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第七章 告白のとき

1-32 聖魔法の弱化

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 散歩から戻ると、魔法師団の三人は、テーブルの上の機材を片付けながら談笑していた。
 ちょうど測定が終わったようだ。

「お帰りなさい……って、あれ? ウィル君たち、仲直りしてないの?」

「……俺たちの問題だ。あとで時間をとって、ゆっくり話し合うよ。それより、測定は終わったか?」

「ええ、ばっちりよ。この通り、ストールはケースの中にしまったからね。ミア嬢、これなら素手でケースを持っても、呪いは移らないわね?」

 ビスケ様の言う通り、呪いのストールは透明なケースに入れられていた。フタもしっかり鍵と金具で固定され、外から触れられないようになっている。これなら、ケースの外に黒い靄が漏れ出ることもなさそうだ。
 しかし、ストールの呪力を測定していたカスター様の腕に、黒い靄がまとわりついている。うっかり触れてしまったのだろう、私に付いていた靄と同程度の、弱い呪いだ。

「ストールはそのように保管していただければ、大丈夫かと思います。ですが、カスター様の腕に少し、呪いの靄が」

「ん? そういえば、ちょっとゾワっとした感覚があったな。測定中にストールを触ってしまったみたいだ」

「今、解呪しますわ。右腕をテーブルに置いてください」

「ちょっと待って、だったらついでに聖魔法も測定させて!」

 ビスケ様が、呪力の測定に使った器具を再び取り出し、ツマミを捻ったり記録用紙を変えたりして、急いで測定の準備をする。
 測定の準備が整ったのを確認して、カスター様がテーブルに腕を置き、私を見て頷いた。
 私はカスター様の腕に手をかざし、祝詞のりとを紡いでいく。

「――『解呪アンチカース』」

 魔法を完成させると、白い光が、呪いの靄ごとカスター様の腕を包み込んだ。

「……?」

 魔法を発動する際に、私は違和感を感じた。
 光も、魔法も、私自身の呪いを解いた時と同じ。上手くいってはいる。
 ――しかし、明らかに魔法の威力が弱かった。

「すごいわ、ミア嬢! 本当に聖女の血を引いているのね」

「なんだ、ビスケ、信じてなかったのか?」

「そんなことはないけど、実際にこの目で見ると改めて神々しさを感じるわ。ミア嬢、素晴らしいわ!」

「本当だな。先程はバカにしてしまって悪かったな」

 カスター様も、非礼な態度を取ったことを謝ってくれた。目を輝かせながら、自らの呪いが解呪されていく様子と、測定用魔道具の目盛りを交互に見ている。

「……ふう、終わりましたわ。時間がかかってしまい、申し訳ございません」

「いや、君のおかげで腕が軽くなったように感じるよ。助かった、ありがとう」

「測定もバッチリ! ご協力ありがとう」

 カスター様の腕にまとわりついていた黒い靄はすっかり消え去った。本人もスッキリしたらしく、感謝の言葉を述べてくれる。
 ビスケ様も満足そうに記録用紙を眺めて、お礼を言った。

 ウィリアム様の方を見ると、よくやったと言うように頷いてくれる。先程の魔法に違和感を覚えたのは、どうやら私だけだったらしい。
 以前にも、聖魔法の威力が弱まった時があったが……そんなつもりはなかったが、今日もあの時と同様、集中力を欠いていたのだろうか。

 そうして、魔法師団魔道具研究室の三人は、呪いのスカーフと測定を済ませた魔道具を厳重にしまいこむと、早々に帰路についたのだった。





 魔法師団の三人がサロンから出ていった後。
 私とウィリアム様は、二人でサロンに残っていた。
 伯爵家の使用人が新しい紅茶を持ってきてくれるまで、私たちの間には、相変わらず重い空気が流れていた。

 使用人は、濃いめに淹れた紅茶を用意してくれた。
 いつものレモンスライスの代わりに、温めたミルクを添えてくれる。

「……お気遣いありがとうございます。先程は我儘わがままを言ってしまって、申し訳ありません」

「いや……今まで気が付かず、すまなかった」

 使用人が下がると、ウィリアム様は遮音用の魔道具を再び起動する。
 ややあって、ようやく口を開いたのは、ウィリアム様だった。

「……ミア。さっきの話の続きをしてもいいかな?」

「……はい」

「社交界で、ミアの悪い噂が流れているのを、知っているかい?」

「ええ、どんな内容なのかは存じませんが、ビスケ様もおっしゃっていましたわ。私に、他に好きな人がいる……とか、そういった類の噂でしょうか」

「ああ……詳しいことは後で話すが、それと同様に、私に関する悪い噂も流れているのではないか?」

「……ええ」

「まずは、その話を共有しようか」

 私とウィリアム様は、お互いに関する噂話を共有した。

 エヴァンズ子爵家の使用人の中に、私の想い人がいるという噂。
 ウィリアム様には幼い頃からの想い人がいて、彼女のために魔法騎士を目指しているのだという噂。
 そして共通する噂が、私とウィリアム様は、手紙のやり取りもしないほど不仲であるという噂だった。

「ウィリアム様、私に関する噂は、真っ赤な嘘ですわ。私は、他の殿方に恋慕の情を抱いたことは、誓ってございません」

「そうか……良かった……」

 ウィリアム様は、心底ホッとしたように、ため息をついた。

「そのような噂を信じるなど、ウィリアム様らしくないではありませんか」

「そう、だよな。……言い訳のようになってしまうけれど、最初は私も信じていなかったんだ。だが、噂の恐ろしいところは、真偽も出所もわからないところだ。今回は出所の予測はついていたし、その手の上で踊ってやるつもりもなかったのだが……それでも、噂というのは、知らず知らず小さな疑念を心に刻みつけるものなのだな」

「そのお気持ち……わかりますわ」

 心に生まれた小さな小さな疑念の種は、不安を糧にし、どんどん大きくなっていく。
 気付いた頃にはその疑念は大きくなっていて、相手と向き合った時に、少なからず軋轢あつれきを生んでしまうのだ。
 そしてそれは、互いのことを深く知らなければ、信頼が完成していなければ、消えることなく、強く大きく育っていくのである。

「ミア。一度でも疑ったりして……本当にすまなかった」

「……いえ。私の方こそ、色々と申し上げてしまい、申し訳ございませんでした。……大方、ウィリアム様の方の噂も、嘘なのでしょう?」

「……私の方は……あながち嘘とも言えないんだ」

「…………え?」

 ――想定と真逆の返答をぶつけられて、私の思考は停止したのだった。
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