無色透明なきみへ

Okayakan

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4ヶ月後 いつもの朝

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 土煙の中、はやとは目を覚ました。
 …ここはどこだ?塹壕?なんで??
 いつの間にか戦闘服を着ており、両隣にも同じような格好をした男女がいる。

 皆口々に何かを叫んでいるのに、何も聞こえない。
 すぐ近くで爆発が起き、隣の男が何か銃器をぶっぱなしているのに、何も聞こえない。向こうでは、手榴弾を投げる姿も見える。

 ふと目線を上げると、隣にいる女が、戦闘服を着たかなめにかわっていた。困惑と恐怖で、喉がひきつった。

なんでこんなところに
はやくここからにげろ

 力の限り叫んでもやはり何も聞こえない。
 かなめはこちらに目を向けるが、俺に気づかなかったのか、興味なさげに視線を前に戻した。



 その手にはライフルが構えられている。

そんなものを持つな
お前はこんなところにいるべきじゃない

 かなめの腕をつかんだ瞬間、空気を切り裂く「何か」の音が聞こえてくる。音は大きくなり、やがて辺り一面が光に覆われ、かなめも白い光に包まれ、消えた。


-----

 セミが鳴いている。
 レースカーテンが優しく揺れる。
 まだ薄暗い自室ではやとは目を覚ました。
 デジタル時計が5時12分を表示していた。

 目を覚ましたが即座に起き上がることができず、はやとは目を見開き身じろぎひとつせずに天井を見つめていた。
 まるで20世紀のような、あまりにも古い「戦争」のイメージ。なのにやけに生々しい。そんな場所にかなめがいたはずないのに、どうしてそんな夢を見たのか。

 金縛りから解けたかのようにはやとは力を抜くと、隣に顔を向けた。

 かなめが強く望んだので、はやととかなめは居室を共有して、布団を並べて寝ている。2ヶ月も前ならはやとが目を覚ました気配だけでかなめもつられて目を覚ましていたが、今は小さな寝息を立てて眠ったままだ。 

 はやとは起き上がり小さく微笑むと、タオルケットをかなめの肩までかけ直してやり、自分の布団を軽く畳んだ。

 階段をおりていくと、味噌汁の香りと、ソーセージの香ばしい香りが漂ってくる。
「ん、おはよ。早いな。お前部活やめたんじゃなかったっけ?」

 よしふみはじゅうじゅうと音を立てるフライパンを持ったまま軽く振り返り、すぐにまた向き直る。

「夢見が悪くて起きちまった。かなめは寝てるから大丈夫だよ。」
「そうか。夢見が悪かったか。」
「うん。授業で見た20世紀の戦争みたいな夢。かなめが戦っててさ。俺はそれを止められなくて」
「そうか。」

 よしふみはフライパンの火を消して、机の上の皿にソーセージをばらばらと移した。はやとの頭に手を乗せて軽く撫でると、
「弁当に入れる予定だったけど、朝ごはんの前に食べちまおうか。研究したから、結構美味しいはずだぞ」
 てりのあるソーセージからは香ばしい肉とハーブの香りが漂ってくる。まだぱちぱちと油がはぜている。

「お前本当なんでもできるよな。この前の自家製ハムも美味しかったし。どうせこのケチャップも手作りなんだろ?」
「まあな。お前らに美味しいもの食わせるためには努力を惜しまないわけよ。」
 冗談めかして話してはいるが、その言葉に偽りがないことをはやとは知っている。実際、よしふみの作る食事はかなり美味しいし、年々腕を上げている。

「んで、その夢。気になるのか?」
 よしふみの声がやや強ばったことにはやとは気づく。
 心配しているときの声色だ。
 だから、努めて明るく返す。

「いや、たぶん授業で見た映像が残っちゃっただけだろ。大したことじゃない。」
 ソーセージにプツリとフォークを刺すと、肉汁が溢れる。口に頬張ると、蒸気にまで肉の味が移っているようで、噛む度に鼻腔までソーセージの香りが満ちる。
「すっげおいしい。」

 よしふみが笑顔を見せたか否かのタイミングで、かなめが必死の形相で階段をかけ降りて来た。

「かなめごめん、よしふみの絶品ソーセージ先に頂いてるわ」
 口一杯に頬張ったはやとを見て、かなめは何故か心底ほっとしたような顔で肩の力を抜いた。

「おきたらいなかったから、びっくりしちゃった」
「ああ、ごめんごめん。なんか目が覚めちゃってさ。そういえばいつもは先に起きてもお前が起きるまで布団の中にいるもんな。びっくりさせてごめんな。」

 立ち上がりそっと抱き締めると、腕に触れたかなめの指先が冷たいことに気づく。俺がいなかったことに相当びっくりしたらしい。かわいそうなことをした。
 かなめの両手を包み込んであたためていると、よしふみから辛辣な声をかけられる。

「おい、シスコン。飯にするから手伝え」
「こんなにかわいいんだ。シスコンで何が悪い。」
 椅子を引いてかなめを座らせると、はやとは炊飯器を開けてご飯をよそいはじめる。

 実際、かなめは結構かわいい。
 顔の造形もかわいいが、ちいさくてかわいい。
 それに、外を歩くときは俺の袖を軽く掴んで歩く。守りたくなる。
 もちろん何年もこれだと心配にもなるが、まだしばらくは良いだろう。徐々に環境に慣れていけば良い。

 きっとこの8年、こうやって外を歩く機会があまりなかっー

 そこまで考えて、はやとは思考を意識の底に押し込めた。
 この8年間、かなめに何があったのか、はやとは知らない。

「はやと?」
 茶碗を持ったまま動きを止めたはやとを、怪訝そうな顔でかなめが覗き込んだ。よしふみも、こちらの様子をうかがっている気配がある。

「ごめん。なんでもない。」

 まただ。たまに、かなめとはやとは同じようなタイミングで俺の様子を窺う。かなめは不安そうに、よしふみは心配しているような、何かを見定めるような静かな目をする。
 はやとは茶碗を机に置いて、その他食器や箸を並べ始めた。

 胸がざわつく。
 こういう時、脈絡もないのに、決まって「あの夜」のよしふみのうわ言が頭でリフレインする。

「火星」。
 先の大戦で地表にばらまかれた有害物質を避けるため、多くの地球人が一時的に火星に移り住んだ。今年は地球への帰還の70周年だっただろうか。
 その後、火星に残った人々と地球に帰還した人々との間の小競り合いを経て、地球と火星は60年ほど前に国交を断絶したと授業で習った。内戦状態が、8年前に急速に終息して現在の独裁政治が始まったとも。

 かなめやよしふみに関係あるはずがないことだ。

 よしふみが火星について話したことなどそれまで一度もなかった。なのにあの夜、なぜよしふみは唐突に「火星だ」と呟いたのか。鎮静剤でせん妄でも起こしていたのか?

 朝ごはんが並んだ。ご飯、サラダ、ソーセージに卵焼きとひじきの小鉢。三人で食卓を囲み、手を合わせた。

「いただきます」

 過去がなんだって言うんだ。今、幸せだからそれで良いじゃないか。
 はやとは誰とも知らぬ存在に言い訳をすると、無心に食事をかきこんだ。
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