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しおりを挟む最近は政府の監視が厳しくなっているせいか、金になる仕事が少ない。なんとなく察してはいたが、今日の報酬金もしけたもんだった。
この低収入が続けば、今の生活すら儘ならない。ハルが他のことに興味を持てば、更なる出費も否めないだろう。
以前、ハルが自分も働くと言っていたが、他人の稼いだ金で生きるだなんて絶対に俺は嫌だ。どうにかして二人分の稼ぎを──
「オニイサン。コレ買ウノ?」
「は?」
突然聞こえた片言な声に釣られて顔を上げると、胡散臭い笑顔を浮かべた男が目の前にいた。考え事をしながら歩いていたせいか、出店の前にまで来ていたらしい。
カウンターには普段滅多に目にしない女物の煌びやかな装飾物が並べられていた。
「安イヨ? ヒトツ買ッテイク?」
派手すぎない飾りが施された髪留め。確かに高くはない。提示された値段が本当なら良心的だ。街の店で普通に買えばこれの倍以上はするだろう。
ハルの髪につけてやったら、少しは身嗜みに気を遣うようになるだろうか。いや、でもこれで糞犬みたいな変な虫が彷徨くようになったらどうするんだ。また面倒事が増えるぞ。
「恋人ニアゲタラ喜ブヨ」
「誰が恋人だ、殺すぞ」
「ホ?」
半ばヤケクソに髪留めを手に取り、驚く店員に差し出す。そのまま今日の報酬金の一部も握らせると、店員はなにか納得したように頷いた。
「何ダ。片思イナノカ」
「妙な詮索をするな」
小袋に包まれた髪留めを奪い取り、逃げるようにその場を去る。
これは単なる気紛れだ。別に家族でなくても恋人でなくてもただの他人でも、暇潰しに安物を渡してやるくらいいいだろう。何の問題もない。
「……いや、なんで俺はこんなことを」
「え? なにそれかわいーじゃん」
ふっ、と生温かい風が耳を纏い、首筋がぞっと粟立つ。身を構えながら振り向いたその先には、見慣れたハイエナ獣人の姿があった。
「……ちっ」
「顔見るなり舌打ちするのやめてよぉ。なー、それあの狼娘ちゃんにやんのか?」
「てめーには関係ねぇ」
視界に映った害悪物のせいで気分が一気に悪くなった。どうやら今日は一匹だけで来ているらしいが、群れていようがなかろうが鬱陶しいことには変わりない。
今は治安が悪い場所には連れて行かないようにしてはいるが、女が一緒にいなくてよかった。
「なーんだよ。話し相手くらいになってくれよ。最近は政府のヤツラが彷徨いててよォ。金になる仕事なんてありゃしねぇ。裏市もいつ潰されるか分かったもんじゃねぇぞ」
「知るか」
「スザク。お前も他人事じゃねぇって。裏市での仕事がなくなりゃお前どうやって生きていくんだ? お前の大事な狼娘ちゃんも飢え死に……」
話を聞き終える前に裏市の門を飛び出た。
胸くそ悪い。吐き気がする。
分かっていることを態々聞かせるんじゃねぇ!
大丈夫だ。ハルもそんなに子供じゃない。俺と一緒にいるのがヤバいと分かったら、自ずと離れていくはずだ。それに元々はハルを捨てる予定だったんだ。ハルがどこに行こうと別の誰と暮らそうと知ったことではない。
「おい」
くそ、しつこい。
ハイエナの野郎、まだついてきてやがるのか。
「待てよ、お前!」
湿気に紛れて鼻腔に広がった獣の匂いに、やっと声の主が違うことに気がつく。苛立ちを募らせながら振り返ると、両肩を上下に揺らして鬼の形相を浮かべる狼獣人の姿があった。
酷く乱れた毛並みに、身体中の傷。荒々しい呼吸が繰り返される口からは夥しい量の血が漏れている。風貌が様変わりしていたから一瞬分からなかったが、こいつ、リオンか。
どうしてここにいるんだ。
今日はハルと街に行ったんじゃなかったのか。
「おい、ハルは……」
「あんたのせいだ! あんたがいるからハルは逃げたんだ!」
「は?」
訳が分からず眉を顰めるも、相当猛り立っているのか、リオンはそんな俺に構う様子はない。血走った目で俺を睨んでいる。
呆然とする俺に構わず、そのまま胸ぐらを掴もうと爪を剥き出しにして襲い掛かろうとするリオン。難なく身を躱そうとした瞬間、全身の血が凍り付くような感覚に見舞われた。
──血の、匂いだ。
リオンの臭さに紛れて分からなかったが、微かに血の匂いがした。
ハルの、血の香りが。
「ん、ぐっ!?」
突っかかってきたリオンの首を片手で掴み、地面へと叩き落とす。骨が砕けるような音がしたが、構いやしない。叫びながら暴れ回るリオンを押さえつけようと、膝で腹部を押し当てる。内臓を潰す勢いで力を入れる。
すでに瀕死状態だったリオンの口の端から大量の血が噴き出した。
「……ハルを、どうした」
落ち着きを装って、静かに尋ねる。
先ほどまで感情を昂らせていたこの糞犬は、熱を奪われたかのように顔を青褪めさせていた。否定をしない、ということは、事実なのか。ハルに血を流すような怪我をさせたのか。
胃がナイフで切り刻まれたように痛い。
煮え滾るような熱さだ。
辛うじて残された理性がリオンへの殺意を抑え込む。
「お、俺は、何もしていない! 前々から兄さんがハルに会いたいって言ってたから会わせただけで」
「……で?」
「に、兄さんがハルが逃げないように捕えろって。でも、ハルはあんたの名前を呼びながら、必死に抵抗して、逃げようとして。そうしたら、兄さんが、ハルを」
「どこだ?」
「えっ」
「ハルはどこだって聞いてんだよ!」
口を半開きにするリオンの頬を容赦なく殴る。これ以上は自分の命が危ないと察したのか、リオンは首を振りながら悲鳴のような声を上げた。
「だ、だから、ハルは逃げたんだ! 俺はあんたの元に行ったんじゃないかって、それで、ハルが前に話していた裏市に」
「来てねぇよ、馬鹿野郎!」
今度は腫れていない片頬を擲る。リオンは息絶え絶えになりながらも俺に何かを言い掛けようとしたが、俺が奴を置いて走り出した方が先だった。
走って、走って、草原を超えて。
両手も地面に付いて、踏んで、蹴って、ひたすら前を走る。一匹の黒豹へと姿を変えて、死に物狂いで疾走する。
鼻の奥にこびり付いたハルの匂いを鈍らそうとするかのように、光の衰えた空から冷たい雨が鬱々と降り始めた。
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