獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十四章 最終決戦

シロの覚悟

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「どうして? 何があったの?」
「風邪をひく。とりあえず服を着ろ。その後、話すから……」
「うん……分かった」

 シロの手を引いてベットに座らせると、私は落ちた服を拾いタンスから下着を取り出して手早く着替える。そして、シロの隣に腰かけて話を聞いた。

「……親父に無理言って、秘薬をもらったんだ」
「秘薬?」
「霊力保有量を爆発的に増やす秘薬だ」
「そんなものがあるの?」
「ああ。体内で生成された霊力は、霊門って所から絶え間なく流れ続けている。強い妖怪ほど、その霊門の数が少なくて体内に多く蓄える事が出来る。逆に俺みたいなハーフは、その数が多くて溜め込めない。秘薬はその霊門を無理矢理塞ぐ薬だ。約十八時間副作用に耐えれば、身体が順応して爆発的に霊力保有量を増やす事が出来る。目がおかしいのはそのせいだ。時間が経てば治る」
「副作用って、他にもあるの?」
「無理矢理塞ぐから、身体に色々負荷はかかるが一過性で大したもんじゃない。だから、心配するな」

 シロの手元に目をやると小刻みに震えている事に気付いた。
 そっと手を取るといつもはひんやりと感じるその手が、沸騰したやかんのように熱い。
 よく見るとシロは白い頬を上気させており、平静を装っているようだけど少し呼吸も乱れている。
 さっきはそんな事なかったのに、もしかするとどんどん症状は酷くなっていくのかもしれない。

「何時頃、飲んだの?」
「ちょうど日付が変わるくらい、だな」

 まだ三時間も経ってないのに、こんな状態……そんなの、本当に耐えれるの?
 力が弱いことを悔しがっていたシロならそんな便利なもの、もっと早くに飲んでいても不思議じゃない。
 そうしなかったのは、それが危険なものだったからじゃ……

「もし、副作用に耐えれなかったら……」
「案ずるな、必ず耐えてみせるから」

 不安が口に出ていたようで、シロは私の言葉を力強く否定した。
 その瞳には強い覚悟が宿っているように見える。
 だけと、安心させるように微笑んでくれた顔がひどく儚げに感じられて、嫌な胸騒ぎがして不安が胸を支配する。

 (ああ、だからさっき強くなるからって……こんな無理をして……)

「桜? 泣いてるのか?」

 瞳から滴り落ちた涙が頬をつたい、どうやらシロの手の上に落ちてしまったらしい。私は慌てて涙を拭って立ち上がった。

「泣いてないよ。休まないといけないのはシロの方だ」

 そう言ってシロを無理矢理ベットに押し倒して横にならせる。

「さ、桜?!」

 額に手をあてるとやはりすごい熱さで、机から冷えピタを持ってきてシロのおでこに問答無用で貼り付けた。

「何か食べたいものとか、飲みたいものとか、欲しいものとかない? 私に出来ることなら何でもするから、だから……っ」

 シロがこのまま死んじゃうんじゃないかって、不安で胸が潰れそうだった。
 駄目だ、拭っても拭っても涙が止まらない。

「傍に、居てくれないか? お前が傍に居ると、安らぐから」

 手首をそっとシロに掴まれた。

「居るよ。傍に居るから……」

 溶けるように熱いその手に促されて、ベットの中に引きずりこまれる。
 シロは私を引き寄せると、抱き枕のようにして優しく抱き締めた。
 規則正しく聞こえる心臓の音に少しだけ安心するも、まだこれから長時間耐えなければならない現実に不安が募る。
 少しでも何か力になってあげたくて「他に、他に何かないの?」と尋ねると

「お前以外に、欲しいものなんてない。だから、お前が今こうやって傍に居てくれて、俺はすごく幸せだ。ありがとう、桜」

 優しく髪を撫でられながらそんな言葉が返ってきて、胸がキュウっと締め付けられるように苦しくなった。
 嬉しくてたまらない言葉なのに、切なさが込み上げてきて、「シロ……」と名前を呼んだまま何て返したらいいのか分からず口をつぐんでしまう。
 それでも、今きちんと気持ちを伝えておかないと一生後悔するような気がした。
 胸元に埋めていた顔をそっと上げると、シロは愛しそうに目を細めてこちらを見つめており、優しく口元を緩めていた。

 よく見えていないはずなのに、それでもずっとそんな眼差しで私を見てたんだ。
 その事実に胸の奥から愛おしさがあふれだしてきて、瞳からは洪水のように涙が流れてきて、ますます喋れる状態じゃなくなってしまう。


 シロ……私も貴方が好きだよ。
 貴方の事を思うと、胸が苦しくて仕方ないんだ。

 私と貴方は寿命の長さが全然違う。
 貴方にとってほんのわずかな時間でしかない私と過ごす時間のために、そんな身体に無理をして、そんなに嬉しそうな顔で微笑まれたら、同じ時間を生きることが出来ないって分かっているのに、ずっと一緒に居たいと思ってしまうよ。

 大好きな人に先立たれて悲しい気持ちをよく知っているから、貴方にはそんな思いをさせたくないのに。
 この腕の中が心地よすぎて、幸せ過ぎて出れなくなっちゃうよ。

 普段はそんなに長く、その笑顔を見せてくれないくせに、どうして今はいつものように不敵に笑わないの?
 私が貴方のその自然な笑顔に弱いって知ってるのに、それが無意識だっていうなら……ずるいよ、シロ。

 でも、そんな貴方が大好きなんだ。
 好きすぎてどうにかなっちゃいそうなんだよ。


 気持ちを抑える事が出来なくて、私は無意識のうちにシロの首に手を回していた。
 自然と近づいた琥珀色の綺麗な瞳を見つめること数秒。吸い込まれるように引き寄せられて、気がつくとシロの唇に自分のそれを重ねていた。

 言葉で表せない気持ちを余すことなく伝えるように、何度も何度も角度を変えては情熱的なキスを繰り返す。
 深く舌を絡み合わせるうちに、だんだん脳がとろけたようにボーッとしてきて気持ちよくなってくる。
 もうお互い本当は一つだったんじゃないかと錯覚しそうになるくらい感覚が麻痺し、それでも止める事が出来なくて、どれくらいそうしていたのか分からない。

 気がつくと朝になっていて、私はシロに大事に抱きしめられたまま寝ていたようだ。
 唯一覚えていること──それは、シロと交わした最後の口付けはいつものように甘くなくて、涙のせいで少ししょっぱい味がした事だけだった。
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