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第3章 二人の選択
8話
しおりを挟むテオはアメリアのところへ行ってしまった。そう思い込んだクリスタは、彼を追いかけることもできず、そのまま深い眠りの世界へ落ちていった。
そして迎えてしまった朝。『お客様がお見えになっています』と侍女に起こされ、クリスタは重い足取りで玄関口へと足を運んだ。
「──おお! 私の可愛いクリスタ!」
蔦模様の彫刻が施された玄関扉の前。両腕を広げて待っていたのは、朗らかに笑うクリスタの父親だった。クリスタの父親は最愛の娘を見るなりすぐに両腕を広げ、戸惑うクリスタをぎゅっと抱き締める。
どうして父親がここにいるのか。クリスタは睡魔でわずかに淀んだ脳内の記憶を遡り、はっと目を見開く。
昨夜、夢の中でテオが『明日、父親ともう一人の人間が屋敷に迎えに来る』と言っていた。あれは予知夢だったということだろうか。それとも、アメリアと元の関係に戻るために、予め父親に離婚の旨を伝えておいたのかもしれない。なにもできないクリスタが、一人慌てないようにと。
「……あの、おとうさ」
「あぁ、なにも言うな。クリスタ、分かっている。辛かったな、よしよし。大丈夫だ、今度はお前に相応しい男を何人か見繕ってきた」
「え?」
「あぁ、ちなみにまさかとは思うが、テオの子を妊娠したりはしてないよな? さすがに他所の男の子がいるとなると面倒になるからな」
「な……なに……?」
父親の言葉に、クリスタは眉を顰める。
顔を上げると、父親はいつも通り瞳を細めて笑っていた。そう、普段と変わらない笑顔であるはずなのに。なぜかとても恐ろしく感じられた。
「お父様、あの」
「さぁ、おいで。一人目は私達の家と繋がりのある大きな商家のご子息でね。もちろん彼が嫌だったら、他にも候補はたくさんいるぞ。クリスタが納得のいくまで考えるといい」
「あっ、まっ、待って」
有無を言わさないほどの大きな力で腕を引かれ、クリスタは屋敷から外へと連れ出される。砂利の敷かれた前庭を抜け、大きく聳え立つ鉄の門扉の先には馬車が待機していた。
──そして、そのすぐ側には。身体の輪郭がくっきりと際立つような派手なドレスを身に纏うアメリアの姿があった。
どうして彼女がここにいるのか。尋ねる暇もなく、クリスタの父親は上機嫌に笑いながらアメリアに駆け寄る。
「昨日の夜会と言い、何度も付き合わせて悪いな、アメリア。君のおかげで各業界とも顔が利くようになったよ」
「いえ、テオの頼みですから。お気になさらず」
アメリアは素っ気なく一言だけ告げ、長い髪を靡かせるようにはらう。パールが鏤められたロングドレスから大胆に覗かせた長い脚に、クリスタの父親はわずかに顔を引き攣らせていた。
「ははは……。クリスタの前でそのような格好をされるのは気が引けるが、まぁいいだろう。一人目は君の知り合いだったな。案内してくれるか」
「ええ。でもまずはその前に……」
美しくも獰猛な色を放つ瞳が、ゆっくりとクリスタへと向けられる。
今の状況に理解が追い付いていなかったクリスタは、怯えきった表情でアメリアを見つめ返した。
子兎のように震えるクリスタを前に、アメリアは真っ赤な口紅が塗られた唇を綻ばせ、親指を馬車の中へと向けた。
「──まずは、そこのテイラー家の可愛いお嬢様と二人だけでお話をさせて貰ってもいいかしら」
❈ ❈ ❈ ❈ ❈ ❈ ❈❈❈❈❈❈❈
静寂に包まれた馬車の中。革張りの長椅子に腰を掛けていたクリスタは、隣に座るアメリアからなるべく距離を取ろうと窓際に身を寄せていた。
二人きりで話す理由なんて、クリスタにはないのに。いきなり、どういうつもりなのだろう。
(どうしてアメリアはここにいるの? 二人は一緒になるのではなかったの? テオは用事があると言っていたけれど、今はどこに……?)
ぐるぐると疑問ばかりが頭の中を回る中、腕を組んでいたアメリアが深々と溜め息を吐き出した。
「……話したいのはテオのことなんだけど」
ビクッ、と大きくクリスタの身体が震える。
大袈裟な反応を見せるクリスタに、またアメリアは深い息を吐き出して。頬杖をつきながら外の景色を眺めた。
「実はね、あなたがテオと期限付きの結婚する前から頼まれていたの。自分が戦地に行ったら、クリスタを幸せにしてくれる男を探してやってくれって」
「……え?」
俯いていたクリスタの視線がアメリアへと向く。
胸は嫌な動悸に襲われ、背中は冷たい汗が噴き出す。アメリアが口にした言葉が聞き間違いなのではないかと、クリスタは彼女のドレスの裾を震える手で掴んだ。
「せ、戦地? なんの話? わたし、なにも、知らない……」
「あぁ、テオには黙っておけって言われたんだっけ。すっかり忘れてたわ。はぁ、うっかり」
明らかに口が滑ったとは思えない口調で、アメリアは空笑いを漏らす。
一方のクリスタは頭が真っ白になっていた。期限付きの結婚、自分の再婚相手、テオが自分の元を去った本当の理由。多くの情報が一気に流れ込み、呼吸が酷く乱れ始める。
もしかして、昨夜テオと過ごした記憶は幻ではなく現実だったということだろうか。だとしたら、自分はテオに冷たく当たってしまった。戦地に行く前に一緒にいたいと口にしたテオの願いを拒んでしまった。
「う……うぅっ、どうしよ……う」
ぼろぼろと大粒の涙を円らな瞳からこぼし始めるクリスタ。
幼子のように声に出して泣く彼女を、アメリアは無表情で睨んでいた──が、とうとう痺れを切らしたのか、強引に腕を引っ張り上げた。
「泣いたってどうにもならないわ! 子供じゃないんだからいい加減学びなさい!」
「っ!」
鋭い剣幕で怒鳴られ、クリスタは下唇をきゅっと噛み締める。アリシアは興奮を宥めるように大きく息を吐くと、真剣な眼差しをクリスタに向けた。
「──クリスタ。あなたに残された選択肢は二つだけよ。父親の政治道具として利用されたまま、どこぞの誰とも知らない男の妻となるか。それともテオを追い掛けるか。今ここで選びなさい」
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