16 / 20
16話
しおりを挟むソフィアを屋敷から追放して、一ヶ月の時が流れた。
セバスチャン伝いの情報で聞いた話だけど、ソフィアは新しい仕事場で毎日泣きながらフィンの名前を呼んでいるらしい。
まぁ、名前を幾ら呼んだところで、あの汚い身体を抱くのは、女に飢えた別の男達な訳で。彼女は地下の奥深くで、金で身体を買われて毎日色々な男に抱かれているはず。
精々、好きでもない人間に身体を貪られる恐怖を死ぬまで味わうといいわ。それが私の夫を奪おうとした女に送る最高の結末よ。
「──奥様。何やらご機嫌ですね」
私の後ろに佇んでいたセバスチャンが、控え目に顔を覗き込みながら穏やかな声で尋ねる。一方の私は、監視カメラによる屋敷の映像を眺めていて。ソフィアが消えてからの幸せで平穏な日々を噛み締めるように、ゆっくりと深呼吸をした。
「ふふっ。害虫退治が無事に出来たからね。あのストーカー女がいなくなってからは、屋敷も平和だし」
セバスチャンが淹れてくれた珈琲を啜りながら、モニター画面を見つめる。
もしかしたら使用人の中に、フィンにこっそり想いを抱いている女が他にいるかもしれないけど、ソフィアの件で良い見せしめになったもの。それでもフィンを狙うような愚か者が出れば、同じように制裁すればいい。それが妻としての私の役目よ。
「……夫を守るのも大変な仕事ね」
ふぅ、と深い息を吐き出し、モニター画面から目の前の机へと視線を落とす。そこに並べられたのは、寝室に取り付けられていた二つの監視カメラ。
一つは本棚に置いてあったもの。これはソフィアが私達を監視しようと取り付けたもので間違いないはず。そして不可解なのが、私が以前から設置していたものとはまた更に別に、もう一つ取り付けてあったということ。此方の監視カメラは、部屋の隅に隠すようにして置いてあった。
セバスチャンの言っていた通り、あの女が本棚の監視カメラは万が一見つかってもいいように囮として取り付けて、もう一つを別に設置していたということ?
「……まぁいいわ。考えても分かる訳でもないし」
監視カメラから手を離し、椅子に腰を掛けたまま大きく背伸びをする。
そうだ。そろそろあれを飲まなくちゃ。
「セバスチャン。悪いけどお水を持ってきてくれるかしら?」
「おや。部屋の空気が乾燥してましたかな」
モニター室の空調をリモコンで整えようとするセバスチャン。
そうだ。このことは誰にも言っていないんだった。セバスチャンにも、夫のフィンにも。
「……いえ、そうじゃなくてね。薬を飲むから」
「薬?」
「ええ。まぁ……不妊治療の為に処方して貰った薬?」
さらっと告げた言葉に、セバスチャンは大きく目を見開く。
それはそうよね。驚くに決まっている。だって、誰にも相談してこなかったもの。こんなこといきなり言われたら、戸惑うに決まっている。
「……何故、いつの間にそんなものを?」
恐る恐る尋ねるセバスチャンに、音を立てないように珈琲カップを皿に置き、ゆっくりと唇を開いた。
「……毎日のようにね、フィンと愛し合っても子供が出来ないのは私に原因があるんじゃないかって、半年前から病院に通っているの。まだ焦る時期じゃないとは思うんだけど、不安で堪らなくて。今はこうして治療を受けているのよ」
「それは、旦那様には」
「言ってないわ。本当は先生にも一緒に受診するように言われているんだけど、余計な心配掛けたくないの。だからフィンには言わないで、セバスチャン。お願い」
「奥様……」
セバスチャンは言葉を続けようと、一瞬口を開きかけたものの──咳払いをしてそれを制した。
「……直ぐに水を持って参ります」
「うん、ありがとう。セバスチャン」
セバスチャンはどこか寂しそうな表情を浮かべながらも、いつものように深々と頭を下げ、モニター室を後にした。
「……ふぅ」
機械音だけが響き渡るモニター室で一人、深い溜め息を吐き出す。
ソフィアが私のことを『妊娠できない女』『石女』と言った時、心臓が飛び跳ねた。だって、図星だったから。本当のことだったから。あの時は頑張って平静を装っていたけど、ソフィアの言葉で酷く心が傷つけられた。
フィンはソフィアに『子供を生ませる為にシャーリーとセックスをしているんじゃない』と言っていたけれど、心の奥底に潜む本音はどうなんだろう。本当は赤ちゃんが欲しいのかな。
「フィン……」
小さな声で愛する夫の名を呼んだその時、扉が鉄の軋むような音を響かせ、身体が跳ね上がった。
ノックもせずに扉を開けるなんて、駄目じゃない──完全に頭の中でセバスチャンが戻ってきたのだと思い込み、文句を言おうと扉に顔を向けた。
「もう、セバスチャ…………えっ」
言葉を失った。
背筋を冷たい汗が伝い、心臓は大きく波打った。
だって、扉の前にいたのがフィンだったから。
モニター室の存在なんて私とセバスチャンしか知らないのに。驚いた表情もせずに、当たり前のようにそこに立っていたから。
「フィン……何でここに」
フィンはいつものように笑顔を見せない。
穏やかな眼差しを向けない。
普段の心優しい夫はそこにはいないように感じられた。
「……シャーリー」
無表情で私をじっと見つめながら、後ろ手で扉を閉めて。誰も入ってこれないように鍵をガチャリと掛けた。
26
あなたにおすすめの小説
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる