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05-フィロは復活する
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緑の一月の七日、フィロとボタリクは国境を越え、ニウネンジュ国に入国した。二人が再会して十日目の事だった。
国境検問所での入国審査はボタリクのダヴァガ王国での職業とその証明書の確認、入国の目的を訊かれただけだった。
「嬢ちゃん、早く両親と会えるといいな」
そう声を掛けられたフィロは、笑顔で「はい。ありがとうございます」とお辞儀をした。この数日で有り得ない程に肉付きが良くなり、頬に寄る皺が減っていた。
黒く染まっている髪を一つに纏め、露になっている耳には買ってもらった耳飾りが輝いている。髪を纏めている紐は装飾品と一緒に買ってくれていた物で、黄色と橙と黒の三種類の紐で編まれていて、フィロは一目で気に入った。
黒髪は道中に寄った小さな村の雑貨屋に魔導具の指輪が置いてあり、その中に髪を黒くする物もあって、そのお陰で黒くなっている。これもまた黄水晶が嵌め込まれていて、ボタリクは迷わず購入した。フィロの細い中指でも緩い程だったが、縮んで丁度良い大きさになった。これなら両親と対面する時、外せば髪色も元に戻り、フィロだと認識がし易くなるだろう。
フィロは今まで手にした事のない装飾品を立て続けに手に入れ、嬉しいやら、戸惑うやらで気持ちが落ち着かなかった。
入国をしてから四町村目で大きな村となり、そのクドコノイ村で宿泊をする事にした。午後の二の半刻を過ぎていて、じきに太陽が沈むだろう。
馬を車借に返し、雑貨屋で地図を買って宿屋の場所を訊き、そちらへ向かった。道中に魔導具屋を見付け、一旦宿屋へ行って不要な荷物を置いて戻って来た。扉を開けると付いている鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
店内に入り、フィロは目新しい物が沢山置かれていて店内を見回していた。
「わぁ……、兄さん、見ているだけでも楽しいわね」
表情は明るく、声が弾んでいる。
「ゆっくり見るといいよ。俺は後ろを付いて行くから」
「あら、兄さんは別で見なくていいの? 何かいい物があるかも知れないわよ?」
「心配だから付いてるよ」
思わず声を出して笑った。
「あはは、兄さんは本当に心配性ね」
そう言うと端から見て行った。苦笑したボタリクは、フィロが立ち止まる度に伸びる手の先を見ていた。
「まぁ、可愛い」
手に取る度にそう呟く。ボタリクはそれを見て微笑んでいる。
「目の色を変える魔導具があればそれを買おう」
「あら、それまで変えてしまうの? このままで大丈夫よ。それよりも旅で有効に使える物があれば、それにしましょうよ」
「例えば?」
「うーん、そうねぇ……。このウサギさんとか。目が光って先を照らしてくれるのですって。暗い時刻に使えそう」
「それではこの籠へ入れて」
「え、買うの?」
「欲しいんだろ?」
フィロはウサギを暫く見詰めて、それからボタリクを見詰めた。
「駄目よ。勿体ないわ」
「これから父さん達を捜しに内陸へ向かう。時には暗くなっても村に辿り着けない事もあるだろ?」
「そうかしら? ……でもそれなら、もう少し大きい物がいいと思うわ」
「そうなると邪魔になりそう」
「あら、私が持つわ」
「それなら余計小さい方がいいんじゃないのか?」
「大きくても手の平の大きさよ? ほら」
「あのー……」
二人は声のする方に振り返ると、笑顔の店員がいた。
「小さい方は二刻、大きい方は六刻が灯りの持ち時刻です。お客さまが試しにつけたりしているので、それより短くなりますけどね」
フィロはボタリクを見る。
「兄さん、大きい方が六刻ですって」
「大きい方を買おう」
それを聞いてフィロの表情が和らいだ。そして、店員を見て微笑んだ。
「あの、それから瞳の色を変える魔導具はありますか?」
「ありますよ~! お嬢さんがご使用ですか?」
「そうです。何色に変えられますか?」
「指輪で変えるんですけど、こちらにあります」
そう言いながら先導した。二人は付いて行く。
「書いてある通り、目の色を赤、茶、黄、緑、青、紫の六色に変えられます。これは回数式なのでお試しは出来ません。五回まで変えられます。飾りの石は全て水晶です。大きさは自動で変わりますから、どの指でもはめられますよ」
「ありがとうございます。リタはどれがいい?」
フィロは玻璃張りの陳列棚を覗き込んだ。水晶が五枚の花弁を模っていた。小さな花を見て目を思わず細める。
「色を緑に変える物で、黄水晶をお願いします」
悩まずにそう言い、ボタリクが無言でフィロを見ていると、フィロが顔を向けて微笑んだ。
「ふふ、兄さんとお揃いよ」
嬉しそうに言う。
「ふ、分かった。すみませんが、それは置いといてもらえますか? 他も見て来ます」
店員を見ると、店員は笑顔で頷いた。
「分かりました。何か分からない事がありましたら、いつでもお声がけください」
「はい、ありがとうございます」
「見てまいります」
ボタリクに続いて、フィロもお辞儀をした。
夕食時、フィロの淡褐色の瞳が緑になっている。それを不思議な感覚で見ていた。
「兄さん、ぼんやりして……、どうかしたの? 食べないなら私が食べるわよ?」
「ああ、すまない。でも、食べると言うなら食べて欲しいんだけどな?」
「ふふ、言ってみただけよ」
二人は食事を再開した。
この宿屋にも個室に小さいが浴室があり、フィロは制限のある指輪は着けたまま入浴した。
寝台に寝転がり、腕枕をして天井を見ていたボタリクは黒髪に緑の瞳になっていたフィロを思い浮かべていた。
(本当に俺の妹になったようだ……)
ボタリクは庶子とは言え、産まれてすぐに父に引き取られて王都の本邸で生活をし、異母兄姉と一緒に育てられた。義母は異母姉に実家を継がせようとしていたが、侯爵家の嗣子に見初められて婚約をし、これ幸いとばかりに追い出される理由にされてしまった。
横領の容疑を掛けられた時、未だに実母と心を通わせている父は手を尽くそうとしていたそうだが、義母によっていとも簡単に断ち切られてしまった。義母の代筆ではあったがモノシ公爵家と異母兄姉、養家のノカオ伯爵家からの絶縁状が届き、ないに等しい家族関係が消え失せた時だった。
(母と一度も会った事はないが、弟がいると父に聞かされた事がある。母と暮らしている弟にも当然会った事はない。俺は家族の縁が薄いんだなと思っていたが、フィロ様との初対面の後に、妹と思って守り抜くとモカモワ隊長に言った事が今叶っている。いや、本当の妹のようだからそれ以上の事になっているが……、隊長の説教のお陰で今がある。感謝をしなくては……)
目を閉じて、感謝の念を抱いていた。
(いけない。気を抜くと以前の素が出てしまうな。もう貴族に戻らなくていいんだ。忘れよう……。フィロさ、……リタも幼少期から躾けられていて、きっと俺と同様なんだろうな。ふとした拍子に出ている時があるもんな)
その幼少期の頃からのフィロを思うと、表情が自然と険しくなっていた。
フィロの入浴後、いつものようにボタリクが軟膏を塗る。自己治癒で綺麗になっていて必要はなかったが、フィロもボタリクの体温を心地良く感じていて断らない。ボタリクは指輪を避け、まだ骨張っている甲を優しく撫でるように塗り込んだ。
(この小さな手は、どれ程の苦労をして来たのか。これからは苦労のないようにしないと。それも出来得る限りになるけど、許してくれるだろうか……。ご両親が早くに見付かればいいんだけどなぁ)
優しい手とは打って変わって険しい表情をしているボタリクを見詰めていたフィロは、何だかとても可笑しくなった。声を出して笑う事はなかったが、知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。
ボタリクはいつものようにフィロが就寝した後、剣の素振りをする為に宿屋の外へ出た。ボタリクの持っている剣は切れ味が悪く、殴打用として持っていた。入国審査の時に確認されたが、鈍という事で問題視されなかった。それでもダヴァガ王国で良く使用されている鎧なら容易に変形させる事が出来る。
その割と重い剣で千回素振りをすると部屋へ戻る。今夜の宿屋も浴槽は保温機能のある魔導具が付いていて、ありがたい事に長湯をしても冷めずに温かかった。
ここでは有料だが夕食時間までに洗濯物を出せば翌朝には戻してもらえると知り、村で寝間着を新調して持っていた衣類の殆どを頼んでいた。
翌朝、ボタリクが朝食前に衣類を取りに行き、フィロは洗濯し立ての衣裳に早速袖を通した。
「リタ、昨日も話したけど、ここからは全部の町村へ訪問する事になる。両親がワネソーイ村から追い出されてそろそろ五年になるから、通り掛かっただけでは記憶にないだろうからな。それで構わないか?」
「構わないわ」
「それじゃあ今日から内陸へ向かう。それと国境検問所へも必ず行こう。覚えている人がいるかも知れないからな」
「分かったわ」
「会えるかどうかも分からないから希望は捨てるなとしか言えないけど、諦めずに頑張ろうな」
「諦めないようにするけど、私が挫けそうになったら、兄さんに励ましてもらうわね」
「俺は元同僚から、逃がしたとしか聞いていないから、どこへ行ったかまでは知らないんだよ。一応ワネソーイ村へは行ったけど、手掛かりが全くなかったんだよな。父さんの名はジタノワで赤髪に水色の目、母さんの名はヒョトディンで萌黄色の髪に紅紫の目だからな?」
「お父さんよりお母さんの方が名前や色が珍しいから、お母さんを捜せばいいわね」
「そうなるな。でも、母さんより父さんの方が外に出る機会が多いだろうから、両方訊くようにしよう」
「はい」
「父さん達に事情があって俺達は養子に出されたという設定だからな?」
「分かってるわ。だから名字が違うと言うのよね?」
