【R18】今日から私は貴方の騎士

みちょこ

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第五章 主従逆転、今日から召使

28話

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 王都学園の大広間は、エントランス突き当たりの階段を上った先にあった。果てしなく長い廊下を行き交う人々は皆、同じ服装をしているが、髪の色や肌の色は多種多様。中には全身同色の体毛に覆われた獣人までいた。

 シエナの瞳は今、アランの魔法の施しによって目立たない褐色へと変わっている。
 普通に考えれば、不審者と思われるかは別としてシエナの本当の正体が分かるわけもないのだが、それでも用心しないわけにはいかない。シエナが落ち着かない様子で周囲に視線を泳がせていると、ドンッと肩に軽い衝撃を覚えた。

「おっと、失礼」

 頭上から聞こえた男の声。
 シエナがごめんなさいと口にして顔を上げると、白シャツをだらしなく着た赤髪の男の姿があった。

「あっ、ごめんなさい。前を見ていなくて……」

「いいよ。その格好も似合うね?」

「は?」

 返された男の言葉に、シエナは気の抜けた声を漏らす。この胡散臭い笑顔。やる気のないような立ち振る舞い。どこかで見かけたことがあるような気がする。

「おい、他人と話すなと言っただろう」

「あっ」

 男が誰なのか、記憶を掘り起こす前にアランによって腕を引かれた。
 大広間への入り口に向かって流されていく最中、ひらひらと此方に向かって手を振る男。やはり、初対面ではないような気がする。

「アラン……さま。式典って何をするのですか?」

「色々」

「色々じゃ分かりません。私はどうしたらいいのですか?」

「迂闊な真似をしなければ大丈夫だ。前方の集団に紛れていろ。俺は一時的に席を外す」

「えっ」

 アランはそう言い残すや否や、颯と脇道に逸れてしまった。その場に取り残されたシエナが一人狼狽えている間に、鉄の軋む音を立てて豪奢な両扉が開く。
 その瞬間、ふわりと風が奥から吹き荒れ、生徒達から小さなどよめきが起こった。

「わっ」  

 原色の灯りを宿した幾つもの蝋燭が、半透明の筒に覆われて宙にゆったりと浮かんでいる。両際の壁は王国ラストナスの偉人達の肖像画が飾られ、天井は白竜が形取られたステンドグラスで覆われていた。
 思わず息を呑んでしまうような美しい空間に、シエナは見惚れたようにその場に立ち尽くす。

「ちょっと。そんなところでボサッと立っていたら危ないよ」

「え?」

「アラン・グラヴェルと一緒にいたよね? 付き人でも同じクラスに集合。こっちおいで」

 ひょっこりと横から顔を覗かせたのは、黒い髪に黒い目と、象牙色の肌──珍しい風貌の少女だった。彼女はニヒッと愛想よく八重歯を見せて笑うと、戸惑うシエナの手を遠慮なく引っ張った。

「あ、あの、貴女は」

「東の島国から来たサハラだよ、よろしくね。君の名前は?」

「へっ」

 シエナの言葉が詰まった。

 そういえば自分の仮の名前を決めていなかった。ここで正直にシエナだと名乗るのは、ただの馬鹿以外の何者でもない。

「シッ」

「し?」

「シャ、ルル……シャルルです」

 咄嗟に出した偽名に、シエナの声が分かりやすく上擦る。だから他人と喋るなと言っただろうとアランに叱られそうだが、話しかけられたら無視するわけにもいかないだろう。
 シエナは謎の言い訳を心の中で呟いたが、一方のサハラは気に留めている様子はなかった。

「そうなんだ、シャルル。よろしく?」

 へへっとサハラは笑い声を含ませ、シエナの手を掴んだまま大広間の前へ前へと進んでいく。
 どうやら何とかうまく誤魔化せたらしい。シエナは心の中でほっと一息ついた。

「今日は半年振りの式典だからさぁ。全生徒がみーんな大広間ここに群がってて嫌になっちゃうよ。別に始業式なんてやらなくてもいいのにね」

 ぶつくさと小言を口にしながら、生徒達の間を器用にすり抜けていくサハラ。中央に敷かれた赤い絨毯を渡っていくと、一際華やかな雰囲気を放つ生徒達の集団が見えた。
 アランが貸してくれた制服と同じ紋章が、皆の上衣にに縫われている。シエナが問いかける前に「特別科の最上級生だよ」とサハラが教えてくれた。

 やがて騒がしかった大広間に、床ごと揺さぶられるような鐘の音が鳴り響いた。同時に左右の通路から教員らしき人間達が姿を現し、前方脇の金と黒の象嵌細工が施された机の前に腰を掛けていく。

 ──その中に一人、紛れていたのはあのきな臭い赤髪の男だった。

 シエナの存在に気がついたのか、男は笑顔でふらりとまた手を振る。その瞬間、周囲にいた女子生徒達が控えめに黄色い悲鳴を上げていた。隣にいるサハラに至っては、真面目な顔で「あれは攻める方だな」などと意味が分からないことを呟いている。

 まさか、学園の教員とは思いもしなかった。
 他の教員達より若いこともあって、持てはやされているのかもしれない。


「──静粛に! 予定時刻を過ぎています!」


 教員の一人が、威厳のある声で叱咤する。
 すぐに大広間内は静けさを取り戻し、教員はコホンと咳払いをした。


「それでは前年度のアラン・グラヴェル。全生徒を代表して挨拶を」


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