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第五章 主従逆転、今日から召使
30話
しおりを挟む「……学び舎で抱き合うなんてあらまぁ。アラン・グラヴェル、真面目な顔して意外と大胆なんだな」
サハラは口角を歪ませながら、唇を隠すように指先で覆う。シエナはすぐにアランから身体を離し、妙な笑みを浮かべるサハラに弁解しようと試みた。
「ち、違うの、あ、ちが、違うんだ! サハラ、これは」
「大丈夫さ。私にそんな偏見はないし、君達のことを誰かに話すこともしないってば」
偏見以前に、どこか違う方向に勘違いしているような気がする。
シエナは先ほどと打って変わって慌てたように首を勢いよく横に振って、アランから離れようとした──が、アランの腕はみっちりとシエナの腰に回ったままだった。
「……東の国随一の貿易商の娘か。さっき大広間でこいつに話しかけてたな。何が目的だ?」
「ええ? だって王都学園に編入したばかりで友達もいなかったし。首席クンの付き人なんて珍しいから話しかけちゃった。だめ?」
「駄目だ。こいつはあくまで俺の召使であって、学園で仲良し小好しさせるために連れてきたんじゃない」
二人が言い合いをしている間に、さりげなくアランの腕から逃れようとしたシエナだったが、そう簡単にはいかなかった。
アランの腕はシエナの手首に回り、そのまま逃げ去るようにエントランスへと連れて行かれそうになる。
「ま、待ってください、アラン様!」
「何だ」
「た、多分だけど、あの子、悪い人じゃないで……」
アランはシエナの手首を握ったまま視線だけを背後に寄越す。まるでこれから人を殺めようとしているのではないかと錯覚してしまうほど、恐ろしい眼差し。
シエナは内心震え上がったものの、ここで怯んでしまったら話にならない。
「さ、さっき、彼女は大広間で私が迷っていたときに案内してくれて」
「だから?」
「だから、あの、えっと、きっと優しい子なので」
「他人の一時の気紛れで簡単に信用するのか」
間髪入れずに反論され、シエナの言葉が詰まる。直接見ずとも、アランの表情が見る間に険しくなっていることが窺えた。
シエナが声を吃らせる中、汚物でも見るかのようにアランの瞼が狭められていく。
「会ったばかりの人間を信用したいのならそうしたらいい。止めはしない」
「あっ」
指先に摘んでいたアランの服裾が滑るように離れ、再びアランの背が向けられる。呆然とするシエナに一度たりとも振り返らず、アランは足早に校内へと戻ってしまった。
結果、サハラと二人取り残される羽目に。
肌を刺すような木枯らしがシエナの肌の温もりを奪い去っていく。
「あー、愛想悪いったらありゃしないな。あれは顔が良くてもモテないタイプだわ。すぐに女から振られるやつだよ。なはは……あっ」
ぽたりとシエナの大きな瞳から涙が堪え切れず、落ちていった。
また、喧嘩をしてしまった。
とは言っても、非があるのは紛れもなく自分。
迷惑を掛けてばかりなのも、自分だ。
「ほんと、に、怒らせてばかりだ……」
「あー、泣いたらだめだって。あっちで一緒にお昼ご飯食べよう?」
「う゛っ、わた、し……」
「辛気臭い喋り方、禁止! 殴るよ!」
懲りずに涙をぼろぼろと流すシエナに、サハラは遠慮なく腕を引っ張り上げる。そのまま引き摺るように閑散とした庭園の奥へと連行された。
***
「ほーら、お食べ。うちの故郷特産の食材で使用人に作らせたニギリメシだよ」
木製のベンチに腰を掛けるなり、サハラから差し出されたのは奇妙な形をした食べ物だった。白い粒々がぎゅっと密集した三角形。なぜか下半分だけ巻かれている黒い部分からは磯のような香りがする。
シエナはふんふんとニギリメシとやらの上の部分の匂いを嗅ぎ、おそるおそる口に咥えた。
「っ!」
口の中にふわりと広がる塩の風味と、まろやかな味わい。ぎっしりと密着していた白い粒々が噛めば噛むほどほろほろと崩れていき、ほのかな甘みが舌を優しく包んでくれる。
「炊きたてだともっと美味しいんだけどねぇ。腹持ちが良いし、うちの国では主食だったからたまに頼んで送ってもらうのよ。それにここの食堂、無駄に豪華で金もかかるし、お嬢様お坊ちゃまだらけだから居辛いんだよねぇ。こうやって外でのんびり食べるのが一番いいのさ。美味しい?」
「ん、んむっ」
「急いで食べるとつっかえるからね。ゆっくりゆっくり」
むしゃむしゃと必死にニギリメシに喰らいつくシエナに、サハラは「故国で飼ってたペット思い出すわぁ」と口元を緩ませながら彼女の横顔を眺めている。
あと一口、もう一口とシエナがニギリメシを頰張っていると、サハラが流れるように話を続けた。
「ていうかさ、最初からそんな気はしていたんだけど、君って男じゃなくて女だよね?」
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