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第四部 婚約編
73. 内密なお話だそうです
しおりを挟むギル様の腕の治癒を終えた私は、琥珀珈琲を配る許可をもらい、魔力切れになるぎりぎり手前まで精製を行った。
朝からポーション精製と治癒に奔走していたので、作れた量は思ったよりも少ない。
「……ふぅ。一人当たりの量は少ないのですけど、なんとか全員に配れそうですか?」
「ああ。君も疲れているだろうに、皆のためにありがとう」
「いいえ、これで皆さんに元気を出してもらえるのなら、お安い御用です!」
ギル様は柔らかく笑って、ジェーンとシニストラ卿に目配せをした。
二人は同時に頷くと、琥珀珈琲の瓶が入った木箱をそれぞれ抱えて出て行った。
ジェーンとシニストラ卿が出て行ったのを見送ると、ギル様は廊下を見回して人気がないのを確認し、部屋の扉をぴったりと閉めた。
「……ティーナ、内密な話がある。扉を閉めたまま話をしたいのだが、構わないだろうか」
「はい、もちろんです」
「そうか。私を信頼してくれてありがとう」
ギル様はいつでも紳士的で誠実だ。
これから二人きりで秘密の話をするのだと思うと少し緊張するが、心配することなんて何もない。
私が微笑んで頷くと、ギル様は向かい側のソファーに腰を下ろす。
「とはいえ、どこから話すべきか……」
ギル様は少し逡巡したように目を伏せる。紺色の長い睫毛が、白皙のかんばせに影を落とした。
少し待っていると、ギル様は「よし」と小さく頷いた。どうやら心は決まったらしい。
「ティーナ。私が以前、君を……『琥珀色の聖女』を三年前から探し続けていたと言ったことを、覚えているか?」
「はい、覚えています」
よく覚えている。私もずっと聞きたかった話だ。
三年前というと、私は神殿で雑用をしていた頃である。人前に出ることはなかったし、私の作ったポーションも、世の中には出回っていなかったはずなのに、ギル様はなぜ私を……いや、琥珀色のポーションを探していたのか、気になっていたのだ。
「実は、三年前に一度だけ、私は君と会っているのだ」
「え? 私が、ギル様と?」
「ああ。大地の日の夜、神殿の裏手で」
「神殿の裏手で、夜……もしかして」
私の頭の中で、かちりとパズルのピースが嵌る。
先ほどギル様の魔力に包まれた際、ふいに見えた光景。
もしかして、あのとき出会った人物が、ギル様だったのかも――いや、そうに違いない。
私は不思議な確信をもって、ギル様に問いかけた。
「体調が悪いのに何故か人目を避けていた、黒いローブ姿の人……あれがギル様だったんですか?」
「っ、覚えていたのか?」
「覚えていたというか……さっき、急に思い出したというか……」
思い出したのは、先ほどギル様の魔力がこもった飾り石が、光を放ったときだ。
あの一瞬、ふっと気が遠くなったかと思うと、私は突然ある光景を思い出していた。
わずかな月あかりが照らす、神殿の裏手。
数段しかない階段の下で、柱と手すりの陰にうずくまるように隠れていた、黒いローブの人物。
全身を黒で覆い、自らの身体を抱えて縮こまっている人物など、普通なら、闇夜に紛れて見つけられなかったはずだ。
しかし、彼は相当具合が悪かったらしい。
ふらついて身体をぶつけてしまったのだろう、そのときに物音がしたため、私は彼の存在に気がついた。
「あのとき、黒いローブの人は、すごく具合が悪そうで。なのに、人を呼ばないでほしいと言っていたので、きっと訳ありの、影のお仕事の人かと思って……動けないほどの怪我をしたのかもしれないと、心配していたんです」
「なるほど……君が私を覚えていた理由は、わかった。だが、全身黒ずくめで、人目を嫌う人間など、君の言うとおり、非常に怪しかっただろう? 普通なら、危険人物かもしれないと考えて、関わり合いになるのは避けたいと思うのではないか?」
「うーん、そうかもしれませんけど……」
私は頭をひねって考える。だが、そのときは彼が危険人物だと思えなかったのだ。
彼が弱っていて、私に危害を加えられないと思ったからだろうか?
――いや、違う。そうだ、あのとき。
「……うずくまっていたローブの人の身体から、きらきらと黄金色の光の粒が舞っているように見えたんです」
「――黄金色の、光?」
「はい。黄金色は、女神様の色とされていますから」
この王国を建国したとされる女神様。
その魔力は、天から降り注ぐ光のように黄金色に輝き、豊穣の恵みや奇跡の力を私たちにもたらすという。
「女神様に愛された方が、悪い人であるわけがありません。けれど、その人は、誰かに見られるのを良しとしませんでした」
きっと、弱っているところを見られたくなかったのかもしれない。
女神様の遣いか、寵愛を受けた方なのか、とにかく弱い部分を人に見せてはいけないと考えているのかもしれない――私はそう思ったのだ。
「それでも、私に何かお役に立てることはないかと考えて、常に持ち歩いていた失敗ポーションを渡したんです」
「そうだったのか」
ギル様は、心底不思議そうに、自らの手のひらをまじまじと見た。
彼はふと真剣な表情をすると、私に目を向け、問いかける。
「……ティーナ。一つ訊くが、私と再会してから、黄金色の光が漏れているのを見たことは?」
「ないです。今日、あの飾り石の魔力……いえ、その前に、戦いの場で黄金の翼を見るまでは、全くありませんでした」
「――翼」
「はい! とっても綺麗で、神々しくて。すごく素敵な魔法――ギル様?」
私はギル様の背の翼を思い出しながら、うっとりと話していたのだが――目の前のギル様は愕然と目を見開き、顔を青ざめさせていた。
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