『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「悪徳ホストに騙された多額の借金から逃げて来た万朶野さくら」

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「悪徳ホストに騙された多額の借金から逃げて来た万朶野さくら」

 会議は一旦中断し、稀世は席を外させてもらった。幸の元に、「準幸結婚パートナー紹介システムズ」の先輩ADであると同時に、門真市のよろずコンサルタントの補助者でもある金城司法書士事務所の「副島大そえじままさる」から電話があり、ホストでの「つけ」が溜まりすぎ、厳しい追い込みをかけられている23歳のOL「万朶野ばんだのさくら」を実質的に「保護」して欲しいという事だった。
 さくらの通っていた店はいわゆる「悪質ホスト」だったようで、2度ほど店で昏睡状態になってしまったことがあり、その日の飲み代は両日とも300万円を超え、トータルで700万円以上の請求を受けている。経営主体は外国マフィアのようで、ホストが未回収債権を背景にいる「ややこしいところ・・・・・・・・」に売り払うと、「性風俗店」や「アダルトビデオ出演」等の代位弁済を求めてくる可能性が高いという。
 常識の通じない連中であるため、「債務不存在の申し立て」の法的手段を取るよりも手っ取り早く「自己破産手続き」をとるまでの間、身を隠す意味と破産手続きにより、クレジットカードや将来的な信販、ローンが通らなくなることを考えると、「結婚して「姓」を変える」という「裏技」に対しても理解を示しているという。

 「もう、男に騙されるのはこりごり。素朴でピュアな人だったら結婚するのはアリよね。」と大阪での婚活よりも新天地で新たな出会いを求める考えを持っているとの事だった。預貯金は皆無なのと職場に何度も取り立てに来られたことで解雇予告が出ているので「アグリ神標津」で「食事」と「まくら宿泊」だけ準備してくれれば仕事はさせて良いという条件だったので稀世は素直に受け入れた。
 幸から見せられた「釣書」に張られた写真を見る限り、表情は暗いが金髪ショートカットでスレンダーなさくらはボーイッシュな雰囲気はあるが見ようによってはかなりの美人なのと23歳という年齢は「アグリ神標津」男性メンバーの全員に対象になるので「やる気」を刺激する為にも効果があると考え、稀世は幸に言った。
「私はオッケーや。直さんと一郎さんには私から言うておくから早速手配したって。最短、明日の釧路着やったら、その送迎まで幸ちゃんがやってくれたら助かるわ。後は私が直さん達と面倒を見るから任せといて。」

 幸はスマホで明日の関空発釧路着の航空チケットに空きがある事を確認するとさくらに電話を入れた。さくらから即「OKです!」の返事をもらい、明日の午後の便で到着することとなった。
 稀世は「準幸結婚パートナーズ紹介システムズ」から送ってこられたさくらの写真を転送してもらうと、宴会場に戻り明日から新たな女性メンバーが村にやってくることを伝え、幸からの写真をスマホで見せた。
「へー、なかなかのかわいこちゃんじゃな。23歳っていうのも人生の転機にはいい年頃じゃな。まあ、本人が口にするまではこちらから言うのは厳禁じゃが悪いホストにだまされてって事みたいじゃで、お前らはしばらくの間、「ガツガツ」行くなよ。自然に頑張ってる姿を見せつつ、温かく見守ってやるようにするんじゃぞ。
 副島さんが段取りしてるなら、取り立てに対する緊急避難という事で「自己破産申請中」、本来は認められない転居や長期の旅行も裁判所の許可は取ってくるじゃろ。いずれにしても、破産申請が受理されて債務整理が始まるまでの約「ひと月」はここに居る事になるはずじゃ。ゆっくりと彼女の心の傷を癒して、できればこの村に残ってもらえるよう頑張るんじゃぞ!カラカラカラ。」
直が茶化しながら青年部の4人に注意した。すると典史が稀世のスマホを覗き込んで蚊の鳴くような声で呟いた。
「がおっ、「桜花ちゃん」に似ててめっちゃ「好み」や…。でも、借金まみれの俺じゃどうしようもないな…。」
 その声をしっかりと聞き留めた稀世はある事を考え、皆に尋ねた。
「あのさ、ひとつ聞きたいことがあるんやけど、みんなの家の風呂とトイレってどないなってんのかな?」

