獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十四章 最終決戦

異変

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 気が付くと私は自分のベットで寝ていた。
 常備灯がついただけの部屋は薄暗く、ベットライトを点けて時計を確認すると深夜の二時を回っている。
 コハクに呼び掛けることが出来なくてショックを受けるも、よくよく考えるとそんなことしていい立場じゃなかったことを思い出す。

 カナちゃんが話してくれた気持ち、クレハに聞いた人間と妖怪の違い、シロが教えてくれた衝撃の過去が頭をぐるぐる駆け巡る。
 そもそも運命の赤い糸ってなんだ。そんなほいほい切ったり繋げたり出来るものなのか?
 今の私はシロが結び直した糸とカナちゃんと復活した糸、二人と繋がった状態になっている。
 シロの口振りだと最近それが見えるようになったみたいだから、タイミングとしては多分──私がカナちゃんを意識したあの第一の試練あたりなのだろう。

 コハクが最初からカナちゃんが私の本当の運命の相手だと気付いていたとしたら、いくら私がただの幼馴染みだと否定しても不安になるわけだ。
 それで私達がコハクの居ない所でそういう関係になっていると誤解して、罪悪感で自分から身を引こうとした。
 本当にカナちゃんの事が好きになってしまった今、コハクを目覚めさせるとさらに傷付ける事になってしまう。
 このままシロを人間らしく変えてしまっても、彼の未来を思うといけない事だ。傍に居てはいけないと頭では分かっているけど、心はそれに追い付けていない。
 コハクとシロを好きな気持ちには変わりなくて、彼等が犯した昔の過ちも……それほどまでに好意を寄せてくれていたのだと思うと、嬉しいと感じてしまっている自分が居る。

 その一方で、カナちゃんもまた幼い頃から好意を寄せてくれていたわけで、今日の出来事を思い出すと胸が大きく高鳴る。
 昔から口で言わなくても以心伝心な所があって、すごく波長が合うなとは思っていた。
 一緒に居て普通に楽しくて、自然体で居れるのは間違いなくカナちゃんだ。かといってほいほいとカナちゃんの手を取れる程、気持ちは簡単に割りきれない。

 どちらが好きかとか、今は考えるのはやめよう。
 今、私がやりたい事──それはクレハとシロを仲直りさせてあげること。そして、コハクときちんと話がしたい。
 今の私が居るのは、コハクのおかげだ。あんな別れ方をしたままじゃ嫌だ。今の関係をこのまま続けるのは難しいけれど、きちんと話し合った上で納得のいく答えを見つけたい。
 そのためにはまず、目の前の問題を一つずつ片付けていこう。

 まずは明日、クレハを何としても説得する。
 彼が何を仕掛けてくるか分からないけれど、こっちにはまだ秘策が残されている。
 それはメーテルから預かった言霊と、橘先生から預かった照魔鏡。
 彼が出だしから変な絡み方をしてくるからペースを奪われ、すっかりその存在を忘れていた。
 少なくとも言霊はクレハの足止めにはかなり効果的だろう。
 そしてバレないように照魔鏡を使い本音を出させて説得を試みる。
 美香と優菜さん、橘先生とウィルさんにも、朝一で連絡をしておこう。

 明日はきっと最終決戦になる。
 備えて眠ろうと思うが、一度目覚めてしまった身体は睡眠を受け付けない。
 このまま横になっていても色々考えすぎて頭がどうにかなりそうな私は、タンスから着替えを取り出しシャワーでも浴びてくる事にした。

 家族を起こさないように、そーっとお風呂場まで移動して中へ入る。
 気持ちをリセットするように頭からシャワーをしばらく浴びながら、滴り落ちて排水口へ流れていくお湯をただじっと眺めていた。
 うじうじ悩んでたって、時間はこのお湯のようにとどまる事なく流れていく。だったら有効に使わなきゃ損だよね。

