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6話
しおりを挟む「──はっ!」
突如として視界に飛び込んだ真っ白な天井。思考が一時停止したまま顔を横へ向けると、窓から射し込む茜色の夕陽が見えた。
……あれ? 私、もしかして寝てた?
「んんっ……」
上体をゆっくりと起こし、ゆっくりと伸びをする。身体の節々がかなり痛い。頭も霞がかかったみたいにぼんやりとしている。どう考えても、寝過ぎだ。
「師匠。もう帰ってくるかな……」
欠伸によって生理的に滲んだ涙を指で拭い、ソファーに投げてあった服を手に取る。半分寝惚けた頭でシャツのボタンを掛けていたその時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「……師匠?」
急いでズボンを履き、シャツのボタンを七割程度しか掛けていない状態で扉へと向かう。
「師匠!」
満面の笑みで扉を開いた──が、目の前にいるのは師匠では無く。同じ騎士団の服を着た、見知らぬ金髪の青年だった。
「……誰?」
今、まさに自分が聞こうとした言葉が、青年の口から漏れる。青年の細められた瞳は、明らかに私の耳に向けられていて。人間のものではない耳と尻尾を物珍しい目で見られることは今までにも幾度となくあったけれど、正直言って良い気分がした試しは無い。
「な、何か用ですか……?」
「……」
顔を顰めて尋ねると、青年の瞳が耳から徐々に下ろされ──はだけた胸元に止まった。下衆を見るような冷たい視線を向けられ、慌ててボタンを掛け直す。
「へぇ。勝手に此の騎士団は女人禁制だと思ってたけど、そんなこと無いんだ? 随分と乱れてるね」
「っ!」
嘲笑うように話す青年に、カッと顔が熱くなる。
どうしよう。もし昨日のことがバレたら、師匠にまで迷惑が……!
「おーい! 何してんだ、新入り! お前の部屋はそこじゃねぇぞ!」
突然、廊下の奥から聞こえてきた慌ただしい声。顔を上げると、息を切らしながら走り寄ってくるビレンの姿が見えた。
「そこは団長の部屋だから! 勝手に入る……あれ?」
青年の肩を掴んだのと同時に、ビレンの視線が扉の側に縮こまっていた私に向けられる。ビレンは口を半開きにして暫く私を見つめた後、何かに納得したように大きく頷いた。
ちょっと。何なの、その笑顔は。まさか余計なことを──
「ナーシャ! 今日見かけねーなーと思ってたらマジでリーク団長の、ぐふっ!?」
目にも止まらぬ速さで、ビレンの脇腹に拳を入れる。
危ない。一昨日持ち掛けられた話を全て暴露されるところだった……!
ビレンがお腹を両手で抱え込むように踞る一方、金髪の青年は眉を顰めて私を見下ろしてきて。鋭い視線に身体を小さく震わしたのも束の間、腕を掴まれて身体を引き寄せられた。
「ちょ、離し……!」
「此の部屋、リーク騎士団長の部屋なんだ? だったら何でお前が出てくんの? 愛人? それとも娼婦か何か?」
「し……」
娼婦って……!
仮にも初対面なのに、何なのこの生意気な男は……!
「わ、私はししょ……リーク騎士団長の弟子です! 新入りだか何だか知らないですけど、貴方と同じ騎士です!」
「……騎士? お前が?」
青年は小馬鹿にしたように笑い、更に詰め寄る。顔を上げれば、目と鼻の直ぐ先に青年の顔があって。そのまま逸らしたい衝動に駆られたものの、グッと堪えて至近距離で青年を睨み上げた。
「そうですよ! 文句ありますか!」
「あるわ。ありまくりだわ。騎士学校を首席で卒業した俺が、何でこんな女がいる騎士団に入らなきゃいけないんだよ」
「っ! ど、どうせししょ……リーク騎士団長の足元にも及ばない癖に、生意気言ってんじゃないですよ!」
「何だと? 意味わかんねー耳生やしやがって」
引っこ抜く勢いで耳を掴まれ、口から小さな悲鳴が漏れる。険悪な雰囲気を察知したビレンが、慌てて私達の間に入り込んだ。
「だー! 喧嘩してんじゃねえよ! 取り敢えず、えーっと名前なんだっけ。そうだ、ルイス! お前の部屋は突き当たりだから! 早く荷物置いてこい!」
「……ふん」
ルイスと呼ばれた青年は鼻で嗤うように息を漏らすと、足早に廊下の奥へと向かった。何事も無かったかのようにその後に続こうとするビレンを、腕を引き寄せて止める。
「ビレン! あいつ誰!?」
「え? ああ、今日から入った新入りだよ。お偉いさんの家の息子だから、仲良くしろよ」
「うっ……」
あの男と仲良くする? 絶対に無理でしょ! 生意気だし、人を馬鹿にしたような目で見てきたし。でもここで荒波を立ててしまったら、確実に師匠に迷惑が掛かる。師匠にだけは絶対に迷惑掛けたくない。あれ。そう言えば、師匠はもうそろそろ戻って──
「そう言えばお前、マジでリーク騎士団長とヤったのか?」
「な、ヤっ……げほっ、ごほっ!」
不意打ちの問い掛けに痰が喉に引っ掛かり、盛大に咳き込む。まともに息が出来なくなる程に噎せている私を見下ろしながら、ビレンは口の端を大きく上げた。
「まぁ師匠の部屋にいるってことは、そういうことなんだろうな。おめでとう。今夜は同期で盛大にお祝いだな?」
「や、やめて! 師匠に迷惑が……」
「じょーだんだよ。バーカ」
ビレンは私の髪を大きく撫で回すと、肩を抱き寄せた。
前から思ってはいたけれど、ビレンは人との距離感が近過ぎる気がする。私が気にしすぎなだけかな? まぁだからと言って今更どうという訳じゃないけど……。
「あっ、団長だ」
「えっ」
ビレンの口から溢れた言葉に、耳と尻尾がピンと垂直に立つ。自然と弾む胸に口元を綻ばせながら、後ろを振り返り──刹那、小さな悲鳴を漏らしてしまった。
視線の先に佇んでいたのは、紛れもなく師匠。私が誰よりも大好きな人。変わらぬ姿、変わらぬ匂い、ただ一つ違ったのは、いつにも増して目付きが鋭く、恐ろしい表情を浮かべていたということ。
間違いない。背中から放たれるあの禍々しいオーラは、不機嫌な時の……!
師匠は何一つ言葉を口にせず、大股で此方に歩み寄る。そして有無を言わさない剣幕で、ビレンから引き剥がすように私の腕を掴み上げた。
「ししょ……」
「来い。ナーシャ」
普段より更に低い声で名前を呼ばれ、身体が震え上がる。師匠は身体が硬直状態と化した私の腕を引っ張ると、そのまま目の前の部屋の中へと足を踏み入れた。後ろを振り返るも、ビレンは親指を立てて「頑張れ!」と小声でエールを送るだけ。
「ちょっと、ビレン、あっ」
助けを求めようとした声は、無慈悲にも部屋の扉が閉まる音によって遮られた。
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