色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第三章 黄

第41話  まだ『好き』を知らない

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 私は、メーアに協力し、セオ達と共に聖王マクシミリアンの企みを打破することを決めた。
 だが、私のやるべきことは、今までと全く変わらない。
 最優先事項はセオと共に六大精霊に会いに行き、『虹の巫女』の力と記憶、セオの感情を取り戻すことだ。

「それから、一番の問題はフレデリック様が動いて下さるかどうかよ。うまく発破をかけないといけないわね。やる気になってくれると良いのだけど」

「あ、メーア様。フレッドさんは多分、フレッドさんなりのやり方で戦うつもりでいる気がします」

「へぇ? その根拠は?」

「私とセオが精霊を探す旅をすることで、私たちが危険に晒されることは分かっていました。それでも、フレッドさんは、これは罠ではなく唯一の活路だから旅を続けるようにと言っていました」

「活路?」

「どうやら、セオを条件付きでお城から逃す手助けをした人物がいたみたいなんです。『自分が呼ぶか、完全な状態の虹の巫女を連れて来られるまで、城には戻るな』と言って」

「その人は、あなたがセオの感情を回復する鍵になっていると知っていたのかしら」

「恐らくそうだろうと、フレッドさんは言っていました。フレッドさんの考えによると、その人がセオを国から出した理由について、名目上は巫女探しと邪魔者の排斥としながら、本音はセオを一旦安全な外界へ逃すことと感情の回復ではないかと」

「その人は、誰なの?」

「お名前しか聞きませんでしたので、どのようなお立場の方なのか存じませんが……」

 私がその名を告げると、メーアの表情が変わった。獲物を見つけたかのような、背筋が寒くなるような表情だ。

「――へぇ? 面白くなりそうじゃない」

「……メーア様?」

「いい情報だったわ。あちらは一枚岩ではないようね。そうとなったら色々作戦を立てられるわ。
 ……パステル、あとはこちらでフレデリック様と相談してやっていくわ。あなたは心配せず、精霊を探しに行きなさい」

「わ、分かりました」

「よし、そうなったら準備が必要ね。パステル、またね」

「はい」

「あ、恋の方ももうちょっと強気でいかないとダメよ? ぼやぼやしてたら私が横から掻っ攫うからね?」

「へっ!? は、はい、頑張ります」

 私がそう返答すると、メーアは可笑しそうにぷっと吹き出し、手をひらひらと振って応接室を後にした。



 メーアが応接室から出て行ってすぐ、再び応接室の扉が開いた。
 セオとフレッドが情報屋の元から戻ってきたようだ。

「お、おかえりなさい」

「ただいま。……パステル、何かあった? 顔が赤いけど」

「あ、な、何でもないの」

「ふーん?」

 私は、思わずセオから目を逸らしてしまった。
 セオの顔を見たら、いやが応でも先ほどのメーアとのやり取りを思い出してしまう。

「ふむ、もしや、誰かから何か聞いたかい?」

 フレッドは、テーブルに残る二人分のティーセットを見て、感づいたようだ。

「はい。メーア様に、聞きました。聖王国のこと、マクシミリアン様のこと……。それで、メーア様は私にも協力してほしいと」

 セオが心配そうに、眉を下げる。セオは、最初に比べて、本当に表情豊かになった。
 フレッドも、険しい表情をしている。フレッドは、強かで底知れない何かを持ってはいるが、その本質は優しく大らかな平和主義者なのだ。

「……フレッドさん、セオ。私もお二人と、そしてメーア様と一緒に戦います。足手まといかもしれないけど、私も巻き込んで下さい。『巫女』として何かしたいんです……お願いします」

「……うーむ。本当は、もう少し騎士団に身を隠して色々と探るつもりでいたんじゃが……こりゃ、メーアや皇帝ともう一度話し合わないといかんのう」

 フレッドは、顎に手を当て考える仕草をしつつ、私たちに背を向けた。
 代わりにセオが、私の顔を覗き込んでくる。その表情には、不安と心配が色濃く滲み出ている。

「パステル、本気? 危険なんだよ」

「セオだって、危険でしょう?」

「……僕はいいんだ」

「なら私だっていいよ」

「良くない。パステルに危ない目に遭ってほしくない」

「私だって、セオに危ない目に遭ってほしくないよ!」

 少し食い気味に反論すると、セオは俯いて沈黙してしまった。
 フレッドさんは、私たちが言い合っている間に応接室から出て行ってしまったようで、今は私とセオの二人きりだ。
 ついつい、感情的になってしまった。重い空気が、部屋を支配する。

 しばらくして、沈黙を破ったのは、セオだった。

「……パステル。巻き込んで、ごめん」

「ううん。巻き込んでほしいの。……私は、セオと……」

 一緒に、生きていきたい。

 その言葉は、どうしても喉の奥につかえて、出てこなかった。

「……パステル……?」

 メーアも言っていたが、セオはまだ『好き』という感情を知らない。
 今、私がその言葉を口にしたとしても、セオには正しく伝わらない。
 それが無性に切なくて、苦しくて、言葉の代わりに一筋の涙が頬を伝った。

「どうして、泣くの……? 怖い……?」

「ううん、違うの。なんでもない。なんでもないから……」

 私は涙を拭い、笑顔を作ろうとする。
 だが、うまく笑えていなかったようだ。
 セオが、私の頭をそっと抱き寄せ、ぽん、ぽんとなだめてくれる。

「パステル。僕、パステルを守るからね。今度こそ、絶対」

「……セオ。今は……そばに、いさせてね」

 せめてその位の言葉なら、伝えても許されるだろう。
 セオが自分の意思で、自分の感情で、誰かを選ぶその時に、私がお荷物になってはいけない。
 私の重たいこの気持ちは、私の心にしまっておこう。

「うん。そばにいる。ずっと」

 優しく頭を撫でながら返事をするセオの言葉に、どんな想いが込められているのか。私には、知るすべがないのだ。
 そっと閉じた私の眼から、いやに熱い涙がもう一筋、頬を伝っていったのだった。
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