【R18】今日から私は貴方の騎士

みちょこ

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第三章 絶対絶命

16話

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 声に誘われるようにシエナが顔を上げると、木々の隙間から漏れる陽射しに照らされたオーブリーの姿が見えた。いつもの派手なウエストコートとブリーチズといった姿ではなく、紺色で統一された服を着こなしている。
 何度か目にしたことがある格好。おそらく王都学園特別科の男性用の制服だろう。奥に馬車を待機させていることからして、学園へ向かう道中なのかもしれない。

 シエナは疲弊に満ちた身体に鞭を打ち、眉を顰めるオーブリーの両手を震える手で握った。

 今、自分達を助けてくれる人は彼一人しかいない。

「シエナ……君は一体、こんな所で何を」

「オーブリー卿。どうか、私を、父を、助けてください」

「え?」

 切羽詰まったように言葉を被せるシエナに、オーブリーは眉根を寄せる。それでもシエナは構わず話を続けた。

「父が何者かに大怪我を負わされ、屋敷に火を放たれたんです。私は命からがらここまで逃げてきました。お願いです。助けを求められるのは、貴方しかいないのです……!」

 白く濁った吐息と共に、シエナの震える声が紡がれる。オーブリーは目を見開き、使者の待つ馬車へ視線を向け、苦しげに顔を歪めた。

 普段の意気揚々とした態度からは考えられない神妙な面持ちに、シエナの胸中に不安が過ぎる。

 口を固く閉ざしたまま地面に視線を泳がせる婚約者。シエナがもう一度オーブリーの名を呼ぼうとした瞬間、握っていたはずの彼の手がするりとシエナの掌から落ちていった。

「君を、助けることは、できないんだ」

「え?」

「……そう、。ごめん。多分、もう二度と会うことはないと思う」

 オーブリーはそう言い残すと、シエナを振り切るように背を向けた。
 枯れ草で覆われた土を踏む音が遠ざかり、シエナの瞳に映る婚約者の姿が小さくなっていく。シエナは「待って」と蚊の鳴くような声を漏らし、オーブリーを追い掛けようとしたが、縺れるようにして転倒してしまった。

「おねがい、まって」

 父が、危険な目に合っている。
 自分だけでは助けられない。

 シエナの血の繋がった家族は、父しかいないのだ。
 亡き母が注ぐはずだった愛情をと、誰よりも深く愛してくれた父が死んでしまうかもしれない。

 シエナは冷たい空気を吸って咳き込み、掠り傷が散らばった手を握り締める。
 そして、鈍痛に堪えながら上体を起こし、もう一度救いを求めようと、オーブリーの去っていた方角に視線を向けた──が、

 そこにもう人影はなかった。
 カラカラと車輪の回る音と、馬の鳴く声も、遥か遠くから聞こえる。


 シエナは、一人になった。


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