「そうだ」
「大丈夫。きちんと覚えいるわ」
フィロが頷くと、ボタリクも頷いた。
「それじゃあ朝食に行こうか」
「あー、良かった。まだ話に時が掛かるのかと思っちゃった。もうお腹と背中がくっ付きそうよ」
「ふ、それは誇張し過ぎだろ」
「食べても食べても食べたりないのよ。今まで食べられなかった所為かしらね。ふふふ」
嬉しそうに扉を開けて先に行く。こういう事を平然と言われると何も言えなくなるボタリクは慌てて扉を閉めて付いて行く。
ボタリクの皿に移す量が段々と減り、半人前を軽く食べられるようになったフィロの為に、この二日は果物を単品で注文していた。
「お肉はアゴが疲れちゃうから、こういうのがいいわね」
笑顔で頬張る姿を見て、心底から安心するボタリクは苦笑する。
「使わないと筋肉が付かないぞ?」
早々と咀嚼を終えたフィロは手で口を覆って「ふふふ」と笑った。
「噛むという事を余りして来なかったから慣れないのよ。でも、この数日は毎食アゴを使っているし、そのうち付くわ。……多分だけどね」
「果物でもきちんと三十回は噛めよ?」
フィロは眉をひそめて、視線を果物からボタリクに移した。
「……え? 三十回も? 多いわ……」
「数えながら噛めばすぐだな。経験者が言ってるんだから間違いない」
「あら、そうなの? ……ふふ、兄さんもそうだったのね。頑張って数えるわ」
そう言ってまた一切れ頬張った。ボタリクはフィロが美味しそうに食べる姿がとても好ましかった。フィロの食べられる量が増えて一番喜んでいるのはボタリクかも知れない。
今日から内陸へ向かう為、車借で荷車も借り、馬の餌の飼い葉と水も積んだ。野営が出来る準備も整えた。ボタリクが手紙の輸送を頼んでいて、フィロはそれを不思議そうに見ていたが、こういう事は以前にもあった為、辞めた仕事関係の業務連絡だろうと思い込んでいた。
そして御者をするボタリクの隣に座ったフィロは、今までと違って道中にも話せる機会を得て、改めてボタリクの事を色々と訊いた。ボタリクは訊かれた事を包み隠さず話した。フィロはその複雑な家庭環境を知り、ボタリクもまた、家族との縁が薄い事を知る。
(ボタリクさんはきっと私に同情をしてくれているのね……。だから家族捜しを手伝ってくれるのでしょう。ありがたい事だわ。…………)
少し思う所があったが、それ以上思案する事はしなかった。
そして、ボタリクが言っていたように内陸側の村に到着する。手分けはせずに二人一緒に訊いて回るも、手掛かりは全くなかった。
落ち込む暇もなく、昼食を済ませると今度はまた国境を目指す。今日はその手前にある次の村では宿泊をする。
到着したナインダッモ村の車借に馬を返し、荷物を預けた。まだ賑やかな海岸線沿いから近いだけあって、宿屋も三軒あった。表から見て一番大きな宿屋に決めたが、中に入ってみると人がいなかった。二人は顔を見合わせると外に出て、二番目に大きな宿屋へ行った。二十部屋中十九部屋埋まっていると言われ、この宿屋の人気振りを知る。やはりここにも個室に浴室が付いていてフィロは非常に助かった。
「それにしても、ここは流行ってるんだな」
ボタリクが不意に受付にいる女性に声を掛けた。女性は茶色の瞳を曇らせた。
「ああ、違うんですよ。大きな宿屋はシワカ宿屋って言うんだけどね、そのシワカさんちの奥さんが料理長をやっていたんだけど、寝込んでしまって厨房が回らなくなって休業してるのよ。癒し手がなかなか通りかからないもんだからねぇ……」
「あら、そうなの?」
ボタリクはフィロを見た。フィロは受付の女性を見詰めている。
「私、癒し手なの。ぜひお会いしたいわ」
笑顔で言うと、ボタリクが眉をひそめた。
「本当に? それはぜひお願いしたいわね」
そう言って俯き、思案した。ボタリクはフィロに顔を寄せる。
「大丈夫なのか?」
耳打ちすると、フィロが目を見開いた。そして、ボタリクを上目遣いで見て微笑み、手を口に添える。
「今、とても充実しているの。治癒力が発現した時の方が上かも知れないけれど、それに近いわ」
「それならいいんだけど、無理はするなよ?」
「大丈夫よ」
フィロもまた微笑んだ。
「そうね、今から行ってご主人に話してみるから、また後で話を、あ、夕食後か、その辺りにお願いしたいけどいいかしら?」
二人は女性を見ていて、フィロが頷く。
「分かりました。後でお聞かせください」
「よろしくお願いします。それではこれが部屋の鍵ね。二階の、そこの階段を上って左側に行くとある浅沙の部屋です。夕食は三の半刻で、食堂は向こうです。朝食も付けますか?」
「はい、お願いします」
ボタリクが頷く。フィロは女性が手で示していた方向を見ていて、正面に向き直した。それから女性の後ろにある壁にある時計を見た。
「あら、夕食まで小半刻もないのね。楽しみだわ」
「田舎料理だけどね」
「美味しそうだわ」
二人が笑顔で会話をしている様子を見て、ボタリクは些か複雑な心境だった。
夕食後に食堂でお茶を飲んで寛いでいると、先程の女性がやって来た。
