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第二章 いなくなった護衛騎士
12話
しおりを挟むそれまで表情一つ動かさなかった義母の眉毛の先が、微かに揺れ動いた。
滅多なことで動揺しない義母の姿を前にして、シエナは確信した。おそらく、これは事実なのだろう。領土内随一の商家の主と揉めていたことも、日々帳簿を見ては唸っていたことも、増税の発端となった同盟主である帝国の人間が屋敷へ訪れた日には明らかに狼狽えている様子を見せていたことも、きっと無関係ではない。
噂では、帝国と同盟を結んでから納める税も膨らんだと聞く。
多少不明瞭な部分はあるが、こう考えればすべて辻褄が合ってしまう。
「……私がオーブリー卿との結婚を早い段階で決められたのも、経済的な援助を受けるため。まさか、借金の担保として領土を差し出したりなんて……」
「シエナ」
「アランを専属護衛から解任したのも、まさか」
シエナの脳に纏わりついていた柵と悪い妄想が絡み合い、口から次々とこぼれ落ちていく。義母はしばらくシエナを静観していたが、アランの言葉が出た瞬間、シエナの声を阻むように手に持っていた本を勢いよく閉じた。
「勉強は終わりにしましょう。夕食までに机の上を片しておきなさい」
「お義母さま! 話はまだ……」
「貴女には何一つ関係ないことですよ。自分のことだけを考えなさい」
「さ、さっきは家の名に恥じないようになどと仰っていたのに……あっ!」
義母はシエナの言葉に一切耳を傾けず、綺麗に背筋を正したまま部屋を後にしてしまった。
ガチャン、と扉が閉まる音だけが虚しく響き渡り、シエナは羽根ペンを握り締める。ペン先からは黒のインクがぼたぼたと落ちて、まっさらなページに染みをつくっていく。
「……誰も、何も教えてくれない」
シエナは誰もいなくなった部屋で一人呟く。
不意に数年前のことを思い出してしまい、シエナは滲んだ視界を振り切るように首を横に振った。
(金銭的な余裕がないのなら、私が頑張ればいいだけの話! 成績が良ければ学費免除だって……)
王都学園が設立したのは十二年前。祖国ラストナスは勢力拡大していく帝国グレディアに抗えず、先の大戦で破れ、同盟を受け入れた年でもある。
同盟と言えば聞こえはいいかもしれないが、本質は帝国から一方的な条約を呑ませるだけのものだった。他国からの侵略、そして膨大な軍事力による被害から国民を守りたければ、一定の金銭を収め、帝国独自の法を取り入れろと。
国独自の平和の象徴として設立したはずの王都学園も、帝国の人間が泥足を踏み入れていると聞く。
国が破れ、母が亡くなり、アランが去り、何もかもが変わってきたように思える。
「……あと少しだけ、勉強しよう」
シエナは鼻を啜り、もう一度本を開こうとしたが、窓の外から聞こえた馬の鳴く声に遮られてしまった。
「こんな時間に客人……?」
厩舎から聞こえたにしては、距離が近いように感じる。シエナは顔を顰め、アーチ窓から外を覗き込んだ。
「っ!」
シエナの視線の先にいたのは、帝国の紋章を胸に掲げた数人の兵士らしき男達。二階という離れた場所から覗いているシエナの気配に気づいたのか、その内の一人の赤髪の男がひらひらと笑顔で手を振ってきた。
思わずシエナはカーテンを閉じ、身を隠す。
(びっくり、した……!)
薄気味悪さすら感じられる男の行動に、シエナは逸る鼓動を抑えるように深呼吸をする。まだこっちを見ているのか、少しだけ気になってしまい、シエナがカーテンの隙間から外を盗み見ようとしたそのとき、扉の外から絹を裂くような叫び声が聞こえた。
──この悲鳴は、まさか。
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