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第四章 再会からの逃亡、そして捕まる
19話
しおりを挟む「もたもた歩かないでくれますか。食い逃げお嬢様」
「ひっ」
予期せぬ再会に感動する暇も驚く余裕もなく、シエナは捕らえられた囚人のように夜道を連行されていく。盗み行為を働いたから当然と言えば当然だ。本当に警備兵に突き出されるかもしれない。
そもそも、この男は本当にアランなのだろうか。
今という今になって疑問が湧いてきた。
大人の身体つきにはなっているが、口の悪さが若かりし頃の比ではない。しかも、威圧感というか殺気すら感じる。このまま彼についていったら、殺されてしまうのではないだろうか。
やはり、今日が命日となってしまうのか。
シエナがちらりとアランの顔を一瞥しては、すぐに視線を逸らす。そんな気の散る行為を道中繰り返していたせいか、苛立ったようにアランが舌を鳴らした。
「何か言いたいことがあるのなら、はっきりと仰っていただけますか」
「え、あ、うっ!」
器用にも後ろから腕を回すようにして身体を翻され、壁に背中を押し付けられてしまった。幼い頃、護衛騎士として側にいた頃とは比べ物にならない力の強さ。シエナがあわあわと逃げ出そうとしても、両手で肩をがっちりと掴まれて動くことが叶わない。
「ご、ごめんなさ」
「謝れなんて言っていません」
「あ、ごめ……じゃなくて、わ、わた、わたし、びっくり、して、アランとまた会うなんて、思っていなかったから。ほんもの……なんだよね?」
シエナは何度も口籠りながら、目の前のアランと視線を交わす。
深く淀んだアメジストの瞳。触れる鼻先。互いの唇から漏れる白い吐息。思っていた以上にアランの顔が近くにあった。
「偽物に見えますか」
顔を逸らせないようにと、顎を指先で掴まれる。
いつの日か、庭で戯れていたあの日。冗談には思えない冗談を言われながら今と同じように触れられ、思わず泣いてしまった時のこと。
糸をたぐるように過去の記憶が思い浮かび、シエナは泣きそうになるのを必死に堪らえようとした。
「……さ、三年前、いきなりアランがいなくなって、わたし、何か怒らせちゃったのかなって、私のせいで、アランがいなくなっちゃったのかな、って」
「で?」
「わ、私が……アランを見捨てた……ごめんなさい……」
結局は、ただの懺悔になってしまった。
狭められたアランの瞳は冷たいように感じられる。軽蔑しているような眼差しだ。
「貴女は本当に何も変わらないな」
「え?」
「やはり、貴女は何も変われていない。そうやって感情を出せば赦してもらえると思っている。泣けばどうにかなると思っている。ただ年を重ねるだけで、自ら変わろうとしないまま生きてきたのでしょう」
チクッ。
シエナの心に毒が塗られた針が刺さる。
青年の姿へと変わったアランが、こんなにも近くにいるはずなのに遥か遠くにいるように思えた。
「アラ……わたし、わたしね」
「話はもういいです。行きましょう」
アランはシエナの言葉を待たずに、再び背を向けて歩き出す。
シエナの視界は霞み始め、自分の呼吸音がやたらと脳内で反響する。酷く酔っているような心地がした。足元が宙に浮かんでいるようにふらふらして。
ぽっかりと空間のできた前方に蹌踉めき、視界が地面の色で覆われた。
「──シエナ嬢!」
身体を打ち付けた衝撃と共に、遠くから聞こえたアランの声。
──そういえば、久し振りにアランに名前を読んでもらったような。
シエナはぼんやりとする頭の中でそんなことを考えながら、徐に意識を閉ざしていった。
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