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第三章 絶対絶命
14話
しおりを挟む(外へ行くって……一体どこへ行けばいいの!)
シエナは泣きそうになりながら、後ろを振り返る。視線の先には、先ほどまで過ごしていたはずの屋敷が、いつもと変わらない姿形で聳えている。
父は血を流して倒れていた。
義母の手は血塗れだった。
義母が父に手を下したのだろうか。
いや、冷徹と畏れられている義母でも、人を殺めるなんて真似はしないだろう。揉めているところだって一度も見たことはない。
そんなことはしないと、信じたい。
それに、煙の奥に見えた人影も気になる。あの正体は一体何だったのだろうか。
いくら考えてもシエナには分からない。
「お、とうさ、ま」
義母に出ていけとは言われたものの、怪我をした父をこのまま放っておけるわけがない。
シエナはもう一度屋敷に戻ろうと、前庭の煉瓦道を進もうとした──が、屋敷の窓やら扉から噴き出した猛炎が前方を塞いでしまった。
「っ、お父様、お義母さま……っ!」
いくら叫んでも、シエナの声は轟音に掻き消されていく。
屋敷に入ろうものなら、おそらく一瞬にして燃え尽くされてしまうだろう。だからと言って、このまま何もしないわけにはいかない。
「だ、誰か、助けを呼ばなくては……!」
シエナはふと脳裏に浮かんでしまった彼の姿を振り切るように、ぶんぶんと首を横に振る。
見捨てたのも同然であるアランが、助けになんてくるはずがない。ただの夢物語だ。
ここは父の治める領土内。どこか近くの街に行けば、誰かしら助けてくれるはず。もしくは婚約者であるオーブリーの元へ向かうしか方法はない。これほど大きな出来事でも、彼の家ならすぐに救いの手を差し伸べてくれるだろう。
シエナには薄着のまま、暗い夜道に向かって走り出した。
***
「はっ……は、ぁ……」
シエナは脹脛から太腿にかけての痛みに絶えながら、森の中の道なき道を進む。
長時間歩いたせいか、足全体が締め付けられたように痛い。日頃の運動不足が祟ったのかもしれない。こんなことになるのなら、女であるという事実にかまけず、馬術と剣術に精を入れればよかった。
シエナは今更過ぎる後悔に顔を歪め、寒さから身を守るように自分の身体を両腕で抱き締める。
日中はまだ暖かいとは言え、この時期の夜の寒さは身に堪えた。室内用の生地の薄いドレスを纏っていたシエナの肌に、寒々とした空気が棘のように突き刺す。
リヴェール侯爵家の荘園まではまだ遠い。
今晩中に辿り着くのは無理がある。
このままではオーブリーの元まで辿り着くのが先か、凍え死ぬのが先か。絶望に陥りかけたシエナの瞳に、無数の光がふと映った。
「……あっ」
──山の麓に見える人工的な光。街の灯りだ。
そうだ。今無理して領土の外まで行かなくても、領民達に事情を話して助けを求めればいいではないか。領主である父の娘を粗略に扱うなんてことはしないだろう。
シエナは少しだけ軽くなった足取りで、坂道を小走りで下った。
「……ひとが、いる?」
夜中だから家に籠もっているのではと思ったが、橋の前に人集りが見える。恐らく、街に暮らす人々だろう。シエナは魔石の照らす夜道を進み、水車小屋の前を通る。
そのまま流れるように男達に声を掛けようとしたが、ふと聞こえた会話がシエナの足枷となった。
「──シエナ・ルロワを捕らえれば膨大な報酬が入るらしい」
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