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第四部 婚約編
81. 初めての視察、無事完了です
しおりを挟む東の街での視察は、何のトラブルも起きず、順調に済ませることができた。
その晩は街の代官の屋敷に泊まらせてもらい、私たちは南の街への旅路についている。
「ティーナ、初めての視察だというのに、立派だったよ。私の婚約者は本当に素晴らしいな」
「そ、そんな、恐れ多いですっ」
「孤児院の子たちも、喜んでくれたそうだな。子どもたちもすぐに君に懐いて、大人気だったと聞いているよ」
「ふふ、みんな明るく元気で、可愛らしい子たちでした。きっと、孤児院の環境が良いのでしょうね」
私がそう言うと、ギル様は目を細めて頷いた。
「それもあるが、やはり一番は君の人柄だろう。今回の視察でも、皆ティーナのことを褒めていたではないか」
「もう、ギル様ったら」
それは間違いなくお世辞だろう。
内心はどうあれ、フォレ公爵の婚約者のことをはっきりと馬鹿にする人間など、そういるものではないはずだ。
そして息をするように私のことを褒めているギル様だが、彼の方こそ敬われ慕われていた。
公爵家の家紋入りの馬車が街に入った途端、夕暮れの時刻だったというのに、たくさんの人々が集まってきたのだ。
その上、大人から子供まで、悪い感情を表に出す人が見当たらなくて、私は感心したのである。
孤児院の子たちと仲良くなったきっかけだって、ギル様だ。
女の子たちを中心に、やたらとソワソワしていているから何かと思ったら、「どうやってあの素敵な公爵様に見初められたのか」なんて訊かれたのである。
そのときは何と答えればいいのかわからなくて、赤面しながら慌てていたら、何故か女の子たちが面白がって、速攻で懐いてしまったのだ。
つまり。
結局、人徳があるのは私ではなく彼の方で、私はただ単に慕われ領主様のおまけに過ぎない。
「イーストシティ、明るくて清潔感があって、とっても良い街でしたね」
「ああ、そうだろう。イーストシティは、視察を予定している街の中で最も治安が良いところなんだ」
その理由はいくつかあるが、イーストシティが、フォレ城に最も近い位置にある街だということが大きい。
そして、辺境騎士団の運営する騎士学校があり、騎士を目指す青少年たちが多く暮らしているためか、規律が高水準で守られているというのも理由の一つだ。
フォレ領は、南側半分が穀倉地帯となっている。
強力な魔物が北側からやってくることが多く、北の方は南側に比べて農作物や家畜を荒らされたり、農民たちの身を守る手段を講じづらいため、自然とそうなったのだ。
そのため、北からイーストシティ周辺にかけては、無人の荒野が広がっている。
騎士志望者たちが剣や乗馬、魔法の練習をするにはもってこいの立地なのである。
「辺境騎士団では、力や魔法の強さだけではなく、その心の在り方も重視している。規律を守れぬ者や味方を裏切りかねない者を、戦の最前線に置いておくわけにはいかないからな」
ギル様いわく、シニストラ卿などが中心となって人事を担当しており、騎士学校の卒業者に対して、現役騎士が直接面接を行っているらしい。
そうして正式に騎士として採用された後は、彼らの希望と適性を鑑みて配属を割り振っている。
フォレ城だったり、代官のいる三つの街だったり、点在する小さな町村だったり、配属先は様々なのだそうだ。
「ちなみに、どちらの職場が人気なのですか?」
「最も希望に上がりやすいのは、セントラルシティだな。大きな街だし、フォレ城に比べて危険も少ない。あとは、自らの出身地への配属を望む者も多い。だが、特に優秀な者や上昇志向の高い者は、フォレ城への配置を希望することが多いな」
ギル様の返答に、私はなるほどと納得する。
確かに、フォレ城は特に危険な魔物と戦う可能性が高い。
希望するのはよほど腕に自信がある者、自分の力を試したい者、危険に見合った高い給金を希望する者など、一癖ある人たちなのだろう。
「とはいえ、フォレ城では、騎士同士の連携が特に重要だ。いくら能力が高くとも、和を乱すような者には務まらない。それ以外にも、ルーカスが問題ありと判断した者は、西の街に送られて……まあ、しばらくすると騎士を辞め、冒険者や別の職に就いていることが多いな」
「ウエストシティって、確か、フォレ城に次いで領内で二番目に重要な軍事上の拠点になっているんでしたよね。確か、魔法銀や魔石の鉱山があるとか」
「その通りだ。さすがティーナ、よく勉強しているな」
「いえ、そんな、まだまだですっ」
学んだ知識を思い出して口に出すと、ギル様は嬉しそうに目を細め、満足そうに笑った。
ちなみに、魔法銀は武器や防具、魔石は杖や魔道具の原料として使用されている。
「でも、問題のある人がウエストシティに配属されるのは、何故なのですか?」
「……あの街は、少々特殊な街でな。あちらに配属された騎士が主に対峙するのは、魔物ではなく、人間――そう言えばわかるだろうか」
「ええと……治安が、あまり良くないと?」
「恥ずかしながら、その通りだ」
ギル様は表情を曇らせた。
「ティーナは、法律や刑罰に関する学習はしたか?」
「はい。あ、鉱山……、なるほど、労働刑ですね」
「ああ。さすが、察しが良いな」
メリュジオン王国の刑法では、死刑が存在しない。
王国最高刑の一つが、鉱山での終身労働――つまり、ウエストシティには、受刑者たちの受け皿となる鉱山が存在するということだろう。
「もちろん、鉱山労働者だからといって、全てが受刑者ではない。むしろ出稼ぎなどで来ている一般人がほとんどだし、受刑者の生活エリアはきっちり分けられている。だが、一般人とはいえ、金がなく、腕力や体力に自信のある者が多いためか……他に比べて、問題が多発する」
受刑者たちが問題を起こしがちなのもそうだが、加えて民間人も血の気が多く、彼らの間でもトラブルが発生する――それでは確かに、騎士の出番は多くなりそうだ。
「後で言おうと思っていたのだが、今回、西側の視察は私だけで行こうと考えている。南と中央の視察を終えたら、ティーナは先にフォレ城へ戻ってもらいたいのだ」
「え? でも……」
「それより――次の目的地、サウスシティは、南部とは言っても東寄りにある街だ。今日一日は移動日となるが、早めに出たから、夕方には着くだろう。サウスシティも、牧歌的で良い街だぞ」
ギル様は有無を言わせずに話題を変えた。
彼が決めたことなら仕方がないのかもしれないが、一箇所だけ私が視察を避けるなんて、後々問題になったりはしないだろうか。
頭の片隅でもやもやと考えたまま、私は流れゆく景色を窓越しに眺めた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
お読みくださり、ありがとうございます!
本当であれば公爵領の一地域を統治する人は爵位持ちの貴族やそれに準ずる人だと思うんですが、それをすると色々ややこしくなるので、この物語では特に爵位の記載なくただの「代官」としております。
今後もそれ以外にもご都合設定が出てくると思いますが、ご了承いただけたら幸いです。
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※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
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