 翌日、朝から稀世は、メールで引き合いが来た見込み客先に丁寧な電話を入れ、打ち合わせに入った。各事業者のニーズを拾い上げ、原材料、半加工品、加工品での「食品企画書」と一般的に呼ばれる「標準商品企画書」の作成に入った。
 「食品企画書作成」は三朗が「足寄農協」、「JAさっぽろ」で経験があり、ひな形を用意してくれていたので、まりあに手伝ってもらい、基本となる「ジャージー牛精肉」を各部位ごとに作成し、「半加工品」、「加工品」は3種の「ローストビーフ」で仮作成した。
 引き合いをもらった東京と大阪の2店のレストランでは「精肉」サンプルを送り、各レストランのシェフが作った試作品のレシピをアグリ神標津で再現できれば、真空パックでネット通販や業販卸も検討してもらえることとなっている。

 チーズとバターの引き合い先は、大阪のパティスリーと業務用食材卸の中堅商社だった。パティスリーは「オリジナルブランド」でのOEM提供の提案に乗ってくれ、商社は「監修」、「製造」で「有名店」の名をうたいたいというニーズがあった。ホルスタイン種の生乳より圧倒的に高い乳脂肪分のジャージー牛の生乳をあえて自動機を使わず手動機械を使い「手作り」を売りにする案が受け入れられ、アグリ神標津メンバーを出向社員扱いとし店舗の「自家製手作りバター」および「チーズ」とする事や、飲用牛乳と違い脂肪の球を均一化する圧力工程の「ホモジナイズ」を行わない「ノンホモ牛乳」を「売り・・」にするために、「低温殺菌のパスチャライズド牛乳」の使用が指定された。

 また、パティシエから「天然生クリームも作れるのかな?」と質問がでた。「ん?「天然」って何ですか?普通のホイップクリームと違うんですか?」とパティシエの言葉が理解できなかった稀世に代わり、まりあが電話対応を代わってくれた。
「ノンホモ牛乳を冷蔵保管して、低脂肪乳と分離して浮いたクリームだけでいいという事ですよね。何パーセントくらいのものを希望されますか?一応、18%から47%までは単純に可能ですけど、それ以上を望まれますか?」
 パティシエはまりあと数回質疑を交わし、2リットルの角ペットボトル対応が可能なことを知ると希望卸単価が伝えられ、即試作サンプルを求められた。
「製品を確認したら、即、購入しますので製品仕様書と正式な見積りを送ってください。」
その返事でまりあは大喜びで「ありがとうございます。早速手配させていただきます。」と電話を切ると稀世に抱き着いた。
「きゃー、稀世ちゃん、凄いよー!冷蔵庫で生乳を寝かせて上澄み液クリームを送るだけで、今の生乳納品単価の4倍以上だよー!これならクール便送料を抜いても余裕で利益が上がるよ!もう、稀世ちゃんが神標津に降臨した女神に見えて来たわ!」
 興奮気味に話すまりあは「アグリ神標津」のグループラインに「初売りの見込みがでましたー!」と送ったが、諫めるように稀世は言った。

 「まりあさん、ぬか喜びはやめときましょう。今の4件はあくまでその店の「」で売り出すつもりやからね。今の時点では、そのどれもが「アグリ神標津」の名目ではセールバリューは「無い」という判断がなされてるって事ですから。まだ、スタート地点に立ったってだけですよ…。」
 稀世のシビアな意見にまりあは落ち込んだが、稀世は「そんなの当然中の当然!思いっきり想定内ですよ。」とまりあを励ました。
 4件に向けた資料を揃え、先行でメールを入れると、一郎と直と那依が笑顔でやってきた。まりあは申し訳なさそうに「現実」を話したが、直は一通りの説明を受けた後、力強く言い切った。
「細かいことは何でもいい。JA以外に直接「商材」を卸せるっていう事案が発生したことが大切なんじゃ。この村、始まって以来の対業者へ「BtoB」の「直販」じゃないか。この実績を基に、みんなでコツコツ営業をかけていけばいい。まだ、プロジェクトが始まって3日じゃろ!
 生肉と生クリームは今の設備でそのまま出荷できるって事は、単純に新規売り上げになる訳じゃ。ここは、みんなで喜んでいいじゃろ。稀世ちゃんの「元顧客リスト」を基に、明日から個別提案のメールや電話で営業をかけていくぞ!」
 直の横で一郎と那依も笑顔で頷いていた

 そこに、幸が大きなスーツケースを引いた黒いノースリーブのワンピース姿の「万朶野さくら」を連れて帰って来た。盛り上がっている4人に「何かいいことあったんですか?」と幸が尋ねると、直は後ろに俯いて立つさくらの顔を見るなり声を大にして言った。
「まあな。OLやってたっていう新人の「さくらちゃん」にやってもらう仕事が今、決まったところじゃい!さくらちゃん、お客さん扱いは今日一日だけじゃ。明日からは「新戦力」として力を貸してもらう事になるで。」
 さくらは何が起こっているのかわからずキョトンとしていた。

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