無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
74 / 91
第四部 婚約編

73. 内密なお話だそうです

しおりを挟む


 ギル様の腕の治癒を終えた私は、琥珀珈琲アンバーコーヒーを配る許可をもらい、魔力切れになるぎりぎり手前まで精製を行った。
 朝からポーション精製と治癒に奔走していたので、作れた量は思ったよりも少ない。

「……ふぅ。一人当たりの量は少ないのですけど、なんとか全員に配れそうですか?」
「ああ。君も疲れているだろうに、皆のためにありがとう」
「いいえ、これで皆さんに元気を出してもらえるのなら、お安い御用です!」

 ギル様は柔らかく笑って、ジェーンとシニストラ卿に目配せをした。
 二人は同時に頷くと、琥珀珈琲アンバーコーヒーの瓶が入った木箱をそれぞれ抱えて出て行った。

 ジェーンとシニストラ卿が出て行ったのを見送ると、ギル様は廊下を見回して人気がないのを確認し、部屋の扉をぴったりと閉めた。

「……ティーナ、内密な話がある。扉を閉めたまま話をしたいのだが、構わないだろうか」
「はい、もちろんです」
「そうか。私を信頼してくれてありがとう」

 ギル様はいつでも紳士的で誠実だ。
 これから二人きりで秘密の話をするのだと思うと少し緊張するが、心配することなんて何もない。
 私が微笑んで頷くと、ギル様は向かい側のソファーに腰を下ろす。

「とはいえ、どこから話すべきか……」

 ギル様は少し逡巡したように目を伏せる。紺色の長い睫毛が、白皙のかんばせに影を落とした。
 少し待っていると、ギル様は「よし」と小さく頷いた。どうやら心は決まったらしい。

「ティーナ。私が以前、君を……『琥珀色の聖女』を三年前から探し続けていたと言ったことを、覚えているか?」
「はい、覚えています」

 よく覚えている。私もずっと聞きたかった話だ。

 三年前というと、私は神殿で雑用をしていた頃である。人前に出ることはなかったし、私の作ったポーションも、世の中には出回っていなかったはずなのに、ギル様はなぜ私を……いや、琥珀色のポーションを探していたのか、気になっていたのだ。

「実は、三年前に一度だけ、私は君と会っているのだ」
「え? 私が、ギル様と?」
「ああ。大地の日の夜、神殿の裏手で」
「神殿の裏手で、夜……もしかして」

 私の頭の中で、かちりとパズルのピースが嵌る。

 先ほどギル様の魔力に包まれた際、ふいに見えた光景。
 もしかして、あのとき出会った人物が、ギル様だったのかも――いや、そうに違いない。
 私は不思議な確信をもって、ギル様に問いかけた。

「体調が悪いのに何故か人目を避けていた、黒いローブ姿の人……あれがギル様だったんですか?」
「っ、覚えていたのか?」
「覚えていたというか……さっき、急に思い出したというか……」

 思い出したのは、先ほどギル様の魔力がこもった飾り石が、光を放ったときだ。
 あの一瞬、ふっと気が遠くなったかと思うと、私は突然ある光景を思い出していた。

 わずかな月あかりが照らす、神殿の裏手。
 数段しかない階段の下で、柱と手すりの陰にうずくまるように隠れていた、黒いローブの人物。

 全身を黒で覆い、自らの身体を抱えて縮こまっている人物など、普通なら、闇夜に紛れて見つけられなかったはずだ。
 しかし、彼は相当具合が悪かったらしい。
 ふらついて身体をぶつけてしまったのだろう、そのときに物音がしたため、私は彼の存在に気がついた。

「あのとき、黒いローブの人は、すごく具合が悪そうで。なのに、人を呼ばないでほしいと言っていたので、きっと訳ありの、影のお仕事の人かと思って……動けないほどの怪我をしたのかもしれないと、心配していたんです」
「なるほど……君が私を覚えていた理由は、わかった。だが、全身黒ずくめで、人目を嫌う人間など、君の言うとおり、非常に怪しかっただろう? 普通なら、危険人物かもしれないと考えて、関わり合いになるのは避けたいと思うのではないか?」
「うーん、そうかもしれませんけど……」

 私は頭をひねって考える。だが、そのときは彼が危険人物だと思えなかったのだ。
 彼が弱っていて、私に危害を加えられないと思ったからだろうか?
 ――いや、違う。そうだ、あのとき。

「……うずくまっていたローブの人の身体から、きらきらと黄金色の光の粒が舞っているように見えたんです」
「――黄金色の、光?」
「はい。黄金色は、女神様の色とされていますから」

 この王国を建国したとされる女神様。
 その魔力は、天から降り注ぐ光のように黄金色に輝き、豊穣の恵みや奇跡の力を私たちにもたらすという。

「女神様に愛された方が、悪い人であるわけがありません。けれど、その人は、誰かに見られるのを良しとしませんでした」

 きっと、弱っているところを見られたくなかったのかもしれない。
 女神様の遣いか、寵愛を受けた方なのか、とにかく弱い部分を人に見せてはいけないと考えているのかもしれない――私はそう思ったのだ。

「それでも、私に何かお役に立てることはないかと考えて、常に持ち歩いていた失敗ポーションを渡したんです」
「そうだったのか」

 ギル様は、心底不思議そうに、自らの手のひらをまじまじと見た。
 彼はふと真剣な表情をすると、私に目を向け、問いかける。

「……ティーナ。一つ訊くが、私と再会してから、黄金色の光が漏れているのを見たことは?」
「ないです。今日、あの飾り石の魔力……いえ、その前に、戦いの場で黄金の翼を見るまでは、全くありませんでした」
「――翼」
「はい! とっても綺麗で、神々しくて。すごく素敵な魔法――ギル様?」

 私はギル様の背の翼を思い出しながら、うっとりと話していたのだが――目の前のギル様は愕然と目を見開き、顔を青ざめさせていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...