あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

M‐赤井翼

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『あなたならどう生きますか?~両想いを確認した直後に「余命半年」の宣告を受けました~』

1-22「セカンドオピニオン」

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「セカンドオピニオン」
 まりあは、カウンターから、バックヤードに入り、階段の下から、稀世に声をかけた。
「遅なってごめんな。上がってええか?」
「はーい。今、片付け中ですけど。」
と二階から稀世の返事があった。まりあは、三朗に向き直し、
「サブちゃん、昨晩は、ほんまにありがとう。今から、しばらくふたりで話させてな。さっきメールしたけど、午前中に私の知ってる医者の所にセカンドオピニオン聞きに連れて行くつもりやねん。
 あと、こんな時に、業務的な話から入らなあかんのつらいねんけど、稀世の予定してたマッチの組み換えや、状況によっては取り消しせなあかん場合もあるから…。なんやかんやで、稀世は、うちのメインレスラーやからな。仮に、大きい声出すことになっても、私らだけで話させて。
 サブちゃんは、自分の仕事に集中してな。気を散らして、ええ加減な仕事せんようにしてな。今から、仕込みの間は、稀世の事は忘れて仕事に集中してな。じゃあ、上がらせてもらうわな。」
と言い残し、まりあは階段を上がっていった。
「こらぁ、稀世、昨晩、過ちは無かったやろなぁ!そっから聞こか。」

 まりあが二階に上がり、一階の残された三朗は、両手でほっぺたをバシバシっっとたたき、気合を入れ直し、米を研ぐための大きなボウルを台下から取り出した。五合炊きの五台の業務用炊飯ジャーに洗ったコメを炊飯釜に入れ、蒸留水を注ぎ、キッチンタイマーをセットした。
 ちょうど、魚の卸業者が来て、注文の魚以外に、今日のお勧めを持ってきたというので、その説明をメモに取った。初めて取り扱う魚もあったので、意識を仕事に集中することができた。厨房に戻ると、魚の仕込みに入った。氷塩水につけるものを先に処理し、昼のランチで出す魚の準備に入った。魚をさばき、穴あきのバットにキッチンペーパーを引き、柵を並べた。布巾を掛けては、台下冷蔵庫にしまっていった。
 キッチンタイマーが鳴ったので、炊飯器のスイッチを入れた。続いて大鍋に蒸水を入れ強火でガス台にかけた。夜用のマグロ赤身とサバの漬けを仕込み、鯛の昆布締めを準備した。大鍋の湯が沸いたので、火を少し弱め、鰹節を片手二杯振り入れ、一番出汁を取った。味見をして、いつもと同じ味であることを確認した。続いて、卵焼きを作り、今日使う海苔をカットした。
 
 ポッポー。鳩時計が鳴った。七時五十五分だった。その時、二階から、まりあの大きな声が響いた。
「何言うてんねや!立って、歯食いしばれ!」
すぐさま、「バシッ!」っという音が耳に入った。いてもたってもいられず、三朗は、階段下から
「いったい何があったんですか?」
と声をかけると、二階から、
「サブちゃんは、自分の仕事に集中して。こっちの話やから、気にせんとって。」
とまりあの声が聞こえた。

 二階が気になり、三朗の手が止まった。その瞬間、突然引き戸が開かれた。
「こらっ、三朗、何、腑抜けた顔して包丁握ってんねん。先代がおったら、蹴り入れられてもおかしない顔してんぞ。」
とニコニコ商店街会長の菅野直かんのなおが立っていた。七十歳にして元気はつらつ。毎週、市立体育館の道場で、子供達に合気道を教えている商店街の中の電気屋のおばちゃんだ。早くに夫を亡くし、女だてらに電気屋を切り盛りし、元来の面倒見の良さから、ここ三十年間、商店街の会長を務め「おんな黄門様」とか「おんな次郎長親分」と呼ばれている。三朗も赤ん坊時代には、おむつの世話をしてもらった間柄であり、頭が上がらない人のひとりである。
「な、なんですか、直さん。まだ朝八時前ですよ。」
「あほ、もう八時やろが。年よりの朝は早いねん。昨晩、広義と徹三が昨日の会議の議事録、持って来よったが、余りに中身が薄すぎて、説教してやったんや。三朗は来いへんかったから、今、わし自ら来てやったっちゅう訳や。」

 すごい勢いで直は三朗を詰めまくった。三朗はやっとのことで一言だけ返した。
「すいません。三人でいろいろ考えたんやけど、これといって思い浮かばんで。」
「しょうもない言い訳すんな。三人でビール飲んでだべってただけやって、分かってんねんぞ。三朗は、青年部部長なんやからしっかりせえ。今日の昼に食べに来てやるから、もう少し頭使って、なんか考えとけよ。わかったな。」
「は、はい。」
突然の雷雨のように、言いたいことだけ言って、直は帰っていった。(わぁ、広君とがんちゃんもあの勢いで言われたんやろか?昨日、任せっきりで、悪いことしたなぁ。後で謝りのライン入れとこ。)三朗は、昨日、直に詰められたであろう、広義と徹三に心の中で詫びた。

