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5話
しおりを挟む──師匠に出会ったのは、二年前。
確か私はあの時、まだ十六にも満たなくて。故郷を燃やされて、住む家も家族も失ってしまい、路頭に迷っていた。
孤独と成り果てた私は、流されるように見知らぬ道をさ迷い、偶然見つけた無人の村へと足を踏み入れた。そこで食べ物を漁っていたところを、出会してしまったのが師匠率いる騎士団。彼等を故郷を奪った敵と勘違いした私は、先頭に立っていた男──そう、騎士団長の師匠に飛び掛かった。まぁ、一瞬にして攻撃は躱されたけど。
襲い掛かった勢いでスッ転んだ私を、師匠は冷たい視線で見下ろしていた。眼力だけで人を殺せそうなくらい恐ろしい形相で。今思えば、あれは元々そういう顔だったんだと納得がいく。
師匠は無言で私の前にしゃがみ込むと、手を私の顔に近付けた。首を絞められるか、殴られるか、目潰しされるか、何れにしても殺されると思った、顔が怖すぎて。けど違った。師匠は私の頭を撫でて。「大変だったな」って言いながら優しい眼差しを向けて。
私はあの時にはもう──
「はわわ……っ」
師匠と夜を共にした宿屋の一室。スヤスヤと小さな寝息を立ててあどけない表情で眠る師匠を、息を殺してじっと見つめる。
ヤバイ。師匠、可愛い。寝顔が可愛すぎる。昨日、エッチなことしていた時はあんなに男らしい顔してたのに。これはノアが言っていたギャップ萌え……?
「んっ……」
師匠は小さな声を漏らして、瞼を閉じたまま私の腰をグッと引き寄せる。元々近かった顔が、唇が触れてしまいそうな程近くに。
「っ……」
……一昨日の夜も、昨日も、沢山したのに。またキスしたくなっちゃった。してもいいよね? 寝ているんだし、バレないよね?
「し、しょ……んっ」
僅かに開いた師匠の唇に自分の唇を軽く押し当てる。柔らかな感触が唇を覆い、身体が小さく震える。直ぐに離そうと思っていたのに、心地よくて、唇を離すことが出来ない。もうこのまま、永遠に──
「ししょ……んむっ!?」
突然後頭部を何かに掴まれ、優しく触れていただけの唇が強く押し付けられた。薄目を開けると、既に目を覚ましている師匠の顔が──
「あ、ふっ、んんっ」
師匠は私の腰を更に抱き寄せ、逃さないと言わんばかりに唇を密着させる。唇の隙間から侵入した師匠の舌が、熱い。熱くて、気持ち良くて、蕩けてしまいそう。
「……ナーシャ」
唇をゆっくりと離され、切れ長の瞳に見つめられる。あうっ、かっこいい……。
「間抜け面になっているぞ」
「んえ?」
師匠は僅かに口元を綻ばすと、私の額に唇をそっと落とした。ダメ、また顔がふにゃふにゃとニヤけていく……!
