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第三部 フォレ領編
62. 実力主義だそうです
しおりを挟む休憩をきちんと取るようにとギル様から諭され、私が「必ず」と約束したところで。
シニストラ卿はごほんと咳払いをして、ポーション瓶の箱を指し示した。
「して、この中級ポーションはもう全て完成ですかな?」
「はい」
「ならば、早急に効果を確かめませんと。閣下、よろしいですな?」
「ああ。医務室へ届けてくれ」
「承知」
シニストラ卿は簡潔に返答する。
テーブルの上に置いてあったポーションの箱を持ち、足早に退出していった。
「ええと、この後作る分のポーションはどうしましょう? 完成次第、お届けしましょうか?」
「いや、明日で構わないよ。実のところ、一日でそんなにたくさんのポーションを作れるとは思っていなかったのだ。薬草水は多めに仕込んでおいた方が良いだろうと思い、一樽用意したが」
「そうなのですか?」
「ああ。フォレ領の教会には五人の聖女がいるが、一日で完成させられるポーションは、全て合わせて二十本から三十本の間に収まっている」
私は、一般的な聖女がどのぐらいの本数を精製しているか知らなかったので、少し驚いてしまった。
とはいえ、一概に少ないとも言えない。
教会での仕事は中級ポーションの精製だけではなく、多岐に渡るのだ。
教会では、解毒ポーションなど異なる種類の魔法薬も精製しているし、患者を直接治癒する仕事も外せない。
「私は、教会の聖女様がたと違って、これしかできませんから」
「それでも、君一人で、しかも午前中だけで十五本もの中級ポーションを精製するだなんて、想像もしていなかったよ。ティーナ、君は本当に素晴らしい聖女だな」
「い、いえ、そんな、恐れ多いです」
私がひたすら恐縮していると、ギル様はふっと優しく笑った。
「ここには、ポーション不足で治癒できずにいた軽傷の騎士が、いくらでもいる。君のポーションの効果も、すぐに確認されるだろう。そうすれば、ルーカスもティーナをすぐに認めるはずだ」
ギル様はそう言って、琥珀珈琲を優雅に口元へ運ぶ。
カップを置いたギル様は、廊下に続く扉の方へと目をやった。扉はきっちり閉まっていて、誰かが通りがかる気配もない。
ギル様は声のトーンを落として、内緒話をするように、私に少しだけ顔を寄せた。
美しいかんばせが手を伸ばせばすぐに届いてしまう位置まで近づき、ギル様のつけている爽やかな香水がふわりと香る。
「ルーカスはジェーンと同じく、私の腹心でな。二人は、立場としては一介の従者と侍女だが、ここだけの話、家令や侍女長よりも信頼を置いている」
「そうなのですね」
「……この城では、心から信頼できる者は多くないのだ」
ギル様はそう言って、寂しげに首を横に振った。
「この地には、徹底的な実力主義が、古くから根付いている。魔物の脅威にさらされ、そうあることが当然だったのだろう。そんな中に、私は若輩の身で放り込まれたからな……就任当初に比べたら大分認められたとは思うが、未だに私が上に立つことを良しとしない者もいる」
「そんな……」
ギル様とて、望んでこの地に封じられたわけではないはずだ。
多感な少年の時期に家族から引き離されて、厳しい土地へ送り出され、赴任してきたこの地では年上の部下たちに認めてもらえず……どれだけ孤独で、不安だっただろうか。
私は、ギルバート少年の痛みを想像し、ぎゅっと眉をひそめた。
「ふ、そんな顔をするな。私なら、良いのだ。今は、数少ない信頼のおける者の中に、ティーナも加わってくれたことを、とても嬉しく感じているよ」
「ギル様……」
「だが、それと同時に、申し訳ないとも思う。これから、不便をかけたり、不快な気持ちにさせることも増えるだろう」
「それなら、平気です。私は、ギル様のお役に立てることが、何よりも嬉しいんです」
「ティーナ……。ありがとう」
ギル様は柔らかに目を細め、口元を綻ばせた。
琥珀珈琲の最後の一口を飲み終えると、ギル様はソファーから立ち上がった。
「名残惜しいが、そろそろ戻らなくては。では、ティーナ。集中するのはいいが、時々休憩を挟むように」
「わかりました。ギル様も、ご無理をなさらず、疲れたらいつでもいらしてください。何度でも琥珀珈琲をご用意しますから」
「ああ、ありがとう。それと――」
ギル様は出入り口に向かっていたが、扉の前で足を止め、私の方を振り返る。
「何か困ったことがあれば、私かジェーン、ルーカスを頼ってくれ。もちろん、セシリア嬢やアンディ殿、ウォード殿でも良い。いいか、一人で解決しようとせず、必ず頼ってほしい」
「はい」
「ルーカスにはまだ慣れないだろうが、彼はジェーンと同様、私がフォレ領に就任して間もない頃からずっと、一貫して私を支え続けてくれている人間だ。ルーカスも多分に漏れず実力主義で合理的な男だが、道理に反したことは絶対にしない」
だから、自分やジェーンが手を離せない時には、城内の誰でもなくルーカスを頼るように――ギル様はそう念押しをしてから、部屋を出て行った。
「ギル様……」
私はギル様の言葉に頷きこそしたものの、内心では、この城とギル様を取り巻く環境に、少しだけ不安を抱いたのだった。
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