 おしぼりの準備、割箸の袋入れ、醤油さしの補充、テーブルとカウンターの消毒と拭き取り、店内と表の掃除が終わり、中に入るとポッポーと時計が鳴った。(それにしても稀世さんとまりあさん、どうなってんねやろか?さっきの「バシッ」ちゅう音って、絶対平手打ちの音やったよな。どうしよ、何気なしに二階に上がるか?「用事あるんで」って嘘ついて二階に上がるか?うーん、どっちにしてもうまくいけへん気がするなあ。)と苦悩していると、階段から足音がしてきた。ひとりじゃない。ふたり分の足音だった。

 まりあが前、後ろにうつむいた稀世がいた。稀世は、私服に着替えていた。左頬が赤く腫れてる。(やっぱり、平手打ちやったんや。)三朗が意を決して聞いた。
「お話、終わらはったんですか?」
「うん、サブちゃん、稀世を私の知ってる病院に連れて行ってくるから、昨日、病院でもらった紹介状と検査のデータ入ってるディスク貸してもらえるかな?」
「ちょっと、待ってくださいね。」
三朗は、カウンターの奥のテーブルから、病院で預かったA4の封筒を持ってきて、中のディスクと紹介状の小封筒が入っているのを確認した。
「はい、これで全部です。」
とまりあに渡した。
「ありがとう。今から、私の車で行って、昼過ぎになると思うけど、サブちゃんとこでお昼ごちそうになるつもりやから、お願いね。店に戻れる時間読めたら、メール入れるから、しっかり仕事してて。」
稀世は、三朗の方を見ることもせず、ずっと斜め下を見ている。
「じゃあ、行ってくるわ。」
「はい、行ってらっしゃい。お昼、「特上」用意して待ってますからね。」
と見送った。

 十一時にランチタイムの営業を開始し、暖簾を出した。携帯を見たが、まりあからのメールの着信は無かった。(さあ、気合入れて、稀世さんとまりあさんのふたりが戻って来はんのを待つか…。)
「若大将、おはよう。お昼のランチちょうだい。」
「はいよ、毎度ありがとうございまーす。ランチ一丁、いただきましたー。まずは、あがりでーす。」
いつものランチタイムがいつものように始まった。
 ポッポー。十二時五十五分。一時の忙しさが、落ち着き、店内の客も三人を残すだけとなった。バックヤードで洗い物をする前に、携帯を見てみると、まりあからのメールが三十分ほど前に入っていた。「一時過ぎには、戻ります。詳しくは、その時に。上握り二人前をふたつお願いします。」とあった。冷蔵庫を開けて、夜の「特上」用のネタを確認した。「サブちゃん、ごちそうさーん。ふたり分、二千円、席に置いとくでー。」商店街の常連さんの声がした。
「毎度ありがとうございまーす。またのご来店お待ちしてまーす。」
カウンターに顔を出し、声をかけた。
「大将、こっちもごちそうさん。おいしかったわ。ありがとねー。千円置いておくよー。」
「ありがとうございましたー。またのご来店お待ちしてまーす。」

 とりあえず、店内は空になった。もうすぐ、稀世とまりあが帰ってくるので、他の客がいない方がいいだろうと思い、ちょっと早いとは思ったが、暖簾をしまうことにした。皿を先に流しに出し、テーブルを拭き、暖簾を下げようとしたところ、ちょうど、ふたりが帰ってきた。
「お帰りなさい。すぐ準備しますので、中のテーブル席にかけててください。」
暖簾を肩にかけ、ふたりを店内に招き入れ、暖簾を店の奥に立てかけた。
「二人前ずつでよかったですよね。あがり、すぐお持ちしますんで。」
「ありがという、サブちゃん、ビール二本出してくれる。」
「えっ、まりあさん、車でしょ?」
「後で、夏子に迎えに来させるから。ちょっと、飲まずにいられない気分なんで、先にお願いするわ。」

 三朗は、セカンドオピニオンも良い結果でなかったことを察した。(あぁ、よもやの奇跡を期待したけど、あかんかったんか。ふたりとも辛いやろなぁ…。)
「はい、ビール二本いただきましたー。ありがとうございまーす。」
努めて明るく振舞い、お盆にビール二本と冷えたグラスふたつと突き出しのあぶった海苔ともろみ味噌の小皿を載せて、ふたりの座るテーブルに配膳した。
「お疲れさまでした。お寿司、すぐ握りますので、五分ほど、お待ちくださいね。」
「ありがとう。急がんでええよ。用意終わったら、サブちゃんも一緒に、ええかな?」
まりあがグラスにビールを注ぎながら言った。稀世は、黙って下を見続けている。
「は、はい。」


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