 気持ちを新たにした所で、全身をくまなく洗い汚れを落とす。
 バスタオルで髪と身体の水分を拭き取り脱衣所へ移動してあることに気づく。
 着替えを持っては来たが、下着を持ってくるのを忘れた。
 仕方なくバスタオルを身体に巻いて、着替えを持ち自室へと戻る。

 ドアを開けて私は硬直した。
 それは、窓から夜空を眺めているシロが居たからだ。別に彼が部屋に居る事は別段珍しい事ではない。
 ただ、何も洋服を着ていないこの状況がまずいのだ。

 シロは私の方を見るなりほっと安堵の息をもらす。
 そして、「桜」と名前を呼ぶなり急いでこちらに近付いてきて、きつく私の身体を抱き締めた。反動で抱えていた着替えがパサッと床に落ちる。

「し、シロ?!」
「やっぱり傍に居ないと心配だ。ここは安全って分かってても、それでも……っ!」

 背中に回された手が小刻みに震えている。部屋に居なかったから不安にさせてしまったのだろう。

「ごめんね、心配かけて」
「クレハが何を言っていたか、西園寺に話は聞いた。お前が俺の未来を案じているのなら、俺は強くなる。だから、そんな理由で離れていこうとするなよ。必ずクレハに勝って、そのことを証明してやるから」
「シロ……」
「どんな奴か確認もせずに、私欲のために西園寺との縁を切ったのは悪かった。誰が好きか選べないっていうなら、今はまだ無理に考えなくていいから。今は大人しく守られてろよ。お前が思ってるより、身体は疲れてんだよ。だから無理するな」
「……ありがとう」

 どうしたらいいのか分からないけど、今だけはこの腕に甘えたいと思うのはズルい事だろうか。
 そっとシロの背中に手を回すと、彼はさらに私の身体をきつく抱き締めた。

 逞しい腕の感触を直に感じて……じかに?!

 そこである事を思い出す。私、バスタオル一枚巻いているだけだった。

 この様子だと、シロは気づいていない?!

 ベットライトしか点けてなかったから薄暗い部屋ではあったけど、パッと見たら容易く分かるくらいには明るかったと思うけど──

「ん……桜、髪が濡れてる」

 シロがそっと腕をほどいた際、バスタオルが緩みはらりと落ちた。
 慌てて前だけでも隠そうと拾って身体にあて、恐る恐る上を見るとシロは不思議そうに首を傾げてこちらを見ている。

「どうした? 急にそんなに慌てて」

 普段の彼ならまずありえない反応に、本当に彼がシロなのか一瞬疑ってしまった。
 だけど、よく見ると彼の視線がどこかおかしい事に気づく。
 こちらを見てはいるけど、視線がわずかに私からずれている。

「シロ……」
「なんだ?」
「私、見えてる?」
「当たり前だろ、何馬鹿なことを言っておるのだ」
「じゃあ……私、今何着てる?」
「ん? 寝間着を着ているではないか」

 バスタオルが寝間着に見えるの?

 目を細めてまるで当てずっぽうで言っているようなその態度に、不安が強くなる。
 私はそっと身体にあてていたバスタオルをとって、同じ質問をしてみた。
 すると彼は「ピタッとした寝間着きてるだろ」と誤魔化すように笑って答える。
 その態度に不安が的中して、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が身体に走る。

 やっぱり見えていない。

 全くというわけではなさそうだが、ぼんやりシルエットが分かる程度にしかシロには見えていないようだ。
 そっとバスタオルを再び身体に巻いて話しかける。

「シロ……目、どうしたの?」
「何の事だ?」
「前のように、見えてないよね」
「そんなはずないだろ……」

 あくまでも誤魔化そうとするシロの言葉を私は遮るように言った。

「お風呂からあがってきたばかりなの。だから今、身体にはバスタオルしか巻いてない。さっきは……何も着てなかった」

 しまったと言わんばかりに顔をしかめたシロを見て、やはり彼の目はあまり見えていないのだと実感させられる。
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