17 / 19
17話
しおりを挟む「いいわけねぇだろ。起きろ」
バシッと頬を嬲られたような衝撃に見舞われ、真っ暗だった目の前が光に蝕まれる。真っ先に視界に飛び込んだのは、明らかに苛立ちを募らせたハイエナ獣人の顔。ハルだけが見えていた視界に不純物が混じり、一気に胸糞悪くなる。
考えるより先にハイエナの汚い頬を殴り返した。
「いっでぇ! それが助けてやった奴に対する恩かよ!」
「ハルはどこだ」
「おい、無視すんな」
突っかかろうとしてきたハイエナを避け、薄汚れた床から起き上がる。ここは奴等の住処か、道理で嫌な匂いが充満しているわけだ。
「どこ行くんだよ、スザク!」
背後から聞こえる声を無視して、ハイエナ達の汚臭に紛れた匂いからハルを探り当てる。扉から出た向かいにあったのは小洒落た扉。その奥から微かにハルの匂いを感じた。
「ハ……」
「入る時はノックしな!」
扉を開くなり飛び出すように出てきたのは、鬼気迫る表情を浮かべた女ハイエナの顔。思わず後退りそうになったものの、寝台に横たわるハルの姿が見え、その場に踏み止まった。
「ハル……」
「今ちょうど寝ついたところだよ。ずっとあんたの心配しててね、ろくに眠りもしなかった。それと耳の手当てもしておいてやったから」
雌ハイエナの言う通り、ハルの右耳は包帯が巻かれていた。やっと出血が止まりかけたのか、赤黒く固化した血が布にこびりついている。身体の至る所も痣だらけだ。痛々しくて見るに堪えないほど。
何がハルさえ生きていたらいいだよ。
ハイエナの助けがなかったら、ハルは俺と一緒に死んでいたかもしれないじゃないか。
(ハル──)
ハルを眠りから覚まさないようにと手を伸ばしたそのとき、横から奪うようにして手首を掴まれた。鋭く尖った爪が肌に食い込み、喉の奥から呻き声が漏れる。
「たまたまあんたらを追っては来たけど、助けてやったのも気紛れだよ。あんたらを食うか売り飛ばすこともできたんだ。あとは下っ端達に骨を砕く練習をさせてやってもね」
「なに……」
「まぁ痩せこけた黒豹なんて腹の足しにもならないだろうが、この狼娘はきっと高く売れるんだろう? じゃなきゃ上流階級の家の獣人から攫われるなんてこともないだろうよ」
手の力は一向に緩まない。瞳孔の開いた瞳を俺からハルへ移し、視線を一点に定める。
一度でも獲物と認識すれば、地の果てまで追い詰める獣人の目。一瞬の隙をつこうとしたのか、足を踏み出そうとした雌ハイエナの腕を掴み返し、ハルから無理やり遠ざけた。
雌ハイエナは、ほらやっぱりと言わんばかりの腹立つ顔で首を横に振る。
「そうやってふてぶてしい態度ばっかりしてるから嫌われるんだよ。あんたが早死にするのはともかく、そこの小娘まで失って後悔したくないなら普段からもっと愛想よくすることだね」
「……普段から人の手柄を狙うようなクズに振りまく愛想は持ち合わせていない」
「あー、ほらほら、そういうところだよ。助けてもらったときくらいは素直にありがとうくらい言いなよ。ていうかあんた、私達の名前すら覚えていないだろう」
「ハル以外は興味ない。どうでもいい」
「うわ……」
雌ハイエナは眉間に皺を寄せて、嫌悪感丸出しの表情を浮かべる。
別におかしいことは何も言っていない。事実を述べただけだ。ハル以外の生き物はどうでもいい。ハルさえいればいい。ハル以外はいらない。俺にはハルだけいればいいんだ。
(……ん? なんか首の付け根が痛いな。熱くて苦しい)
撃たれたのは肩だったよな、なんて思いつつ、ふらついた足取りでハルが眠る寝台へ一歩近寄る。汗でじんわりと濡れた額を指先で撫でてやると、伏せられていたハルの睫毛がゆっくりと持ち上がった。
窓から射し込む満月のほのかな光が、ハルの青い瞳に小さな煌めきを鏤めている。
「……すざく?」
「ん」
か細い声でハルは言葉を紡ぐ。無理な体勢ををさせないように頭をそっと抱き寄せると、くぅんと情けない声が聞こえた。犬かよ、こいつは。
「もう、だいじょうぶ? 肩痛くない?」
「……大丈夫だって言っただろ。頼むから自分の心配をしてくれ」
ハルの後頭部を掴む力が自然と強まる。
居心地が悪くなったのか、雌ハイエナは呆れたように溜め息を吐いて部屋を後にした。
二人だけとなった空間。静寂を際立たせるように時計の針が時を刻む中、ハルはゆっくりと俺の背中に腕を回す。熱く溶けるような体温に、首元がちりちりと炙られていくような気がした。
『──最後はハルに選ばせろ』
狼獣人が最後に口にした言葉が、今になって脳裏に浮かぶ。あの言葉の意味は何だったのだろうか。
ハルの髪を撫でながら、くすんだ色の壁をただ視界に捉えていた最中、心臓が大きく波打った。
「……っ?」
首元に触れるハルの吐息がやたらと熱い。というより身体全体が暑苦しく感じる。肺が酸素を求めて収縮を繰り返し、鼻が敏感になっているのか、ハルから甘ったるい匂いがした。
俺の異変に気がついたのか、ハルが身を案じるように俺に顔を近づける。
そういえば、あの番の呪いは。
俺の身体に刻まれたあの印は何を齎すのだろうか。
「スザク。どうしたの?」
睫毛が重なるほどの近さでハルが問いかけた瞬間、意識がぷつんと途切れた。
1
あなたにおすすめの小説
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる