【完結】『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「3週間後」

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「3週間後」

 稀世が神標津村に来て初めての8月を迎えた。昨年よりは少し「まし・・」と皆いうものの、毎日30度近くまで上がる最高気温に乳牛たちは放牧に出しても2時間ほどで日陰を求めて畜舎に戻ってくるようになっていた。健司は年間を通じて水温が10度前後の地下水を畜舎内のドラム缶に汲み上げ、そこに朝一と、午後の作業が始まる前にプレハブ冷凍庫で水を凍らせた一斗缶3缶を放り込み5度程の冷水を作り、ポンプで汲み上げ亜鉛メッキ鋼板の波板を4段に渡り流し落とすトタン板に送風機で風を当てるシステムを原価2万円程で組み上げた。そのシステムは多くのアグリ神標津の準会員、賛助会員の畜舎にも設置していた。表面冷却ラジエーターとして冷水を流したトタン板は各畜舎を25度程度に冷やし続けた。
 冷凍の一斗缶を岡山兄弟が軽トラックで巡回配達し、中の氷の溶けた一斗缶を回収してきて再びプレハブ冷凍庫に放り込むルーチンで運営される簡易冷房システムで、乳牛たちは夏バテすることなく、今年の神標津農協の搾乳量は昨年の1.2倍を記録している。

 農協買取量を超えたものについては、今まで廃棄していたものをアグリ神標津が同額で買い取るサービスを始めたため各酪農家の収入も増加している。また、各酪農家で生まれた牡牛も同様に今まで安価で精肉業者に卸していたものをアグリ神標津で1割増しの金額で買い取り、法人で飼育している。
 2か月までの子牛の哺育は夏子と陽菜を筆頭にガイルと娘の凛と蘭が直の家の子牛用の畜舎で行うルーチンワークになっている。哺育が終わると子牛は裏の牧草地に放し、2番草を食べさせるそんな毎日が続いている。

 飼育頭数が増えたため、高齢者農協組合員にパート代を支払い手伝いに来てもらい交流の輪も広がりつつある。高齢者はアグリ神標津の若い女性スタッフとのおしゃべりやお茶を楽しみにしてパート人数はどんどん増えている。
 夏休みの間は全国の農業大学や農学部、酪農学部の学生も組合員から借り受けた空き家を利用したシェアハウスで共同生活をしながら、ワーキングホリデーのような雰囲気で毎週末のバーベキューイベントや乳搾りやスイーツ作り体験で和気あいあいと楽しんでいる。心亜もすっかりみんなに馴染み、いろんな現場に顔を出しては武雄をかわいがってもらっている。

 今日は直に武雄を預かってもらっている間に、稀世をリーダー、サブリーダーを祥にしたグループでさくら、唯、葵、多世と営業先への8月の新商品、在庫状況などの案内をメールで送る作業に心亜も参加している。
 その作業中に心亜のスマホが鳴った。着信は「穴吹聖」となっていた。
「もしもし、本田さん?「ミード酒」の方はぼちぼちアルコール度数は上がってるかな?「町田メロン」の工事段取りがついたんで5日後に寄らせてもらおうと思ってます。突然だけどテレビ局の取材スタッフも同行させてもらいたいんだけど西沢社長の許可を取ってもらえるかな?アグリ神標津さんの宣伝にもなるだろうからね。」
とスピーカーホンから穴吹の声が響くと直が心亜のスマホを受け取り、即決の返事をした。
「穴吹さん、2週間のご無沙汰じゃな。菅野じゃ。ミード酒は、今の糖度が2本とも13度じゃで、アルコール度にすると12度と7度っていうところかのう。ここ数日、2日で1度ずつ糖度が下がっとるから醸造が進んでるんじゃろ。5日後じゃったらいい感じになっとるんと違うかのぉ。うちは穴吹さんもテレビ局もいつでもウエルカムじゃで人数だけ決まったら教えてくれな。」

 8月7日、3週間ぶりに神標津を訪れた穴吹と上坊は約10名のテレビスタッフを引き連れての再登場となった。3台のカメラを見た夏子と陽菜はしっかりと化粧を決め、一張羅のブラウスとスカートに着替えて満を持して臨んだが、「農村ここのイメージに合わないので、すみませんがそこのショートカットとポニーテールの女の子はカメラに入らないようにしてもらえますか。」とディレクターに注意され、いつものTシャツとデニムのオーバーオールに着替え直した。
 到着と同時に取材は始まった。取材中に「町田メロン」のスタッフも到着したのでそちらは一郎と広志とさくらが対応した。

 最初にカメラを止めての「ミード酒」チェックが行われた。糖度25度の蜂蜜水溶液はキャップを開けると「ぷしゅっ」という音と共に若干のイースト菌臭が噴き出した。上坊が持ち込んだアルコール濃度計で測定すると14度を示していた。糖度20度の方はアルコール9度を示していた。
 事前に用意してもらっていた60度に設定した大鍋に2本のペットボトルを入れると上坊はまりあに「30分経ったら取り出して、氷水に浸して粗熱を取ったら冷蔵庫に入れてくださいね。今晩は皆で「ミード酒」を楽しみましょう。」と作業手順を伝えた。

 その後、穴吹と上坊は稀世をガイドにして、畜舎、冷凍冷蔵舎、水耕栽培舎を順に回った。勝手知ったるテレビの世界を思い出しながらカメラの前で稀世はアグリ神標津を少しでも魅力的に伝わるようにレポートした。一通りの施設取材が終わると1台のカメラはADアシスタントディレクターと音声担当1人を連れて広志の家に向かい「町田メロン」の設備設置工事の取材に向かった。
 ディレクターと穴吹、上坊は打ち合わせを行うと「プレハブ冷蔵庫」の牛肉貯蔵庫でのインタビューという事になった。パティシエコートとシェフ帽とコックスーツに着替えた2人はシャツの下に使い捨てカイロを忍ばせ、牛肉の熟成棚をバックにインタビュー撮影が始まった。

