7 / 16
第1章 冴えない夫
7話※
しおりを挟むぱちりぱちり、とアルフィーは何度も目を屡叩かせる。
滲んだ涙が触れ合った頬の隙間を伝い、顎下へと落ちていく。吐息と声の自由を奪われた唇は柔らかい温もりに包まれていた。視線のすぐ先にあるのは長い睫毛が垂れたエイヴァの両瞼。つまり、今、この状況は。
「え、えい……んっ!?」
自分が口づけされていると理解できたのも束の間、ぐぐぐっと唇を抉じ開けるようにしてエイヴァの舌がアルフィーの前歯を押す。
アルフィーは嫌々と顔を横に振ろうとしたが、頬を両手で固定されて思うように動くことができない。
「んむっ、え、えいゔぁさ」
何とか行為を止めさせようとアルフィーが口を開けてしまった隙を狙ってか、ぬるりと舌が捩じ込まれる。アルフィーは逃げ場のない湿った空間で舌を引っ込めようとしたが、あっという間に絡め取られてしまった。
左頬に舌を寄せてもついてきて、右頬に舌を寄せてもまた追われて。アルフィーは息苦しさに涙目になりながらも、妙な攻防戦を繰り返す。無論、先に音を上げたのはアルフィーだった。
「や、やめ、エイヴァ……!」
アルフィーは残された力でエイヴァの肩を押し返し、上体を起こす。が、エイヴァは負けじと唇をくっつけたままだ。何という忍耐力だろう。息がここまで続くことも凄いが、もう口周りがお互いの唾液でべちょべちょだ。
「わ、わかっ、わかったから……」
「思い出したのですか?」
「え?」
唇をわずかに離して問いかけられた言葉に、アルフィーは眉を顰める。ただでさえ細かったエイヴァの瞳が徐々に吊り上がり、今度は上衣を勢いよく剥がし取られた。
アルフィーは大の男の声とは思えない甲高い悲鳴を漏らす。
「な、なになになに、怒っているの!?」
「ええ、とても怒っています。アルフィー様が酒のせいにして何も覚えていないと仰るから。別れようなどと愚かなことを口にするから。かつてないほどの怒りを覚えています」
「ご、ごめんなさ」
「そんな顔で謝っても許しません」
バシッと割りと遠慮のない力で頬を叩かれる。
突然平手打ちを喰らったことに驚きながらも、条件反射で再び謝ろうとしたアルフィーだったが、また唇を塞がれた。しかし、今度は乱暴に咥内をかき乱すような口づけではなく、そっと触れ合わせるだけのもの。アルフィーの上体は強張り、背中は粟立っていく。
「あ、あの、エイヴァさ」
「動かないでください。あと喋らないで」
つつつ、と頬から首筋へ、爪の感覚が落ちていく。
このまま鋭い爪で心臓を抉られて殺されるか、それとも喰われて死ぬか。甘噛みされている下唇をこのまま食い千切られるような気がしてならない。
「エイヴァ……あっ」
エイヴァの濡れた唇が顎下へと滑り、ちらりと覗かせた赤い舌が厭らしく喉仏を這っていく。
恐怖さえ覚えるのに、今まで見たことのない彼女の淫靡な姿がアルフィーの下半身に熱の蟠りを残ってしまう。初夜の日はエイヴァの裸を目の当たりにしてもこんな感覚に陥ることはなかったのに。このままエイヴァに翻弄されていいのだろうか。
記憶にある限りは、これがアルフィーにとって初めての経験となるかもしれないのだ。
「んっ、まっ、待って、エイヴァ」
「……んむっ、何ですか」
いつの間にかアルフィーの胸の先端を口に含んでいたエイヴァ。
どこを触っているんだとアルフィーは突っ込みたくなったが、絶妙な動きで舌で弄ばれ、また変な声が漏れてしまった。
「エイヴァ、ちょっ、やめ、ひとまず舐めない、あっ」
「いやでふ」
乳首を舐められてよがる夫を見て、なぜか愉しげに微笑む妻。一体どうなったらこんなことをしようと思うのかは分からないが、紛れもなく非があるのはアルフィーだ。力尽くでエイヴァを止める権利は一切ない。決して舐められて気持ちいいから止めてほしくないということではない。断じてない。
「あ、あの、やっぱりこんな形で夫婦の大事なことを致すのはどうかと、あっ、思うんだ」
「……ふぅん?」
エイヴァは上目遣いでアルフィーを見つめながら、舌の先端でちろちろと蕾を舐めては弾く。男のそんなところを舐めて何が楽しいのだろう。エイヴァは行為を止める気配はない。
「エイヴァ、やめて、お願い」
「んん、んむっ、やです」
「やめなさい! 汚いから……あ゛っ」
ガリッ、と先端を噛まれ、アルフィーは潰された蛙のような呻き声を出す。夫の乳首を堪能したことで一度は柔らかい表情を見せたはずのエイヴァは再び人間ブリザードに戻り、真顔でアルフィーの息子を手で扱き始めた。
「ど、どどどどどどこを触って、あっ(裏声)、こらっ、やめ」
「旦那様だって昨日たくさん触ったではありませんか。あんなところやこんなところまで」
「な、何の話……あ、そこだめっ」
不意の快楽に襲われながらも、アルフィーは息絶え絶えな状態で問い掛ける。
エイヴァは器用にもアルフィーのアルフィーを愛撫したまま、空いた手を自分の首元に伸ばし。首元で結ばれた紐をゆっくりと引き抜いた。
「………………え?」
徐々に露になっていくエイヴァの上体。
肌は一度も光を浴びたことのないように思えるほど白く美しい。豊かとは言えないが二つの乳房も綺麗な形で、腰回りの括れは女性美を醸し出している。
ある一点が目に入らなければ、きっとアルフィーは釘付けになっていただろう。
そう。首元にある蝶形の痣に気が付いていなければ。
「え……えっ、えっ」
エイヴァは呆然とするアルフィーの肩を押し、意図も簡単に押し倒す。
混乱状態に陥ったアルフィーは今朝の記憶と今の光景が絡みに絡み、更に訳が分からなくなっていた。今朝一緒に寝ていた黒髪の女の首筋に幾つかの痣があり、なぜかエイヴァの首筋にも同じ場所に痣がある。
つまりのつまり、これは一体。
「あ、あ、あの、エイヴァ」
「誰かも分かっていない上で情事に溺れるだなんて、これは不義を働くことと相違ないです」
エイヴァは黄金に艶めく髪を耳に掛け、強制的に寝かされたアルフィーに顔を近づける。自然とエイヴァの柔らかな二つの膨らみが自分の胸板にぴったりと重なり、汗と体温ととてつもなく柔らかな感触に包まれる。
普通の男がこの状況に陥ればここで理性は飛散していったに違いない。心境的にはアルフィーも崖っぷちまで追い込まれている。
エイヴァは徐に顔の距離を狭めると、無防備なアルフィーの唇を親指でなぞり、行為を働いているとは思えない殺風景な顔のまま色素の薄い唇をゆっくりと開いた。
「──その手で自らしたこと、思い出すまで決して許しません。旦那様、覚悟はよろしいでしょうか」
12
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる