上 下
23 / 29

「エピローグ タイガーマスク」

しおりを挟む
「エピローグ タイガーマスク」

 12月30日の大晦日、稀世は向日葵寿司の三朗と共に「ハッピーハウス」を訪れた。所長に「昨日は、いろいろとお話を聞かせていただきありがとうございました。加藤さんの取材もひとまず終了です。」とお礼を伝えると、年老いた女性事務員が出てきた。
「あー、安さん、無理言ってごめんなさいね。毎年、晦日には典史君たちが来て餅つきをしてたんだけど、今年は本田先生と典史君があんなことになっちゃったんで、クリスマス会でおしまいかなって子供たちも諦めてたんですよ。
 それが、安さん達にお寿司パーティーしてもらえるなんて典史君からのラストプレゼントね。」
 と稀世をハグで出迎えた。その事務員の後ろに、プリキュアの変身セットを持った女の子がついてきていた。

 事務員が「はい、心亜ここあちゃん、お姉ちゃんにお礼を言うんでしょ。しっかりと自分で言いなさい。」と言い、昨日は稀世の前で照れてしまって少ししか話ができなかった小さな女の子を稀世の前に出した。女の子は少しもじもじしながら
「こんにちは。本田心亜です。今回は、ひいばあちゃんとお兄ちゃんにお痛した悪者をやっつけてくれてありがとうね。ほんとは私がお兄ちゃんからクリスマスにもらったこの変身セットで悪者をやっつけるつもりだったんだけどね。天国のひいばあちゃんとお兄ちゃんに代わって私からお姉ちゃんに感謝状です!」
 といい、「かんしゃじょう わるものをやっつけてくれてありがとう。ほんだここあ」といろんな色の色鉛筆で書かれた賞状に悪者をやっつける稀世の絵が描かれた手作りの感謝状を渡した。

 「心亜ちゃん、昨日も言ったけど、悪者の逮捕は心亜ちゃんの「絵」が決め手だったんだよ。こころちゃんだって一緒に参加してたんだよ。心亜ちゃんが「悪者」が「金髪」で「頬の黒子ほくろ」と「左利き」って絵を残してたからお巡りさんは悪者を逮捕できたんだよ。
 でもね、お姉ちゃんは心亜ちゃんに謝らなきゃいけないことがあるんだ…。まずは、クリスマスイブの日に心亜ちゃんが一生懸命書いた加藤さんの事件現場に飾ってた「絵」を勝手にお姉ちゃんが預かってたの。ごめんね。でも、心亜ちゃんの描いた「絵」で悪者が誰かわかったんだよ。金髪、黒子、左利きをしっかりと描いてくれてたんで、お巡りさんも「こいつが犯人だ!」ってすぐに逮捕できたみたい。心亜ちゃんのおかげだよ。凄いね。きっと加藤さんもひいおばあちゃんも天国で心亜ちゃんに「ありがとう」って言ってると思うよ。」
 稀世が心亜に話しかけると、心亜は稀世に抱きつき泣き出した。
「ひいばあちゃんもお兄ちゃんも安心して天国に行けるよね?大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫。心亜ちゃんのおかげで悪者は捕まったし、ひいおばあちゃんも加藤さんもきっと喜んでるわよ…。」
 とやさしく抱きしめた。

 しばらくの間、二人を事務員と三朗は見守った。建屋の中から「先生―、お寿司まだー?」と子供たちの声が響いた。目頭の涙を人差し指で拭き取った所長はハンカチで心亜の涙を拭き、鼻をかますと
「じゃあ、子供たちもお腹を空かせて待ってますんでちらし寿司の準備をお願いしてよろしいですか?中学生の子は盛り付けや配膳を手伝いますし、小学生、幼稚園の子達は錦糸卵や具材を飾りつけますから。お寿司屋さんのお兄さんは子供たちに指示をお願いしますね。」と二人と心亜を食堂に招き入れた。

 三朗を中心に3歳以上の子供たち全員がちらし寿司づくりを手伝った。稀世も忙しく、中学生たちと吸い物の配膳に走りまわった。
 昼の12時半、向日葵寿司特製の「たけのこと白ごまご飯の稲荷寿司」と具沢山ぐだくさんのちらし寿司と海老の頭で出しをとったお吸い物が施設利用者の子供たちとスタッフに振舞われた。
 「いただきます!」とみんなで手を合わせた後、稀世は食事をしながら所長から本田多恵の遺言状で、財産の半分は心亜に残され、土地の権利と運営費は「ハッピーハウス」に寄付されることになったと聞かされた。
 また、長野の事務所の司法書士が心亜と心亜の母親の青年後見人に既に指定されていたので、ここは加藤がいなくなっても当面なんとかやっていけると聞き安心した。しかし加藤が匿名で寄付を続けていた周りの18件の施設の経営は楽ではないのでマスコミでの「寄付要請」も依頼された。そのリストから加藤が残したノートのメモの暗号が解明された。イニシャルの二文字目に「H」が多かったのは、施設名に「〇〇ハウス」とか「△△ホーム」とつくからだとわかった。右の3つの数字のうち、一番右に「ゼロ」は無く、二番目には「0」があるのは、実父や養父による性的虐待を受けた女の子達の「女性専門児童養護施設」が存在することを聞かされ納得した。
 
 周辺で所長が知っているだけでも18件の施設が「門真のタイガーマスク」から「勝手言いますが、寄付は黙って受け取ってください。照れ屋なもんで、警察やマスコミに言われると寄付が続けられません。」って言われて、ここ数年、加藤からの寄付を受けていたことが語られた。
 加藤からの新1年生のランドセルとクリスマスのプレゼントも今年まで毎年届いていたようである。(あー、坂井さんが言ってたおもちゃ屋のレシートってそういうことやったんや…。)稀世は事件の経緯を遡り思い出した。

 その後、稀世から所長と事務員に坂井からの取り調べの結果と26日に太田が元デビルタイガーの闇バイトと面談し得た情報のうち、加藤が仕切っていた時のデビルタイガーの活動について語った。
 加藤は共立組の浅川から受け取った、地元の真面目な福祉事業者を不当な扱いで苦しめた「個人金主」や「地権者」や地上げの為の嫌がらせに加わった者たちのみをターゲットとし、いわゆる一般人・・・・・・・は含まれていなかったことを説明した。
 「寄付」と勘違いさせるような「融資」をカタに、不当な金利を請求し福祉事業者の経営を圧迫した「個人金融業者」や、不当に賃料を値上げしたり、賃貸契約更新料や保証金の追加等を行った「地主」やそれに協力した「悪徳不動産業者」が不当に得た利益を狙って、加藤はターゲティングをしていた。
 
 闇バイト経験者が言うには、オンラインで話したデビルタイガーからのエピソードで「絶対に住人と出くわしても、危害を加えることは許さん。ナイフ一本凶器は持ち込むな。あくまで俺がお前らに頼むのは「空き巣狙い」であって「強盗」ではないことを忘れるな。やっていいのは、せいぜいガムテープで縛って逃げる時間稼ぎまでだぞ。」と言われたとの証言があった。
「まあ、そんな感じで加藤さんが狙うのは悪者ばかりで、そのあがった金品も自分の為に使われてた様子はないくらい、施設の皆さんに還元してたみたいです。「空き巣」も褒められた話じゃないですけど、そのターゲットは福祉事業者の「敵」ともいえる悪い奴ですから、そこは私達も悪くは書けないですよね…。」
 と稀世は語った。

 最後に、女性職員が加藤と本田多恵の「最後はどうだったの?」と尋ねた。村上と田口が取り調べの中で語った本田多恵宅での事件の顛末が語られた。
「残念ながらやくざからの命令で、「強盗」目的で加藤さんがいることも承知のうえでデビルタイガー幹部の二人は闇バイトを連れて本田さんの家に押し込んだんです。心亜ちゃんもいることまでは知らされて無かったのがせめてもの救いでした。
 本田さんは残念なことですが、寝ているところを一撃だったそうです。苦しむことなく、亡くなられた事だけが救いですね…。その現場に居合わせた心亜ちゃんと加藤さんですが、殺害犯の証言に心亜ちゃんは一言も出てこなかったので、おそらく加藤さんが心亜ちゃんを押し入れに隠したんだと思います。 そんなところにも加藤さんらしさが現れてますよね…。
 加藤さんは、そんな状況にもかかわらず、自分の部下である犯人の二人に自首を勧めたそうです。現場を見た加藤さんは
「俺が警察に連絡をする前にお前ら自身で自首すれば罪も軽くなる。お前らのやったことは「殺人」や。他人の命を奪うことは人として許されることではないが、凶器を持ってここに来ているってことはお前らの意思でなく、誰かの差し金だろ。指名手配を受けてからの自首は減刑にならないが、今なら間に合う。お前らはまだ若い。こんなつまらないことで一生を棒に振るな。すぐ自分で警察に連絡するんや。」
 って説得しようと努力したそうです。二人は加藤さんの説得に応じかかったらしいんですけど、そこに背後に居るやくざからの電話が実行犯にあって、無抵抗で説得をしていた加藤さんに一撃を加えたそうです。」
 しばしの沈黙が流れたのち、女性職員が「やっぱり典史君は典史君ね…。ちっとも変ってなかったのね…。」と呟いた。

