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第一章 愛想のない護衛騎士
6話
しおりを挟む「うっうっ」
シエナは部屋に籠もり、天蓋付きの寝台で毛布に包まっていた。ずるずると溢れる鼻水を啜っては、吃逆を繰り返す。みっともなく泣いているのが丸分かりだ。
「……シエナ嬢。さすがに旦那様の髭を引っこ抜くのはどうかと思いますよ」
声が聞こえた。
視界を毛布で遮っているので姿は見えないが、おそらくアランだろう。
シエナは泣き顔を晒さないようにと、より一層縮こまる。こんな顔を見られたら、笑われるに決まっている。
「許可なく、入ってこないじぇ、こないでよ」
しかも、噛んだ。
悲しさに羞恥が相俟って、いたたまれなくなる。
せっかくアランが部屋まで追いかけてきたのに、今のシエナには先ほどのことを問い詰める余裕もない。
いつまでもぐずぐずと泣いたままのシエナを見兼ねたのか、アランはシエナの毛布を引っ剥がそうとした。
「んぐぐぐっ」
「離してください。毛布が裂けます」
「アランが離して!」
最後まで奮闘したシエナだったが、男であるアランの力に勝てるはずもない。シエナは勢い余って毛布ごと引き寄せられ、アランの両腕に絡め取られた。
「うっうっ、アラン、離して」
「……シエナ嬢」
「離してくらさい……」
離してと言いつつ、ひしっとアランに抱きついているのはシエナだった。アランに至っては毛布を握り締めているだけである。シエナは洪水のように溢れる涙と鼻水をさりげなくアランの胸元に擦りつけ、服裾をぎゅっと掌で掴んだ。
「……アランは知っていたの。お父様の話」
「まぁ、何となく。察してはいました」
「嫌だって言わなかったの……?」
「私の家が存続しているのは紛れもなくウィアックス卿の援助のおかげです。私は逆らうことができる立場にはありませんので」
さっといつものように言葉を返される。知らなかったのは自分だけ。悲しみに暮れているのも自分だけ。嫌だ嫌だと子供のように喚いている自分が、落ち着いているアランを見るほど情けなく思える。
シエナは透明な汁でぐちゃぐちゃになった顔を手の甲で拭い、ゆっくりとアランから距離を取った。
「アランはそれでいいんだ」
「それでいいもなにも、そういう決まりです」
「決まりじゃなかったら、納得しないの?」
「仰る意味が分かりません」
単調な声で答えるアランに、シエナは言い返す言葉を失う。アランは本当にどうでもいいと思っているのだ。あくまで家同士で繋がっただけの主従関係だから。
シエナは眉間にぐっと皺を寄せると、アランの手を振りほどき、そのまま部屋の外へ向かおうとした。
「もういい。アランなんて知らない」
「私を勉強から逃げる方便に利用しないで頂きたい」
「そ、そういうところが、あっ」
背後から腕を引かれたのと同時に、シエナの視界がアランの顔で覆われる。
深みを帯びたアメジストの瞳。筋の通った鼻立ち。薄く形の整った唇。贅肉の一切ついていない首の中央に尖る喉仏。
自分とは違う顔。自分とは異なる性の人間。
アランに出会ってから八年。
彼がもう十四を迎えたことを、シエナは今更ながらに知った。
「……シエナ嬢。それではいかがいたしましょうか」
「え?」
「私を護衛から下ろしたくないのなら、一緒に逃げましょうか?」
腕を掴んでいた手がシエナの頬へと滑る。
長くしなやかな指がシエナの黄金の髪を撫でる。
初めて触れるような撫で方、熱ささえ感じる温もり。シエナの胸の奥が、痛みを伴う搏動に締め付けられる。初めての、感覚に陥った。
「この家も愛する家族もすべて捨てられるのなら、共に行きましょう」
貴女にその覚悟があるのなら、とアランは淡々とした声で続けた。
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