の向こうは、もう魔境だ。
鬱蒼とした黒い木々が生い茂っていて、薄ら寒い気配――魔物が放つ瘴気が、黒い靄状に目視できるほど濃くなっている。
「うええ……あの森、やばいね。すんごくぞわぞわする。近づいたら酔いそう」
「セシリア様、気配察知の範囲を弱めていただいて、よろしゅうございますよ。もう間もなく防衛結界の中に入りますから」
ジェーンがそう言った直後、馬車ごと薄い膜のようなものを通り抜けたような感覚があった。
特に抵抗はなく、むしろ通った瞬間に嫌な気配がすうっと消えた。呼吸も楽になったような気がする。
「今の膜みたいなのが、防衛結界?」
「左様でございます。防衛結界は城壁を囲うように張り巡らされており、瘴気をある程度遮断する効果がございます」
瘴気を遮断する結界は、代々のフォレ公爵が長年研究を重ねてきた結果、数代前にようやく技術として確立したのだそうだ。
それまでは、この地で生活するのも大変だったという。
「長いこと瘴気に晒されておりますと、精神を病みます。今は辺境騎士団の本部はフォレ城内にございますが、結界の技術が確立するまでは、領の中央部に置かれておりました。領主様はずっとフォレ城に留まっておられましたが、騎士たちは頻繁に交替しながら領境を守ってきたのです」
私はジェーンの話に相槌を打ちつつも、気になる文言があったため、質問をする。
「技術確立前のフォレ公爵様たちは、大丈夫だったの? お城に留まってたってことは、ずっと瘴気に晒されてきたのよね?」
「……わたくしには分かりかねますが、代々のフォレ公爵様は、ほとんどの方が短命だったと伺っております」
「え……」
ジェーンが重々しく発した言葉に、私もリアもアンディも衝撃を受けて、固まってしまった。
「……それは、瘴気の影響で?」
「おそらくは。ですが、ご心配なさらないで下さい。技術が確立されて以降は、必ずしも短命ということはございません。騎士の皆様も住まいをこちらに移されましたが、皆様体調に問題はなく、引退まで無事に過ごされた方も数多くいらっしゃいます」
ですから主様も、とジェーンは安心させるように言い、微笑んだ。
アンディはあからさまにホッとしたように息をつき、リアも表情こそ変わらないものの、肩の力をわずかに抜いた。
「でもさ……不敬かもしんないけど、どうしてそんな危険な所に要塞まで築いて、土地を守ってるんだ? 正直な話、領境の土地を放棄して、最大都市のある中央部まで下がればいいんじゃねえの?」
「フォレ領は、北から南まで、領地全体が緩衝地帯となっているのでございます」
「緩衝地帯?」
「ええ。魔物が大群で人間領に侵攻してきた場合、フォレ領全域が戦場となることが想定されております」
魔物は人を襲い、その住処を拡大し、増えようとする習性がある。
魔物が増えれば瘴気が増大し、人には住みにくい地に変わってしまうため、魔物が現れたら騎士や冒険者たちが適切に退治する必要があるのだ。
「フォレ領を放棄すれば、次はグリーンフィールド男爵領へ。その次はまた隣領へ……次々と瘴気の地が広がり、やがては王国も隣国も、この大陸全ての地が魔の森に呑み込まれていくでしょう」
「ま、まじかよ」
「ええ。ですから、魔物側と人間側とが大河で隔てられているフォレ領最北部が、防衛に最も適した地なのでございます」
それでも討ち漏らした魔物が各地に散っていき、その地で増えて元の種よりも瘴気が弱まった結果、フォレ領よりも弱い魔物が王国各地に現れるようになったということだ。
王国どころか人間全体にとって大切な防衛拠点であるため、フォレ公爵は代々、王族の中から特別な選定方法で任命されるらしい。
「特別な選定方法、っすか?」
「左様でございます。その選定方法は秘中の秘。わたくしも、詳しいことは」
ジェーンは、そう言って首を横に振る。
そうしている間に、馬車は城壁の前に一旦停車し、騎士の合図と共に上げられた鉄柵を通り抜けていく。
城壁内部も通路として利用されているようで、灰色の長いアーチには、人が並んで通れそうな扉が据え付けられていた。
アーチを抜け、もう一つ鉄柵を通ると、ようやくフォレ城の全貌が見えてきた。
「わぁ……すごい」
頑丈な、石造りの古城だ。
四角くて堅い、全体的に冷たい灰色の色調は、領主の住居というよりは、防衛用の砦という印象が強い。
王都にある王城や神殿と異なり、尖塔や丸みを帯びた窓、季節の花で彩られた庭園は、見える範囲にはない。
敷地内には庭園が作れそうな広いスペースもあるが、あれは騎士たちや馬が整列するために空けられた場所だろう。
きちんと四角く整地され、石畳の隙間からは雑草の一本も生えていない。
優美さには確かに欠けるが、防衛に特化した機能美が、ここフォレ城にはあった。
「到着でございますね。しばらくお待ちください」
ややあって、外側から馬車の扉が開く。
黒い騎士服に身を包んだ人たちが数人、頭を下げて出迎えてくれていた。
この黒い騎士服が、辺境騎士団の制服なのだろう。
警備をしている人たちも皆、同じ騎士服に身を包んでいる。
「待っていたよ。遠路はるばる、よく来てくれた」
「えっ?」
聞き覚えのある声に、私は弾かれたように声の出所へ顔を向ける。
黒騎士たちの中央に、唯一頭を下げていない人がいた。
他と同じ黒い騎士服なのに、一際輝くオーラを放っているその人は、春の日差しのような黄金色の瞳を柔らかく細め、口元を綻ばせている。
「ギル様……?」
「ああ。会いたかったよ、ティーナ。ようこそ、我が城へ」
ギル様は美しい微笑みを浮かべて、黒い手袋をはめた手を、私に向かって差し出した。
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