獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十三章 激化する呪い

本当の運命の相手

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 クレハが居なくなった瞬間、社長室のような部屋が荒れた飲食店の店内へと変わる。あの隠し扉は幻術だったのだと、その時初めて気付いた。

「遅くなったな、怪我はないか?」

 こちらを見て、シロが心配そうに声をかけてくる。
 私なんかより、シロの方がよっぽどひどい怪我をしているのに。
 思わず伸ばしかけた手を引っ込めて「大丈夫だよ」と苦笑いしながら答えると、シロは辛そうに顔を歪めた。

「西園寺、よく桜を守ってくれたな。恩に着る」

 私からカナちゃんへと視線を移したシロは、そう言ってお礼の言葉を口にした。
 出会った頃は考えられなかった光景に、シロがかなり人間らしくなった光景を垣間見て、昔ならその変化を嬉しく思っただろう。
 しかし、クレハに言われた事が頭を支配し複雑な気持ちになる。

「シロ、一発殴って」
「……いきなり何を言っているのだ、お前は」

 話しかけた瞬間意味の分からない事を言われ、訝しげにシロはカナちゃんをまじまじと見ている。
 しかし「桜に襲いかかろうとした」というその一言で、シロの顔は途端に般若と化す。

「はぁああ?! 一発で足りるか、百発くらい殴らせろ!」
「気が済むまでやりや」

 指をバキバキと鳴らしながら近付いていくシロと、その行為を甘んじて受け入れると言わんばかりに歯を食い縛るカナちゃん。
 本気でやりかねない二人を見て私は慌てて止めに入る。

「二人とも止めて! もうこれ以上、私のせいで傷付いて欲しくないよ。こんな中途半端な気持ちのまま……シロの隣にも、カナちゃんの隣にも居れないよ……」

 私の叫びを聞いて、シロは振り上げていた拳を静かにおろした。そして、自嘲気味に笑って口を開く。

「いつか、こうなる日が来ると思っていた。顔を上げろ、桜。謝るのは俺の方だ。すまなかった」
「どうしてシロが謝るの? 悪いのは私だよ」

 驚いてシロに理由を尋ねると、彼は益々意味の分からない事を言い出した。

「お前らを結ぶ赤い糸が、最近やけにはっきり見えていたんだ」
「いきなり何を言い出してんねや、シロ」
「神が定めた運命の相手。その二人は赤い糸で繋がっている。お前達は最初からお互い結ばれる運命だったんだよ。だから、惹かれ合うのは自然の摂理だ。普通に何もなければ、な」
「普通に何もなければ?」

 話についていけず、シロが言った言葉を思わず復唱すると、「ああ」と頷いた彼は、衝撃的事実を口にした。

「昔、俺が切ったんだ。お前らの縁を。そして結び直した、俺と」

「……え?」
「……は?」

 思わず、驚きの声がカナちゃんと被ってしまった。

「なんだ、その呆けた顔は。クレハに聞いたんじゃないのか?」
「いや、初耳だよ……コハクの人格形成の話を聞いただけで……」
「ああ、そっちか。無理矢理結び直した縁だ。凡人じゃ桜に相手されないと思ってやった事だ。寿命が多少縮もうが、別に大したことじゃない。元から腐るほどあるからな」

 そう言ってクククと喉で笑うシロ。
 いやいや、十分大したことだと思うけど! 寿命縮んだんだよ? それをそんな笑いながら……

「え、何? じゃあ、最初に邪魔してきたのお前の方なんか?」

 衝撃的事実による放心状態から現実に戻ってきたカナちゃんは、大きな瞳をぱちくりさせながらシロに尋ねた。

「まぁ、そうなるな。お前の執念が切れた縁を結び直したのだろう。ほんとしつこい奴め」
「お前に言われたないわ! てか何してくれとんねん、アホ!」
「だから、コハクは罪悪感を感じて身を引こうとしただろ。だが俺は、そんな事ぐらいじゃ諦めん」
「いや、お前も少しは遠慮って言葉をやな、学んだ方がええんとちゃうか?」
「遠慮? じゃあ、お前が遠慮しろ。俺は運命になど負けん。親父はそうやってお袋を手に入れたからな」

 えーっと、つまり、コサメさんも雪乃さんの赤い糸を切って手に入れた。
 そしてまだコハクとシロに分かれる前、それを真似して昔、私とカナちゃんを結んでいた赤い糸を切ったと?!

「お前なぁ、俺の縁切れたままやったらどないなってたんや」
「生涯独り身の侘しい人生だ。永遠に誰のものにもならない孤高の男でも目指せばどうだ?」
「誰が目指すか、そんなもん!」
「そうか、ならまた切断して後で適当にその辺の女と結んどいてやるよ」
「あかん! 変な力乱用したらあかんて! お前の悪行、神様ちゃんと見とるからな!」

 まさか、そんな真実が隠されていたとは──だめだ、頭が飽和状態でこれ以上処理しきれない。
 橘先生が昔、『逃げるなら今のうちだぞ』と言った本当の意味を、ようやく理解出来た気がした。
 私が思っていた以上に、コハクとシロの愛情は深かったらしい。容赦なく私の運命の相手を蹴落とすほどに。

 今日は色んな事がありすぎた。
 頭がパンクして押し寄せてくる疲労感に抗えない身体は、ぎゃんぎゃんと言い争う二人の傍らで、そのまま意識を手放した。
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