「リタさん、ここにいたのね」
声を掛けられて、そちらへ顔を向けた。一緒に男性がいて、そちらへ視線を移す。神妙な表情で手を組んでいた。
「あの、癒し手さまなのでしょうか?」
「はい、そうです。ご病気の方の…」
「夫のタッシマ・シワカです。お時間があれば、明日にでも見ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
フィロの言葉を遮った。余程必死なようだ。
「今からでも構いませんよ」
微笑むとボタリクを見る。
「兄さん、構わないわよね?」
「一緒に行こう」
「あ……、ありがとうございます! ありがとうございます!」
タッシマは涙を浮かべて頭を深く下げ、すぐに先導し、フィロが付いて行く。ボタリクは透かさず隣を歩いた。フィロはふと気付いてボタリクを見上げた。
「手袋を持っていないわ」
小声で言うと、ボタリクはフィロを一瞥した。
「必要なのか?」
前を見たまま小声で訊くと、フィロは頷いた。
「必ず手を握って治療をしないといけなくて、それで必要なの」
「手を握らないと治療が出来ないのか?」
「いいえ、出来るわ」
ボタリクがフィロを見ると肩に手を回す。
「それならそうすればいい。握りたいならなくても握ればいいし、握らないでやりたいならそうすればいい。リタの好きにすればいいんだよ」
そう言って肩を優しく二度叩いた。
(あ、……私、まだ囚われていたのね。もう関係ないのに拘るのも変よね)
それに気付けた事がとても嬉しかったし、気付かせてくれたボタリクに感謝をした。
シワカ家は宿屋の裏にあり、宿屋とは大違いで小ぢんまりとした家だった。中へ入るとすぐ左に階段があって、右には居間があった。階段を上って行き、二階にある一室へ入って行く。
「お連れしたよ」
タッシマが声を掛けた女性はとても膨よかだった。顔は丸々していて、栄養は十分に摂取しているようだ。肌が張っていて皺がなく、年齢はとても若く見える。
「こんばんは。お邪魔しますね」
フィロはそう声を掛けてから寝台脇へ行き、顔を覗き込むと女性の表情が緩んだ。
「ガティア・シワカです。よろしくお願いします……」
張りのない声だった。フィロは笑顔を見せる。
「それでは少しお待ちくださいね」
手を組んで目を閉じると、フィロの周りが煌めいた。天井の照明で煌々と明るくなっている部屋ですらその煌めきが見えた。
「何だかお腹がとても温かくなって来たわ……」
フィロが目を開けるとまた顔を覗き込んだ。
「お腹に何かが溜まっているわね。でも大丈夫。これなら私が治せるわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、大丈夫よ。でも、少し時間が掛かるわ。椅子をお借りしてもいいかしら?」
振り返ってタッシマを見ると、タッシマは姿勢を正した。
「すぐにお持ちします」
急いで部屋を出て行き、ボタリクは心配そうにフィロを見詰めた。
「どれくらい掛かりそうなんだ?」
「小半刻も掛からないくらいね」
「そうか。無理はするなよ? 側にいるからな」
「それなら倒れても安心ね」
笑顔でフィロが言うと、またガティアを覗き込む。
「あなた、毒を食べているわね。それがどれだか見当が付くのではないの?」
「毒ですか? ……」
「そうね、ここ二三年食べているのではないかしら」
横目にして思案しているガティアは何かを閃いたようでフィロを見る。
「行商人から買っているシガテーというやせ薬かしら」
「まぁ、そのような物を飲んでいるの? 臥せっても飲み続けていたのかしら?」
「はい、飲んでます……」
「それではそれを後で見せてもらってもいいかしら?」
「はい」
小さく頷くと目を閉じた。フィロはボタリクを見て、視線が合うと安心して表情を緩めた。ボタリクは微笑んで頷いた。
ガティアの体内に溜まっていた毒を取り除く為に小半刻掛け、その後は痩身薬なる物を見た。黒っぽくも深い緑色の丸薬で、親指と人差し指で押し潰すと簡単に潰れてしまった程に軟らかかった。臭いを嗅いだり、口に含んで味を確かめたりしたが、どの成分が毒カまでは特定に至らなかった。
「専門家にお願いするしかなさそうね」
申し訳なさそうにガティアに言うと、ガティアは毒だと分かっていながらも飲んでしまった事に驚いていた。
「飲んでも大丈夫ですか? 毒なんですよね?」
「ふふ、私は癒し手ですもの。すぐに治ってしまうわ」
「そうですか。それを聞いて安心しました。それにしても、先生に診ていただいて楽になりました」
「それなら良かったわ。念の為、三日は安静にしていてね。あの薬は専門家に調べてもらってくださいね」
「分かりました」
治療費として金品は受け取らず、その代わりにある事を頼んでシワカ家を後にした。タッシマは二人が見えなくなるまで、何度も頭を下げていた。
フィロは久し振りに人を治療した事で手応えを感じていた。一時期落ちていた治癒の力も復活している所か増していた。不思議に思うよりも先に、嬉しさが出て来た。