 そこにまさか冷蔵庫内で撮影をしているとは思っていなかった晶と靖が「バッカン・・・・」を持ってローストビーフ用の肉を取りに入って来た。インタビューは中止され、ディレクターは「すみません、あと10分程でここでの撮影は終わりますので…。」と晶に詫びると同時に「あれ?立花晶シェフですよね?こんなところに居られたんですか。あとで、立花さんも取材に応じてもらえませんか?」と晶の事を知るディレクターが申し出た。
 「ダメです。それは困ります。立花さんへの取材はご遠慮ください。」と晶とディレクターの間に割って入った靖をテレビ局のスタッフが引きはがした。ひと悶着あったが、そこに戻って来た広志がテレビ局側の事情を聴き、「晶さん、アグリ神標津の為に一肌脱いでやってもらえませんか。まもなく来る秋に備えて新たに稼働する野菜工場や新商品の後押しにもなりますのでご協力お願いします。」と頭を下げられると断りようは無く、晶は了承せざるを得なかったのを見て靖は(しまった…。社長には「晶さんの事情」を根回しするのを忘れてた…。まあ、一郎さんと直さんから晶さんの映像は使わないように言ってもらえばいいか。)と思ったが、その場で言わなかったことを靖は夜に後悔する事になる。

 その後、取材はアグリ神標津スタッフにも及び、晶を筆頭に、皆、カメラの前で5分程度のインタビューを受けて、取材場所はいつもの宴会場に移った。上坊の店のオリジナルラベルのワインボトルに詰め直された8本のミード酒が最初に食前酒として提供された。
料理は事前に上坊から要望があり、晶が仕込んだ「すね肉とテールの煮込み」料理以外は上坊が事前にクール便で送って来たものが厨房でコース料理に再調理され、アグリ神標津で作った生野菜のサラダと穴吹が作ったスイーツが添えられた。
 初めて飲む良く冷やした2種類のアルコール度数の「ミード酒」は女性陣に大好評だった。
「わー、この9パーセントの方はすっきりとして飲みやすいね。」、「いや、私はこっちのフルボディーの方が飲みごたえがあっていいわ。」、「白ワインともロゼワインとも日本酒とも違う新しい味よね。」、「うん、「ミード酒」って言われたら「ピン」とこないけど「はちみつ酒」って言うと良いかもね。」と思い思いに意見を交わすアグリ神標津の女性メンバーをカメラは追いながら、食事会は進んだ。市販されている他の「ミード酒」との飲み比べも行われ、いろんな意見が上がった。

上坊がマイクを持ち、「今日までいろいろと考えて来たんですけど、菅野さんの裏山の「蝦夷竜胆えぞりんどう」の花蜜を使い、現在では国内では他に例を見ない「ワイン酵母」を使った「ミード酒」を作ろうと思います。神標津の「蝦夷竜胆」の蜜を使った「神標津ハニーワイン」!いかがでしょうか?
十勝ワイン、紫蘇焼酎、ミルク酒に負けない「神標津の新特産品」としてこの村で酒造りにチャレンジしてみようと思いますのでどうかご協力ください。」
とテレビ番組向けのパフォーマンスを行った。

 カメラが止まると、上坊の知り合いで現在休眠中の造り酒屋の知り合いがいて、その会社を「M&A会社買収」した形を取り免許所持者に売り上げの3%を免許使用料として支払う条件で話は付いているという。実際に「杜氏」を必要とする工程は殆ど無く、醸造用の樽と瓶詰キットだけこちらに送ってもらい、地元税務署に酒造の届出をすれば50万円ほどの出費でこの秋にも販売が可能になるという。
 その50万円も穴吹と上坊が負担するという事なので何の不満もなかった。今年は、準備不足から多くの蜜は取れないのでアルコール度数5パーセントのライトワインも含めて今年は「150本限定販売」を売りにして上坊の店でもプロモーションをかけて付加価値をつける事を約束してくれた。
 「蝦夷竜胆のハニーワイン」がヒットすれば、近隣でとれる「アカシア」、「クローバー」、「そば」、「トチノキ」など北海道産の蜂蜜でワインを作る事も上坊と穴吹は考えていた。まずは「神標津ハニーワイン」のブランド化の為に「11月販売を目指して動きます。来年は1500本作って新たな神標津の名物に育てていきましょう!」と宣言した。

 引き続き、最後のデザートが提供されると穴吹からの「町田メロン」の話となった。穴吹が持ち込んだ水耕栽培で作られたマスクメロンの糖度はやや低めだが瑞々しく、上坊の作ったジャージー牛の塩漬けハムの薄切りと併せた「生ハムメロン」は「プロシュートの生ハム」より「コク」が感じられる濃厚な味とのバランスに皆が舌鼓を打った。
 会がお開きとなる前に、プロデューサーの電話が鳴った。席を外し、3分後に戻ってくると「親族に不幸がありました。取材途中ですが、「本家」なもんで戻らざるを得ません。後は「AD」に任せますので失礼して中座させてもらいます。」というディレクターに「晶の事」を話そうと立ち上がったが、飛行機の時間を考えると話をする時間は取ってもらえず「ADに伝えておいてくれれば後で対処します。」とだけ言い残し、スタッフの運転する車で羽田行の最終便に間に合うよう千歳乗り継ぎの予定で帰っていってしまった。
 宴会場に戻ると、テレビ局のADは夏子と陽菜に「私らもテレビに映るようにしてや!」、「まあ、美女2人が酌したってるんやから飲め飲めー!」とエンドレスの酌でベロベロにされていた。
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