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兵長の憂鬱
遠い観客席
しおりを挟む金糸の髪は風になびき、陽に焦がれた横顔はいつまでも見ていられる。馬上からふり返れば大きかった海辺の町は小さくひしめいていた。ろくに整備されていない道の敷石へ引っかかり、馬車の車輪が音をたててはねる。
南は丘陵地帯、北は山脈が連なり大きな川がある。ひづめの音を聞いてるうち長閑で簡素な町が見えてきた。
「ラルフ様、ヴァトレーネが見えてきました」
「話に聞いていたが、なかなかの辺境だな」
乗っていた馬をよせて声をかけると、悪路のせいでゲッソリしたラルフが顔を出した。
ヴァトレーネは港町と北城塞都市をつなぐ関所の町。ななめに流れる川をはさんで南北へひろがり、プラフェ州の防衛ラインでもある。治安をおこなう軍が駐留し、ブドウ畑と谷を流れる豊富な水源がある。
山賊よけの門を越え、町の中心へ到着した。近くに石橋が架かり階段をおりた川ぞいの公園で人々が談笑してる。
ラルフは見なれないザクロの木を眺めてる。ザクロは東のあたたかい地域から伝来して水はけのいい土地で育つ果物だ。港町の市場にもならび、種のまわりをおおう実は血のように赤く栄養価は高い。ラルフが子供みたいに青い実をかじろうとするので収穫の季節はまだ先だと教えた。
ひととおり町を見回り北の兵舎へおもむいた。そこでヴァトレーネ兵に出迎えられたけど、俺たちに向けられたのは歓迎とは程遠い視線だった。兵士を消耗品のように扱ったという噂も耳にしている。南の詰め所は立派なのに兵の住む建物は粗悪、前任者が自分の周りにだけ金を使っていたことがよくわかる。
兵たちにしても貴族の上層がすげ変わっただけの印象なのだろう。内心ため息を吐き、ふり向くとラルフの姿は消えていた。慌てて見まわせば兵舎の奥から走ってきた彼は叫んだ。
「大変だツァルニ! この兵舎、風呂がないっ!! 」
もっと見るべき点はある、しかし彼の第一声はそれだった。ラルフは側にいた兵士をむんずとつかみ、案内させてすみずみを見学する。
「ツァルニッ、椅子も硬いし食事のメニューが1種類しかないぞ!? 」
「見ろツァルニ、山岳馬だ! 足の節がすごいなっ、これで岩場を駆けるのか!? 」
気づけば厩舎で馬に囲まれていた。キラキラ光る男に馬も興味津々、俺のほうは数時間の視察で1日分のエネルギーを使いきった感じだ。むろん誰のせいか言わなくてもいいだろう。
眉間にしわを寄せる俺へ壮年の兵士が挨拶してきた。前任の貴族といっしょに不正をしていた隊長も更迭され、現在ヴァトレーネの隊はひとつ。ブルドと名乗った男は実質兵をたばねる長だ。
他の兵士のすさんだ視線とは異なり、ブルドは柔和な態度をくずさない。彼をさしおき若い俺が兵長へ就くことについて直接考えを聞いた。
「私は一介の兵士に過ぎません、自分に出来る事と出来ない事は心得てます。ですがヴァトレーネのことなら貴方のお力になれると思いますよ」
意見を求められたのが珍しかったようだ。ブルド隊長は目をきょとんとさせてから笑った。
太陽は兵舎を照らし、変化の予感を嗅ぎとった兵たちも山岳馬と同様に周囲へ集まった。
南にある邸宅へもどったラルフはさっそく視察内容をまとめて計画書を作成した。1階には布に包まれた美術品が積まれている。前任者が帝国の金で買った品々は競売にかけて資金にする予定だ。
「やることが山積みだな、足りない人手は港町で募集をかけよう。ここへいるあいだ私は前任者の邸宅へ滞在するとして、ツァルニもここへ住むか? 」
「俺は兵舎の住居へ移ります。そのほうが兵たちと馴染めるでしょうし、改善点も気づきやすくなると思います」
案のじょう問題だらけだった。環境の改善から兵たちの教育うんぬん、属州の農村出身は読み書きできない者もいる。ヴァトレーネ兵は搬入される物資も管理できないため、前任者が横領し放題だったのもうなずける。
俺はカリキュラムをくみ、文章の読み書きと算数を教えはじめた。最初はわけもわからず反発する者もいたけど、学習するにつれて意味を理解した。ブルド隊長があいだへ入って説得してくれたことも大きい。
黄金の毛なみをなびかせ疾走する狼を追って俺もがむしゃらに走った。町は順調に発展して人々の往来もふえた。品種改良したブドウ酒を出荷する年、転機がおとずれる。
シヴィルが最年少で入隊、アキツ・ミナトがヴァトレーネにやってきた。彼らは対照的だが、どちらも並外れた資質を持っていた。
とくに東の果てから来たというミナトは、帝国にはない新しい意見を口にする。堅実で自分のことより他人の心配をする希なお人好し、最初ものめずらしげだったラルフの視線はやさしい瞳へ変わった。
惹かれ合う2人の演劇を観客席から見守り、俺の想いは名を知らないまま終わりを告げた。
待っていたように時代は動きだし戦争が起こった。冬の国の将軍ヴラド・グスタフのまえにヴァトレーネ軍は敗走、戦火に巻きこまれた町は南側を残して壊滅した。遠征へ赴いていた帝国の大隊が加勢、他国の介入もありヴァトレーネと北城塞都市を奪還して終局をむかえた。
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