(兄さんのお荷物にならずに済むわ)
それが本当に嬉しかった。
国境検問所での入国審査はボタリクのダヴァガ王国での職業とその証明書の確認、入国の目的を訊かれただけだった。
「嬢ちゃん、早く両親と会えるといいな」
そう声を掛けられたフィロは、笑顔で「はい。ありがとうございます」とお辞儀をした。この数日で有り得ない程に肉付きが良くなり、頬に寄る皺が減っていた。
黒く染まっている髪を一つに纏め、露になっている耳には買ってもらった耳飾りが輝いている。髪を纏めている紐は装飾品と一緒に買ってくれていた物で、黄色と橙と黒の三種類の紐で編まれていて、フィロは一目で気に入った。
黒髪は道中に寄った小さな村の雑貨屋に魔導具の指輪が置いてあり、その中に髪を黒くする物もあって、そのお陰で黒くなっている。これもまた黄水晶が嵌め込まれていて、ボタリクは迷わず購入した。フィロの細い中指でも緩い程だったが、縮んで丁度良い大きさになった。これなら両親と対面する時、外せば髪色も元に戻り、フィロだと認識がし易くなるだろう。
フィロは今まで手にした事のない装飾品を立て続けに手に入れ、嬉しいやら、戸惑うやらで気持ちが落ち着かなかった。
入国をしてから四町村目で大きな村となり、そのクドコノイ村で宿泊をする事にした。午後の二の半刻を過ぎていて、じきに太陽が沈むだろう。
馬を車借に返し、雑貨屋で地図を買って宿屋の場所を訊き、そちらへ向かった。道中に魔導具屋を見付け、一旦宿屋へ行って不要な荷物を置いて戻って来た。扉を開けると付いている鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
店内に入り、フィロは目新しい物が沢山置かれていて店内を見回していた。
「わぁ……、兄さん、見ているだけでも楽しいわね」
表情は明るく、声が弾んでいる。
「ゆっくり見るといいよ。俺は後ろを付いて行くから」
「あら、兄さんは別で見なくていいの? 何かいい物があるかも知れないわよ?」
「心配だから付いてるよ」
思わず声を出して笑った。
「あはは、兄さんは本当に心配性ね」
そう言うと端から見て行った。苦笑したボタリクは、フィロが立ち止まる度に伸びる手の先を見ていた。
「まぁ、可愛い」
手に取る度にそう呟く。ボタリクはそれを見て微笑んでいる。
「目の色を変える魔導具があればそれを買おう」
「あら、それまで変えてしまうの? このままで大丈夫よ。それよりも旅で有効に使える物があれば、それにしましょうよ」
「例えば?」
「うーん、そうねぇ……。このウサギさんとか。目が光って先を照らしてくれるのですって。暗い時刻に使えそう」
「それではこの籠へ入れて」
「え、買うの?」
「欲しいんだろ?」
フィロはウサギを暫く見詰めて、それからボタリクを見詰めた。
「駄目よ。勿体ないわ」
「これから父さん達を捜しに内陸へ向かう。時には暗くなっても村に辿り着けない事もあるだろ?」
「そうかしら? ……でもそれなら、もう少し大きい物がいいと思うわ」
「そうなると邪魔になりそう」
「あら、私が持つわ」
「それなら余計小さい方がいいんじゃないのか?」
「大きくても手の平の大きさよ? ほら」
「あのー……」
二人は声のする方に振り返ると、笑顔の店員がいた。
「小さい方は二刻、大きい方は六刻が灯りの持ち時刻です。お客さまが試しにつけたりしているので、それより短くなりますけどね」
フィロはボタリクを見る。
「兄さん、大きい方が六刻ですって」
「大きい方を買おう」
それを聞いてフィロの表情が和らいだ。そして、店員を見て微笑んだ。
「あの、それから瞳の色を変える魔導具はありますか?」
「ありますよ~! お嬢さんがご使用ですか?」
「そうです。何色に変えられますか?」
「指輪で変えるんですけど、こちらにあります」
そう言いながら先導した。二人は付いて行く。
「書いてある通り、目の色を赤、茶、黄、緑、青、紫の六色に変えられます。これは回数式なのでお試しは出来ません。五回まで変えられます。飾りの石は全て水晶です。大きさは自動で変わりますから、どの指でもはめられますよ」
「ありがとうございます。リタはどれがいい?」
フィロは玻璃張りの陳列棚を覗き込んだ。水晶が五枚の花弁を模っていた。小さな花を見て目を思わず細める。
「色を緑に変える物で、黄水晶をお願いします」
悩まずにそう言い、ボタリクが無言でフィロを見ていると、フィロが顔を向けて微笑んだ。
「ふふ、兄さんとお揃いよ」
嬉しそうに言う。
「ふ、分かった。すみませんが、それは置いといてもらえますか? 他も見て来ます」
店員を見ると、店員は笑顔で頷いた。
「分かりました。何か分からない事がありましたら、いつでもお声がけください」
「はい、ありがとうございます」
「見てまいります」
ボタリクに続いて、フィロもお辞儀をした。
夕食時、フィロの淡褐色の瞳が緑になっている。それを不思議な感覚で見ていた。
「兄さん、ぼんやりして……、どうかしたの? 食べないなら私が食べるわよ?」
「ああ、すまない。でも、食べると言うなら食べて欲しいんだけどな?」
「ふふ、言ってみただけよ」
二人は食事を再開した。
この宿屋にも個室に小さいが浴室があり、フィロは制限のある指輪は着けたまま入浴した。
寝台に寝転がり、腕枕をして天井を見ていたボタリクは黒髪に緑の瞳になっていたフィロを思い浮かべていた。
(本当に俺の妹になったようだ……)
ボタリクは庶子とは言え、産まれてすぐに父に引き取られて王都の本邸で生活をし、異母兄姉と一緒に育てられた。義母は異母姉に実家を継がせようとしていたが、侯爵家の嗣子に見初められて婚約をし、これ幸いとばかりに追い出される理由にされてしまった。
横領の容疑を掛けられた時、未だに実母と心を通わせている父は手を尽くそうとしていたそうだが、義母によっていとも簡単に断ち切られてしまった。義母の代筆ではあったがモノシ公爵家と異母兄姉、養家のノカオ伯爵家からの絶縁状が届き、ないに等しい家族関係が消え失せた時だった。
(母と一度も会った事はないが、弟がいると父に聞かされた事がある。母と暮らしている弟にも当然会った事はない。俺は家族の縁が薄いんだなと思っていたが、フィロ様との初対面の後に、妹と思って守り抜くとモカモワ隊長に言った事が今叶っている。いや、本当の妹のようだからそれ以上の事になっているが……、隊長の説教のお陰で今がある。感謝をしなくては……)
目を閉じて、感謝の念を抱いていた。
(いけない。気を抜くと以前の素が出てしまうな。もう貴族に戻らなくていいんだ。忘れよう……。フィロさ、……リタも幼少期から躾けられていて、きっと俺と同様なんだろうな。ふとした拍子に出ている時があるもんな)
その幼少期の頃からのフィロを思うと、表情が自然と険しくなっていた。
フィロの入浴後、いつものようにボタリクが軟膏を塗る。自己治癒で綺麗になっていて必要はなかったが、フィロもボタリクの体温を心地良く感じていて断らない。ボタリクは指輪を避け、まだ骨張っている甲を優しく撫でるように塗り込んだ。
(この小さな手は、どれ程の苦労をして来たのか。これからは苦労のないようにしないと。それも出来得る限りになるけど、許してくれるだろうか……。ご両親が早くに見付かればいいんだけどなぁ)
優しい手とは打って変わって険しい表情をしているボタリクを見詰めていたフィロは、何だかとても可笑しくなった。声を出して笑う事はなかったが、知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。
ボタリクはいつものようにフィロが就寝した後、剣の素振りをする為に宿屋の外へ出た。ボタリクの持っている剣は切れ味が悪く、殴打用として持っていた。入国審査の時に確認されたが、鈍という事で問題視されなかった。それでもダヴァガ王国で良く使用されている鎧なら容易に変形させる事が出来る。
その割と重い剣で千回素振りをすると部屋へ戻る。今夜の宿屋も浴槽は保温機能のある魔導具が付いていて、ありがたい事に長湯をしても冷めずに温かかった。
ここでは有料だが夕食時間までに洗濯物を出せば翌朝には戻してもらえると知り、村で寝間着を新調して持っていた衣類の殆どを頼んでいた。
翌朝、ボタリクが朝食前に衣類を取りに行き、フィロは洗濯し立ての衣裳に早速袖を通した。
「リタ、昨日も話したけど、ここからは全部の町村へ訪問する事になる。両親がワネソーイ村から追い出されてそろそろ五年になるから、通り掛かっただけでは記憶にないだろうからな。それで構わないか?」
「構わないわ」
「それじゃあ今日から内陸へ向かう。それと国境検問所へも必ず行こう。覚えている人がいるかも知れないからな」
「分かったわ」
「会えるかどうかも分からないから希望は捨てるなとしか言えないけど、諦めずに頑張ろうな」
「諦めないようにするけど、私が挫けそうになったら、兄さんに励ましてもらうわね」
「俺は元同僚から、逃がしたとしか聞いていないから、どこへ行ったかまでは知らないんだよ。一応ワネソーイ村へは行ったけど、手掛かりが全くなかったんだよな。父さんの名はジタノワで赤髪に水色の目、母さんの名はヒョトディンで萌黄色の髪に紅紫の目だからな?」
「お父さんよりお母さんの方が名前や色が珍しいから、お母さんを捜せばいいわね」
「そうなるな。でも、母さんより父さんの方が外に出る機会が多いだろうから、両方訊くようにしよう」
「はい」
「父さん達に事情があって俺達は養子に出されたという設定だからな?」
「分かってるわ。だから名字が違うと言うのよね?」
「そうだ」
「大丈夫。きちんと覚えいるわ」
フィロが頷くと、ボタリクも頷いた。
「それじゃあ朝食に行こうか」
「あー、良かった。まだ話に時が掛かるのかと思っちゃった。もうお腹と背中がくっ付きそうよ」
「ふ、それは誇張し過ぎだろ」