緩みそうになる頬の筋肉を手で隠すように覆っていると、師匠は床に投げ捨ててあった服に手を伸ばした。そのまま背を向けて着替え出した師匠を、後ろからそっと覗き込む。
「師匠、お外行くんですか?」
「見廻りだ。暫くの拠点は此の町だからな、今夜にはまた戻る」
師匠は視線を私に向けると、頭に優しく手を置いた。
「ナーシャ、お前は今日は休め」
「え、でも、私も」
「無理をするな。碌に寝ていないだろう」
それは師匠だって同じ──と突っ込もうとしたところで、一昨日の夜から今朝にまで及んだ師匠との行為が鮮明に甦り、顔が熱さに見舞われた。
そんな私には気付くことなく、師匠はコートを羽織り、部屋の扉へと向かう。慌てて師匠を追いかけようとしたものの、自分が素っ裸であることに気付き、毛布で身体を覆った。
「待って! 師匠!」
裸足でペタペタと床を踏み、師匠の服裾を引っ張る。
「師匠……んっ」
目蓋を閉じ、突き出すようにして顔を近付けた。所謂、キス待ち状態。しかし、待てと待てども唇には何の感触も得られず。恐る恐る瞼を開けると、呆れたような表情を浮かべる師匠の顔が目に入った。
「何をしているんだ、お前は」
「行ってらっしゃいのちゅーのおねだりです」
「さっきしただろ」
「それはおはようのちゅーです!」
「同じだろうが」
「違います!」
冷ややかな視線を向ける師匠に、不貞腐れるように頬を膨らます。師匠はそんな私の両頬を指で摘まみ、顔を僅かに近付けた。
「ナーシャ。耳が垂れ下がっているぞ」
「だ、だって、それは師匠が……あっ」
師匠の顔が近付いてくる。瞼が閉じられた、綺麗な師匠の顔。師匠につられるように、私も自然と視界を狭めていく。鼻先が触れ合い、唇に吐息が掛かる。心臓が鼓動を打つのを全身で感じながら、師匠からの口付けを待ったその時だった。
「おーい、リーク。いい加減外に……って、え?」
扉が開く音と共に、突然耳に流れた声。目をパッチリと開け、視線を扉の前へ向けると──同じ騎士団に属するパウロ副団長の姿があった。
「お、お前ら何やって……」
目を見開いて呆然とするパウロ副団長を前に、銅像のように身体が硬直する。そして暫くして状況を脳がやっと理解した刹那、あろうことか身体を覆っていた毛布がハラリと床に落ちた。
「きゃぁぁぁ!」
断末魔のような悲鳴を上げ、身体を隠すようにその場にしゃがみ込む。
見られた!
見られた、見られた、見られた!
師匠以外の男の人に裸を見られた!
「パウロ! 何故ノックをせずに開ける!」
「いや、したけど……」
「取り敢えず後ろを向け! ナーシャを見るな!」
「ええっ。何だそれ、俺が悪いみた……」
副団長の言葉を待たずに、師匠は部屋の扉を勢い良く閉める。扉越しに何かがぶつかったような音と、副団長の唸り声が響き渡った。
「ナーシャ」
裸で縮こまりながら震えていると、師匠は目線を合わせるように屈んで私の顔を覗き込んだ。頭を優しく撫でられ、安堵からか一粒の涙が溢れる。
「ししょ……私、おっぱ……裸見られちゃいました。もうお嫁に行けないです」
「大丈夫だ。嫁には俺が貰ってやる」
「ふぇっ」
情けない声を漏らしたのと同時に、優しく重ねられる唇。ちゅ、と音を立てて離され、硝子のように透き通った碧色の瞳で見つめられて。堪らず師匠に抱き付こうとしたものの、既の所で師匠が立ち上がり、勢い余り床に膝を付いた。
「それじゃ、行ってくる。ちゃんと寝てろよ」
「あっ、師匠、待っ」
手を伸ばすも、師匠は颯と扉の外へと出ていってしまった。行き場のなくなった手をゆっくりと下ろし、後方を見渡す。
部屋の空気は僅かに熱気が籠り、ベッドのシーツは酷くよれている。私、師匠とこの部屋でずっと身体を重ねて──
「──っ!」
再び羞恥に見舞われ、全身が火照る。毛布で再度自分の身体を包み込み、そのままベッドの上へと飛び込んだ。
師匠の匂いが鼻腔に広がり、幸せな気持ちに包まれる。
嫁に貰ってやるって、あれ本当かな? それとも冗談なのかな。冗談だとしても嬉しいなぁ。
「へへっ……」
口元を緩ませながら、毛布にくるまりベッドを転がる。今日は一日、師匠の匂いを堪能しようっと。寝てやるもんか。うへへ。
「し、しょ……んっ……」
柔らかな毛布と師匠の匂いの心地好さに、瞼が次第に重くなっていく。
身体が相当疲れていたのだろうか。その数分後には、眠りに就いていた。
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