 一通り稀世の知る事件の顛末を話した。女性職員はハンカチで目頭を抑えつつ、最後まで聞くと、
「ありがとう。元所長も典史君もあなたたちに真実を調べてもらえてよかったと思うわ。ところで、話は飛ぶけどお二人はずいぶんとお若いけどご夫婦?それとも恋人なの?また、良かったら二人でハッピーハウスにも遊びに来てくれると嬉しいわ。」
 といきなりの質問と要望が語られた。
 不意を突かれた稀世と三朗は「い、いえ、そんなんでは…。」、「はい、僕は安さんのファンで…、そんな恋人だなんて…。」と真っ赤になった。
「わー、赤くなった―!二人はつき合ってるんだー!チューして!チュー!」
 と周りの子供たちに囃し立てられ困った。

 そんな時、2台のキッチンカーが門の前に来た。プップーとクラクションを鳴らし、同じデザインの軽自動車のワンボックス車に頭にバンダナを巻いた若い男女が手を振りながら園内の小さな運動スペースに入ってくると、建物の前に車を並べて止めた。
「園長先生、ごめん。遅くなって!今夜は僕らで皆に焼肉をごちそうするからねー!子供たちも今日はお腹がはちきれるまで美味しい焼き肉を食べてもらうでー!あと、典史のやってた「タイガーマスク」は来年からは僕らが引き継ぐんでよろしくねー!」
「そうそう、典史がやり残したこといっぱいあるねん。私ら、年に一回は集まって「ハッピーハウス」の援助について話し合ってたんですよ。典史はまさかのことになってしもたけど、私らが典史の意思を引き継いでいくからね!」
 と4人の男女が車から降りて来た。車の横には「焼肉みんなハッピー」と書かれている。

 (へー、あれが加藤さんが譲ったっていう移動販売車なんやな。メンバーには女の子も居るんや…みんないい顔してるよなぁ…。)と稀世は思いながら、食堂の奥にあるテレビラックと本棚に目をやると「タイガーマスク」の古いコミック本とDVDボックスが「ハッピーハウス」にもあることに気が付いた。
 
 稀世の目線に気づいた女性職員が稀世にそっと囁いた。
「あの古いマンガとDVDは典史君からの寄付なんよ。うちの子供たちもみんな大好きでタイガーマスクみたいにプロレスごっこなんかしてるのよ。まあ、典史君が実はうちの「伊達直人」とはみんなは知らないんだけどね…。典史君は「僕の理想の大人が「タイガーマスク」であり「伊達直人」ですから、先生も絶対に僕がここに寄付してるっていうことは子供らに言わんとってくださいよ!」ってね。」

 「ふーん、「狂犬」や「デビルタイガー」っていかつい名前で呼ばれてたけど、加藤さんは正義の味方の「やさしい狂犬」で、ほんまもんの子供たちのヒーローの「タイガーマスク」やったんや…。あぁ、加藤さんの残した種がこうして花をつけてボランティアの連鎖が「タイガーマスク」の名を引き継いで続いていくんやね…。素敵な事やな…。私も少しは力になれるかな…?ニコニコプロレスの仲間と慰問訪問でもしたら子供らは喜んでくれるやろか…?」と稀世の心の中の声が無意識のうちにぽそっと口から洩れると、それに気づいた三朗が稀世の目をまっすぐに見て優しい笑顔で囁いた。
「さすが記者の安さんらしい、綺麗なまとめ方ですね。僕の街の商店街でも食事で大変な思いしてる子供たちがいますんで、「こども食堂」の活動も広げていきたいと思ってます…。安さんも良かったらお知恵やお力を貸してくださいね。」

 (げろげろ、今の心の中の声、口に出してしもてたんや。きゃー、恥ずかしい!でも、長井さんと一緒やったらこれからもボランティアしても楽しいかもね…。ニコニコ商店街のこども食堂のお手伝いしてるって言ってたから、私も参加してみようかな。「大きなことはできないけれど、小さいことからコツコツと」ってやつね…。)少し頬を赤らめて稀世は笑顔を三朗に向け
「せやね。今度、長井さんのやってるこども食堂のお手伝いに行かせてもらおうかな?これからよろしくね。」
 と囁いた。
「こちらこそよろしくお願いします。安さんが来てくれはったら、うちの子供たちも喜ぶと思いますよ。」
 と三朗は稀世に笑顔を返した。
「あー、見つめ合ってるー!やっぱり二人は恋人なんとちゃうのー!チューして、チュー!」
 周りの子供たちが再び稀世と三朗を囃し立てた。
                                  
 おしまい                  

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

自作自演が上手くいかない会計君の話

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

竜頭

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:17

頼光伝XXVIII 堯天

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...