「食べても食べても食べたりないのよ。今まで食べられなかった所為かしらね。ふふふ」
嬉しそうに扉を開けて先に行く。こういう事を平然と言われると何も言えなくなるボタリクは慌てて扉を閉めて付いて行く。
ボタリクの皿に移す量が段々と減り、半人前を軽く食べられるようになったフィロの為に、この二日は果物を単品で注文していた。
「お肉はアゴが疲れちゃうから、こういうのがいいわね」
笑顔で頬張る姿を見て、心底から安心するボタリクは苦笑する。
「使わないと筋肉が付かないぞ?」
早々と咀嚼を終えたフィロは手で口を覆って「ふふふ」と笑った。
「噛むという事を余りして来なかったから慣れないのよ。でも、この数日は毎食アゴを使っているし、そのうち付くわ。……多分だけどね」
「果物でもきちんと三十回は噛めよ?」
フィロは眉をひそめて、視線を果物からボタリクに移した。
「……え? 三十回も? 多いわ……」
「数えながら噛めばすぐだな。経験者が言ってるんだから間違いない」
「あら、そうなの? ……ふふ、兄さんもそうだったのね。頑張って数えるわ」
そう言ってまた一切れ頬張った。ボタリクはフィロが美味しそうに食べる姿がとても好ましかった。フィロの食べられる量が増えて一番喜んでいるのはボタリクかも知れない。
今日から内陸へ向かう為、車借で荷車も借り、馬の餌の飼い葉と水も積んだ。野営が出来る準備も整えた。ボタリクが手紙の輸送を頼んでいて、フィロはそれを不思議そうに見ていたが、こういう事は以前にもあった為、辞めた仕事関係の業務連絡だろうと思い込んでいた。
そして御者をするボタリクの隣に座ったフィロは、今までと違って道中にも話せる機会を得て、改めてボタリクの事を色々と訊いた。ボタリクは訊かれた事を包み隠さず話した。フィロはその複雑な家庭環境を知り、ボタリクもまた、家族との縁が薄い事を知る。
(ボタリクさんはきっと私に同情をしてくれているのね……。だから家族捜しを手伝ってくれるのでしょう。ありがたい事だわ。…………)
少し思う所があったが、それ以上思案する事はしなかった。
そして、ボタリクが言っていたように内陸側の村に到着する。手分けはせずに二人一緒に訊いて回るも、手掛かりは全くなかった。
落ち込む暇もなく、昼食を済ませると今度はまた国境を目指す。今日はその手前にある次の村では宿泊をする。
到着したナインダッモ村の車借に馬を返し、荷物を預けた。まだ賑やかな海岸線沿いから近いだけあって、宿屋も三軒あった。表から見て一番大きな宿屋に決めたが、中に入ってみると人がいなかった。二人は顔を見合わせると外に出て、二番目に大きな宿屋へ行った。二十部屋中十九部屋埋まっていると言われ、この宿屋の人気振りを知る。やはりここにも個室に浴室が付いていてフィロは非常に助かった。
「それにしても、ここは流行ってるんだな」
ボタリクが不意に受付にいる女性に声を掛けた。女性は茶色の瞳を曇らせた。
「ああ、違うんですよ。大きな宿屋はシワカ宿屋って言うんだけどね、そのシワカさんちの奥さんが料理長をやっていたんだけど、寝込んでしまって厨房が回らなくなって休業してるのよ。癒し手がなかなか通りかからないもんだからねぇ……」
「あら、そうなの?」
ボタリクはフィロを見た。フィロは受付の女性を見詰めている。
「私、癒し手なの。ぜひお会いしたいわ」
笑顔で言うと、ボタリクが眉をひそめた。
「本当に? それはぜひお願いしたいわね」
そう言って俯き、思案した。ボタリクはフィロに顔を寄せる。
「大丈夫なのか?」
耳打ちすると、フィロが目を見開いた。そして、ボタリクを上目遣いで見て微笑み、手を口に添える。
「今、とても充実しているの。治癒力が発現した時の方が上かも知れないけれど、それに近いわ」
「それならいいんだけど、無理はするなよ?」
「大丈夫よ」
フィロもまた微笑んだ。
「そうね、今から行ってご主人に話してみるから、また後で話を、あ、夕食後か、その辺りにお願いしたいけどいいかしら?」
二人は女性を見ていて、フィロが頷く。
「分かりました。後でお聞かせください」
「よろしくお願いします。それではこれが部屋の鍵ね。二階の、そこの階段を上って左側に行くとある浅沙の部屋です。夕食は三の半刻で、食堂は向こうです。朝食も付けますか?」
「はい、お願いします」
ボタリクが頷く。フィロは女性が手で示していた方向を見ていて、正面に向き直した。それから女性の後ろにある壁にある時計を見た。
「あら、夕食まで小半刻もないのね。楽しみだわ」
「田舎料理だけどね」
「美味しそうだわ」
二人が笑顔で会話をしている様子を見て、ボタリクは些か複雑な心境だった。
夕食後に食堂でお茶を飲んで寛いでいると、先程の女性がやって来た。
「リタさん、ここにいたのね」
声を掛けられて、そちらへ顔を向けた。一緒に男性がいて、そちらへ視線を移す。神妙な表情で手を組んでいた。
「あの、癒し手さまなのでしょうか?」
「はい、そうです。ご病気の方の…」
「夫のタッシマ・シワカです。お時間があれば、明日にでも見ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
フィロの言葉を遮った。余程必死なようだ。
「今からでも構いませんよ」
微笑むとボタリクを見る。
「兄さん、構わないわよね?」
「一緒に行こう」
「あ……、ありがとうございます! ありがとうございます!」
タッシマは涙を浮かべて頭を深く下げ、すぐに先導し、フィロが付いて行く。ボタリクは透かさず隣を歩いた。フィロはふと気付いてボタリクを見上げた。
「手袋を持っていないわ」
小声で言うと、ボタリクはフィロを一瞥した。
「必要なのか?」
前を見たまま小声で訊くと、フィロは頷いた。
「必ず手を握って治療をしないといけなくて、それで必要なの」
「手を握らないと治療が出来ないのか?」
「いいえ、出来るわ」
ボタリクがフィロを見ると肩に手を回す。
「それならそうすればいい。握りたいならなくても握ればいいし、握らないでやりたいならそうすればいい。リタの好きにすればいいんだよ」
そう言って肩を優しく二度叩いた。
(あ、……私、まだ囚われていたのね。もう関係ないのに拘るのも変よね)
それに気付けた事がとても嬉しかったし、気付かせてくれたボタリクに感謝をした。
シワカ家は宿屋の裏にあり、宿屋とは大違いで小ぢんまりとした家だった。中へ入るとすぐ左に階段があって、右には居間があった。階段を上って行き、二階にある一室へ入って行く。
「お連れしたよ」
タッシマが声を掛けた女性はとても膨よかだった。顔は丸々していて、栄養は十分に摂取しているようだ。肌が張っていて皺がなく、年齢はとても若く見える。
「こんばんは。お邪魔しますね」
フィロはそう声を掛けてから寝台脇へ行き、顔を覗き込むと女性の表情が緩んだ。
「ガティア・シワカです。よろしくお願いします……」
張りのない声だった。フィロは笑顔を見せる。
「それでは少しお待ちくださいね」
手を組んで目を閉じると、フィロの周りが煌めいた。天井の照明で煌々と明るくなっている部屋ですらその煌めきが見えた。
「何だかお腹がとても温かくなって来たわ……」
フィロが目を開けるとまた顔を覗き込んだ。
「お腹に何かが溜まっているわね。でも大丈夫。これなら私が治せるわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、大丈夫よ。でも、少し時間が掛かるわ。椅子をお借りしてもいいかしら?」
振り返ってタッシマを見ると、タッシマは姿勢を正した。
「すぐにお持ちします」
急いで部屋を出て行き、ボタリクは心配そうにフィロを見詰めた。
「どれくらい掛かりそうなんだ?」
「小半刻も掛からないくらいね」
「そうか。無理はするなよ? 側にいるからな」
「それなら倒れても安心ね」
笑顔でフィロが言うと、またガティアを覗き込む。
「あなた、毒を食べているわね。それがどれだか見当が付くのではないの?」
「毒ですか? ……」
「そうね、ここ二三年食べているのではないかしら」
横目にして思案しているガティアは何かを閃いたようでフィロを見る。
「行商人から買っているシガテーというやせ薬かしら」
「まぁ、そのような物を飲んでいるの? 臥せっても飲み続けていたのかしら?」
「はい、飲んでます……」
「それではそれを後で見せてもらってもいいかしら?」
「はい」
小さく頷くと目を閉じた。フィロはボタリクを見て、視線が合うと安心して表情を緩めた。ボタリクは微笑んで頷いた。
ガティアの体内に溜まっていた毒を取り除く為に小半刻掛け、その後は痩身薬なる物を見た。黒っぽくも深い緑色の丸薬で、親指と人差し指で押し潰すと簡単に潰れてしまった程に軟らかかった。臭いを嗅いだり、口に含んで味を確かめたりしたが、どの成分が毒カまでは特定に至らなかった。
「専門家にお願いするしかなさそうね」
申し訳なさそうにガティアに言うと、ガティアは毒だと分かっていながらも飲んでしまった事に驚いていた。
「飲んでも大丈夫ですか? 毒なんですよね?」
「ふふ、私は癒し手ですもの。すぐに治ってしまうわ」
「そうですか。それを聞いて安心しました。それにしても、先生に診ていただいて楽になりました」
「それなら良かったわ。念の為、三日は安静にしていてね。あの薬は専門家に調べてもらってくださいね」
「分かりました」
治療費として金品は受け取らず、その代わりにある事を頼んでシワカ家を後にした。タッシマは二人が見えなくなるまで、何度も頭を下げていた。
フィロは久し振りに人を治療した事で手応えを感じていた。一時期落ちていた治癒の力も復活している所か増していた。不思議に思うよりも先に、嬉しさが出て来た。
(兄さんのお荷物にならずに済むわ)
それが本当に嬉しかった。
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