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第五章 主従逆転、今日から召使
29話
しおりを挟む「へ?」
シエナは教員が口にした言葉に耳を疑った。聞き間違いではないのかと、サハラに話の内容を再度尋ねようとしたが、その疑念はすぐに追い払われてしまった。
「あ、ら……」
聖壇の前に当たり前のように立ったのは、他でもない元護衛のアラン。そして今の強制的な主。シエナは指先を少しだけ震わせ、ぎゅっと手を握る。
「おっ、来たね。学園設立して以来の天才! 神童……っていう年でもないか」
はははっ、とサハラは目立たない程度に空笑いをする。
その傍ら、シエナは立ち尽くしたまま。遠くにいるアランを見つめることしかできない。きゃっきゃっと小さな声で騒ぐ女子生徒達の声も、壁で遮られているかのように遥か遠く感じられる。
「……特に長々と話すつもりはありませんが、この学園も設立して十二年という節目。変に気負わず、各々が目標を持って行動できたらいいんじゃないかと思います。あとは退学とならないように勉強。以上です」
アランはやたらと早口で祝辞にすらなっていない言葉を述べ、聖壇の前を後にする。教員が「自己紹介くらいはしなさい!」と小声で叱っていたが、気にすら留めていない様子だった。
(私が全然成長していなかった間に、アランは)
シエナの手を握る力が自然と強まる。
無意識に去り行くアランを目で追ってしまったが、その先で待っていた女子生徒達に囲われて姿が見えなくなってしまった。
その後、学園長から国の歴史云々の退屈な話が始まったが、シエナの耳にはこれっぽっちも届かない。唐突な目眩に見舞われたシエナは、立ったまま居眠りをし始めたサハラをその場に残し、大広間を一人逃げるように去った。
***
「おい。一人で勝手に行動するなと言っただろう」
学園内を彷徨っていたシエナは、辿り着いた庭園の隅で芝生の虫と戯れていた。が、案外早く見つかってしまったようだ。
息を切らしたアランは、蹲るシエナを呆れたように見下ろしている。シエナはいつしかの日のように虫をちょんっと指先でつつき、地面から目を一切離さない。
アランに意地でも目を合わせないつもりだった。
「凄いんですね。アラン様」
「は?」
「学園で首席を維持できるほど成績優秀だったなんて。私なんかの護衛を務めるような器ではないじゃないですか」
「何を急に……」
「やっぱり私、お父様の元に戻ります。自分の身を守るためだけに学園でじっとはしていられませんし、お側にいるのは迷惑でしょう。何かあったら、優秀なアラン様の名に傷がつきますもの」
「おい、シエ……」
顔を逸したまま立ち上がり、学園の出口に急ぎ足で向かうシエナ。
アランは物憂げな表情を浮かべてシエナの細い腕を掴もうとしたが、すぐに払われてしまった。
「おいおいおいって! 私の名前はおいじゃありません! 貴方は私の名前を忘れたのですか? 頭は良いはずなのにとんだ忘れん坊さんですね!」
「おい、ちょっと、声が大き」
「ほら、また! 私の名前はシ……んんっ」
ちょうどエントランスから出てきた男子生徒の集団から身を隠すように、アランはシエナを片腕に抱え込んで柱の影へと身を隠す。
自ずと背中から抱きしめられるような体勢になってしまったが、距離が近い。アランの湿った吐息が頬にふわりと掛かり、文句ばかりが溢れていたシエナの口が塞がらなくなる。
「どうしていきなり情緒不安定になるんだ。頼むから少し落ち着いてくれ」
縋るような声で囁かれ、シエナは徐に口を閉ざす。
次第にムキになっている自分が恥ずかしくなり、情けなくなり、また涙が出そうになった。
「すみませ、ん」
「謝らなくていい」
「……ごめんなしゃ、さい」
情けないにも程がある。
この数日間で近くにいると思っていた人達が、手の届かないところに行ってしまったから、一抹の不安を覚えたのかもしれない。数年の時を経て再会したアランですら、遠くにいるように感じてしまう。
家族を失ってしまったシエナは完全に一人ぼっち。
しかもなぜか今は望まぬ格好で元護衛の召使となっている。
「ひぐっ」
「……昔より泣き虫になったな。部屋に帰ったらいくらでも泣いていいから、学園で怪しまれるような行動は謹んでくれ」
「え、ゔぇ」
潰された蛙のように妙な嗚咽を漏らしつつ、シエナは下唇を震わせて涙を堪える。
自分なりに必死に涙を止めようとしている姿を見兼ねたのか、アランは深くため息を吐いてシエナの頭を自らの胸元に引き寄せた。そのまま、優しく後頭部を撫でられ、シエナの目頭が再び熱を帯び始めた。
「や、やざじっ、ぐ、じないで……」
「じゃあ突き放すぞ」
「な、なんで、ぅあ」
突き離されるどころか、より一層きつく抱き締められた。ぱちりぱちり、とシエナは目を屡叩かせ、鼻水をずるりと吸う。
「……父親のことは心配しなくていい」
「あ、あらん」
「どれだけ必死に探したと思っているんだ。なるべく側にいてくれ」
後頭部に充てがわれたアランの長い指が、くしゃりとシエナの髪に絡まる。
気のせいか、アランの声が微かに震えているような。自然とシエナの感覚が研ぎ澄まされ、アランの息遣いが、心音が、温もりが伝わってくる。シエナが乾いた息と共に唾を呑み、アランの背中に腕を回そうとしたそのとき、場違いな高い声がシエナ達の耳を貫いた。
「やっほー! シャルルってば、こんなところに…………え、何してんの?」
人気のない物静かな庭園に、突如として軽い足取りで現れたのはサハラだった。そして、言わずもがな今のシエナとアランは抱き合っているような状態。
シエナは今になって、自分が男装していることを思い出した。
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