18 / 36
第四章 再会からの逃亡、そして捕まる
17話
しおりを挟む誰一人として、助けを求めることができない。
幼い頃からほとんどの時間を家族と過ごし、社交界でもうまく人に馴染めず、それまで学校にも行けなかったシエナには友人の一人もいない。
親戚の元へ足を運べばいいのだろうか。
でも、片手で数えるほどしか話したことがない。
屋敷の使用人を探せばいいのだろうか。
しかし、彼等が今どこにいるのかも分からない。
「おなかすいたな……」
気付けば周囲もすっかり薄暗くなり、シエナは名も知らない街の隅を彷徨っていた。途中、人とすれ違うこともあったが、昨夜のようにまた追われてしまうのではないかと、結局は助けを求められずにいた。
「……これから、どうしよう」
どうして、こんなことになってしまったのだろう。シエナには分からない。ただ一つ、理解できるのは、自分が地位も名誉も家族までも失い、婚約者にも見捨てられてしまったという事実だ。
「うっ」
漂う悲愴感を打ち消すように、シエナの腹の虫が鳴る。
考えてみれば、昨日の夜から何も食べていない。野鳥の蒸し煮に赤身魚のパイ、季節の野菜を煮込んで作った古株料理人特製の伝統的スープ。こんな危機的状況であるにもかかわらず、頭の中に好物の料理ばかりが浮かんでしまう。
幻嗅なのか、ほとんど店仕舞いをしたはずの街からパンのいい匂いがふわりふわりと漂ってくるような気がした。
「ふぁ」
気のせいではなかった。
燻製と小麦の芳しい香りを撒き散らす白い紙に包まれたなにかと、見るからに暖かそうな外套が置いてある。
近くに人影は見当たらない。一時的に席を外しているか、もしくは誰かが忘れていったのだろうか。しかし、今のシエナにはそんなことはどうでもよかった。いや、どちらかと言うと余裕がなかった。
「あ……ぁ……」
シエナはごくりと息を呑み、匂いに釣られて白包みの中を覗き込む。
黒と緑の粒々が練り込まれた分厚いソーセージが葉物野菜に包まれ、更に白いふわふわのパンで挟まれている。ハーブとスパイスの香りなのだろうか。こんがりと焼かれたソーセージの香ばしい匂いと一緒に運ばれ、シエナの鼻腔から脳の髄まで甘く蕩けさせてしまう。
もしかして、これが巷で流行っている食べ物なのだろうか。街中でフォークもスプーンも使わずに食べるだなんて端ないと義母に叱られそうだが、シエナの空腹は限界だ。
シエナは口の中に溢れる唾液を呑み込み、寒さから身を守ろうとちゃっかり外套を羽織った。
貴族の風上にも置けない行為を働いている自覚はあったが、背に腹は代えられない。後で主に事情を説明した上でしっかりと謝罪すれば、問題はないはずだ。きっと、恐らく、多分。
「主様。どうかお許しください。寒くてお腹が空いて今にも死にそうなのです」
シエナは誰もいない空気に向かって両手を擦り合わせ、ぺこりと軽く頭を下げる。
そのままソーセージサンドらしきものを両手に取り、再び音を立てて唾を呑んだ。ベンチに置き去りにされたばかりなのか、出来立ての熱さが残っている。
持ち主が近くにまだいるかもしれない──なんていう考えはシエナには及ばず、控えめに口を広げた。
「いただきま──」
「おい、こそ泥。そこで何をしている」
21
あなたにおすすめの小説
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる