無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
67 / 91
第三部 フォレ領編

66. 医療班と協力します

しおりを挟む


 巨大獣ベヒーモスは、その名のとおり、非常に大きな魔物だった。

 鋼鉄のような鈍色の肌。
 爛々と光る紅い瞳。口からは不揃いの牙がのぞいている。
 四本の脚は大木よりも太く、鋭く大きな爪は、角と同じ黒色。
 頭頂部から背中、そして尻尾にかけて、瘴気のたてがみが靡いている。

 四足歩行なのに、頭の位置は成人男性の倍以上もの高さにある――そんな恐ろしい魔物に、騎士たちは中、長距離からの攻撃を余儀なくされていた。

「みんなお待たせ!」
「補充か、助かった!」

 巨大獣ベヒーモスとの戦いに巻き込まれないよう、医療班は少し離れた位置に陣取っていた。
 アンディが医療班の男性に駆け寄ると、男性はホッとしたように表情を緩める。

「無くなる前に、補充が間に合ってよかった。君は引き続き我々医療班の指示に従って、他の解体班メンバーと一緒に、戦えない者を城まで連れて行ってくれ」
「了解! 戦況は?」
「見たところ、既に奴の体力の七割は削ったな。だが、こちらの戦力もかなり損耗している」

 戦場後方のスペースでは、医療班の人たちがペアになって治療行為を行っている。
 騎士たちの傷や骨折部位を固定し、傷口を水魔法で洗浄したのち、残りわずかとなった中級ポーションをその部位に振りかけていた。
 治療スペースには、魔法部隊の防衛班の人たちの手によって、防御結界が張られている。

「閣下の指示で、大怪我をしないよう安全策を取りながら攻めているからな……懐に潜り込んで致命的な一打を与えることができていない。副団長は苛ついているだろうな」

 巨大獣ベヒーモスの動きはのろいが、あの巨体だ。
 太い腕や尻尾が直撃したり、踏み潰されたりしたら即座に致命傷になる。
 実際、怪我をして運ばれてきた騎士は、風圧で吹き飛ばされてたたきつけられた者や、尻尾や足が地面に当たることで砂礫が舞い、それがつぶてとなって飛んできて傷を負った者が多いようだ。
 ギル様の「安全策を取れ」という指示は、適切なように思えた。

「ちょっと!」

 男性と私たちの会話に割り込んできたのは、医療班用の黒い騎士服を着た女性だった。
 金色の髪と赤橙色の瞳をもつ麗人の姿を見て、私は一瞬身体がすくんでしまう。

「そこの解体班の少年! 補充用のポーションは持ってきたわね? 早くこっちに寄越しなさい!」
「あ、はいっ」

 強い口調で怒ったようにアンディに指示を出す彼女は、城に到着した日に、私を部屋まで案内した女性騎士――エミリーさんだった。
 私はぐっと唇を噛み、眉に力を入れた。ポーションを渡そうとするアンディを、手で制する。

「――待って、私が治癒します。ポーションは数に限りがあるので」
「は? 何を言ってるの?」

 私が彼女の患者の元に向かいながら、冷静にそう告げると、エミリーさんは苛々した様子で首をぐりんとこちらへ向けて捲し立て始める。

「私がポーションの無駄遣いをしているとでも? 私の処置に不満があるなら――」

 私は彼女の言葉に反応せず、変な方向に曲がってしまっている、患者の腕に手をかざした。
 琥珀色の魔力が指先から迸り、患者の腕はみるみるうちに、あるべき形に戻っていく。
 エミリーさんは間近でそれを見て、言葉を失ったように、突然静かになった。

「エミリーさん。私は、一度に何箇所も並行して治癒することはできません。私の手が回らなくなったら、ポーションで補助をお願いします」

 あっという間に骨折の治療が済み、続いて脛の部分に手をかざす。軽傷ではあるが、騎士服が破れて出血していた。

「待ちなさい。今の箇所は骨折だからいいけど、こっちには傷があるわ。傷口を水で洗い流すのが先よ」

 エミリーさんは私を制止して、水魔法を使って患部をざっと洗い流した。
 私は、少し驚いて彼女を見る。
 エミリーさんは、不満を述べていた先ほどとは表情を一変させ、既に冷静な医療者の顔になっていた。

「エミリーさん――」
「――これでいいわ。でも、この程度の軽傷は、ポーションでの処置が妥当ね。貴女は骨折した騎士や、出血の多い騎士を中心に癒しなさい」

 エミリーさんはアンディの手からポーションを奪って、傷口に振りかける。
 限りなく節約し、治癒の完了するギリギリの量で大切にポーションを使ってくれているのが、私の目から見てもはっきりとわかった。

「深部の怪我や深い傷だと、ポーションでは時間がかかるから。適材適所というものよ。さっき貴女たちが話していた男性が医療班のリーダーだから、彼に指示をもらってちょうだい」
「――はい! わかりました!」

 私は元気よく返事をして、エミリーさんににこりと笑いかける。
 エミリーさんは、私の視線に気づくと、かすかに口角を上げた。

「――さあ、気を抜くんじゃないわよ。魔物の攻撃は、追い詰められてからが激しくなるんだから」
「はい!」

 私は、治癒途中の騎士をエミリーさんに任せて、立ち上がる。
 医療班のリーダーの男性は、全てのやり取りを見ていたようだ。
 既に他のチームメンバーに招集をかけており、集まった人たちに早速説明を始めている。

「――というわけだから、重傷者は優先的に彼女に回せ。戦局もそろそろ変化するだろう。各自、最後まで集中を切らすなよ!」
「「「応っ!!」」」

 医療班の騎士たちは揃って返答し、それぞれの持ち場へと戻った。

 私も、続々と運ばれてくる重傷者たちの治癒を、必死にこなしていく。

 ――そんな中。

「……嫌な匂いが強くなった。風向きが変わるよ」

 クリーム色のローブを風にはためかせ、リアがぼそりと呟いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...