【R18】黒豹と花嫁

みちょこ

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17話

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「いいわけねぇだろ。起きろ」

 バシッと頬をなぶられたような衝撃に見舞われ、真っ暗だった目の前が光に蝕まれる。真っ先に視界に飛び込んだのは、明らかに苛立ちを募らせたハイエナ獣人の顔。ハルだけが見えていた視界に不純物が混じり、一気に胸糞悪くなる。
 考えるより先にハイエナの汚い頬を殴り返した。

「いっでぇ! それが助けてやった奴に対する恩かよ!」

「ハルはどこだ」

「おい、無視すんな」

 突っかかろうとしてきたハイエナを避け、薄汚れた床から起き上がる。ここは奴等ハイエナの住処か、道理で嫌な匂いが充満しているわけだ。

「どこ行くんだよ、スザク!」

 背後から聞こえる声を無視して、ハイエナ達の汚臭に紛れた匂いからハルを探り当てる。扉から出た向かいにあったのは小洒落た扉。その奥から微かにハルの匂いを感じた。

「ハ……」
「入る時はノックしな!」

 扉を開くなり飛び出すように出てきたのは、鬼気迫る表情を浮かべた女ハイエナの顔。思わず後退りそうになったものの、寝台に横たわるハルの姿が見え、その場に踏み止まった。

「ハル……」

「今ちょうど寝ついたところだよ。ずっとあんたの心配しててね、ろくに眠りもしなかった。それと耳の手当てもしておいてやったから」

 雌ハイエナの言う通り、ハルの右耳は包帯が巻かれていた。やっと出血が止まりかけたのか、赤黒く固化した血が布にこびりついている。身体の至る所も痣だらけだ。痛々しくて見るに堪えないほど。

 何がハルさえ生きていたらいいだよ。
 ハイエナの助けがなかったら、ハルは俺と一緒に死んでいたかもしれないじゃないか。

 (ハル──)

 ハルを眠りから覚まさないようにと手を伸ばしたそのとき、横から奪うようにして手首を掴まれた。鋭く尖った爪が肌に食い込み、喉の奥から呻き声が漏れる。

「たまたまあんたらを追っては来たけど、助けてやったのも気紛れだよ。あんたらを食うか売り飛ばすこともできたんだ。あとは下っ端達に骨を砕く練習をさせてやってもね」

「なに……」

「まぁ痩せこけた黒豹なんて腹の足しにもならないだろうが、この狼娘はきっと高く売れるんだろう? じゃなきゃ上流階級の家の獣人から攫われるなんてこともないだろうよ」

 手の力は一向に緩まない。瞳孔の開いた瞳を俺からハルへ移し、視線を一点に定める。

 一度でも獲物と認識すれば、地の果てまで追い詰める獣人の目。一瞬の隙をつこうとしたのか、足を踏み出そうとした雌ハイエナの腕を掴み返し、ハルから無理やり遠ざけた。

 雌ハイエナは、ほらやっぱりと言わんばかりの腹立つ顔で首を横に振る。

「そうやってふてぶてしい態度ばっかりしてるから嫌われるんだよ。あんたが早死にするのはともかく、そこの小娘まで失って後悔したくないなら普段からもっと愛想よくすることだね」

「……普段から人の手柄を狙うようなクズに振りまく愛想は持ち合わせていない」

「あー、ほらほら、そういうところだよ。助けてもらったときくらいは素直にありがとうくらい言いなよ。ていうかあんた、私達の名前すら覚えていないだろう」

「ハル以外は興味ない。どうでもいい」

「うわ……」

 雌ハイエナは眉間に皺を寄せて、嫌悪感丸出しの表情を浮かべる。
 別におかしいことは何も言っていない。事実を述べただけだ。ハル以外の生き物はどうでもいい。ハルさえいればいい。ハル以外はいらない。俺にはハルだけいればいいんだ。

 (……ん? なんか首の付け根が痛いな。熱くて苦しい)

 撃たれたのは肩だったよな、なんて思いつつ、ふらついた足取りでハルが眠る寝台へ一歩近寄る。汗でじんわりと濡れた額を指先で撫でてやると、伏せられていたハルの睫毛がゆっくりと持ち上がった。
 窓から射し込む満月のほのかな光が、ハルの青い瞳に小さな煌めきをちりばめている。

「……すざく?」

「ん」

 か細い声でハルは言葉を紡ぐ。無理な体勢ををさせないように頭をそっと抱き寄せると、くぅんと情けない声が聞こえた。犬かよ、こいつは。

「もう、だいじょうぶ? 肩痛くない?」

「……大丈夫だって言っただろ。頼むから自分の心配をしてくれ」

 ハルの後頭部を掴む力が自然と強まる。
 居心地が悪くなったのか、雌ハイエナは呆れたように溜め息を吐いて部屋を後にした。

 二人だけとなった空間。静寂を際立たせるように時計の針が時を刻む中、ハルはゆっくりと俺の背中に腕を回す。熱く溶けるような体温に、首元がちりちりと炙られていくような気がした。

『──最後はハルに選ばせろ』

 狼獣人が最後に口にした言葉が、今になって脳裏に浮かぶ。あの言葉の意味は何だったのだろうか。    
 ハルの髪を撫でながら、くすんだ色の壁をただ視界に捉えていた最中、心臓が大きく波打った。

「……っ?」

 首元に触れるハルの吐息がやたらと熱い。というより身体全体が暑苦しく感じる。肺が酸素を求めて収縮を繰り返し、鼻が敏感になっているのか、ハルから甘ったるい匂いがした。

 俺の異変に気がついたのか、ハルが身を案じるように俺に顔を近づける。


 そういえば、あの番の呪いは。 
 
 俺の身体に刻まれたあの印は何をもたらすのだろうか。


「スザク。どうしたの?」

 睫毛が重なるほどの近さでハルが問いかけた瞬間、意識がぷつんと途切れた。



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