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しおりを挟む翌朝起きると、スコールは既にベッドから姿を消していた。
徐にシーツに手を泳がせれば、じんわりと彼の温もりが残っていて。エルヴィールは直ぐに身嗜みを整えて、寝室から屋敷の玄関口へと向かった。
「何だ。もう起きたのか」
侍女達の待機する扉の前には、取り澄ました表情を浮かべているスコールの姿が。
一瞬、昨夜の出来事が嘘だったかのように思えてしまった──が、スコールが背を向けたのと同時にちょんっ、と跳ねている後ろ髪がエルヴィールの目に飛び込んだ。
「あっ、旦那様、寝癖……」
エルヴィールの声を遮るように、スコールは扉を閉めて屋敷の外へ。
仕方なく部屋へ戻ろうとしたものの、付き添いの侍女に駆け寄られ、こそっと耳打ちされた。
「旦那様、どうかされたのでしょうか?」
「え?」
「今朝はやけに上機嫌だったというか、鼻唄をずっと歌っていたもので。一ヶ月前もそんなことがあったような気がするのですが……」
上機嫌。寧ろ昨夜は子犬のように震えていたけれど。雷が鳴る度に寝言にしては大きい悲鳴を上げて、瞼を閉じたま抱き付いてきて。宥めるように背中を擦ってやったら、すやすやと穏やかな寝息を立ててやっと眠ってくれた。
お陰様で微妙に寝不足なのである。とは言っても夫の珍しい姿を見れたものだから、ちょっとだけ得したような気分。あのスコールは妻である自分だけが知る姿なのだから。
「ふふっ、きっと気のせいよ」
エルヴィールは侍女ににっこりと微笑み、軽い足取りで二階へと戻る。
セックスはしなくてもいいから、今日も一緒に寝てくれないかな──そんなことを考えながら、愛しく感じ始めた夫の帰りを待つことにした。
スコールのその日の帰りは深夜を回った。外で雨が降り頻る中、エルヴィールが真っ暗な寝室でうとうとと眠りかけていた時、扉が開く音が聞こえたのだ。
「……エルヴィール。寝たのか」
遠くから聞こえたのは夫の声。エルヴィールは返事をしようとしたものの、どうせ直ぐに執務室へ向かうだろうと何となく寝た振りをすることにした。
しかし、気配は遠ざかるどころか、足音が近付いているような気がする。エルヴィールは寝返りに見せかけて夫の姿を確認しようとした瞬間、スコールの冷たい手がぺちっとエルヴィールの顔面に当たった。
(ひっ!?)
突然の感触にエルヴィールは思わず声を出しそうになる。一方のスコールは「何だ顔か」と小さく呟いていた。どうやら暗闇でどこを触ったか理解していなかったらしい。
不意打ちの攻撃でバクバクと心臓が鳴り響く中、寝台が大きく軋む音を立てる。何となくだが、いや、これは絶対にスコールが隣で横になっている。目を閉じていても分かってしまう。
(し、しないのに一緒に寝るのかしら)
エルヴィールはもう一度夫の姿を見ようと薄目を開けようとした。しかし──
「っ!」
ふにゃり、と唇が柔らかな感触に潰され、エルヴィールの身体が揺れる。
どこからどう見ても、目の前にあるのは睫毛を伏せたスコールの顔。自分の唇に触れているのは、スコールの薄く柔らかな唇。昨夜彼に口づけをした時と同じ感触だ。
つまり今、自分は夫に──
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