『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「粋華と上坊」

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「粋華と上坊」

 この年の神標津は9月末から一気に秋の風景に変わった。牧草地は2番草がしっかりと成長し典史と龍二は栽培委託をした農協会員の牧草地を毎日訪れ、刈り取りに汗を流している。
 冬場の牛の餌として、牧草のサイネージに混ぜ込むデントコーンも作付け面積を5倍以上に増やした事と、酒造工房から譲ってもらってきている精米時の米粉と酒粕も大量にプレハブ冷蔵庫に保管されているので、この冬も栄養価の高い給餌で搾乳量が落ち込むことなくジャージー乳は増産できる予定で、好調な天然生クリーム、バター、チーズの乳製品の売り上げ増加にも対応できる見込みである。
 
 昨年から産後すぐに「潰さず・・・」、肉用に飼育するようになった牡牛たちも、東京の上坊から「うちの店で仔牛メニューを取り入れようと思うんで1歳の牡牛を卸して欲しいです。もちろん「神標津牛」ブランドとして扱いますからね。」と納品希望が来ていたので、仔牛肉の出荷も始まっている。
 上坊が言うには仔牛肉は、一般的な牛肉より肉質が緻密で脂肪分が少なく柔らかなため、熟成期間を多くとる必要がない為、明るいピンク色の新鮮感のイメージが良いという。いわゆる「牛臭さ」が少なく、フランスやイタリア等のヨーロッパ諸国では普通の牛肉より高級食材とされている。
 カウンター席の鉄板で客の目の前で焼くスタイルの上坊の店では、ソムリエが事前に客にワインの説明をして試飲させるように、肉を見せてソテーするパフォーマンスを取り入れるつもりだという背景に粋華のアドバイスがあった事は知られていない。

 直の家の裏山では蝦夷竜胆が例年以上に開花し、初の蜜蜂の巣の設置による成果は予定の2倍の20キロを収穫することができた事を上坊に報告を入れると、上坊の店のスタッフの実家が造り酒屋で杜氏をやっていたが数年前に実質的に廃業した酒造免許を持つ法人を安価で売ってくれるという話をまとめてくれていた。
「じゃあ、来週には機材とその杜氏経験のあるスタッフと一緒にそっちに行くからよろしくね。あと「蝦夷竜胆」の根も分けてもらえると助かるよ。2、3日そっちで回るところがあるから、粋華ちゃんの予定を開けておいてくださいね。」
と頼まれた稀世は、(そういえば、粋華ちゃんの話やと、上坊さんは「男」も「女」もいける・・・バイセクシャルって言うてたもんな。「男なんか要らん!」って言うてた粋華ちゃんもすっかり「女」として目覚めて「まんざら」でもなさそうやし、東京進出の件も併せてここは頑張って後押ししたるか!)とあれこれと練った策を頭の中で整理した。

 予定通りに上坊が杜氏経験者を連れてきた。水耕栽培工場の一角にすでに届いていた40リットルのキャスター付きのステンレス製の樽が11基並べられている。それ以外、大量の空のワインボトルとコルク栓、シュリンプキャップと打栓機、ボトルの洗浄機と秤と蜂蜜の名称が書かれた一斗缶が並べられていた。
 ステンレスの樽の最初の3基には「テプラ」で「エゾリンドウ 25%」、「エゾリンドウ 20%」、「エゾリンドウ 15%」と貼り付けられており、残りの8基には「シナ(菩提樹)」、「トチ」、「アカシア」、「レンゲ」の4種の蜂蜜の名と「25%」、「20%」のシールが貼られている。

 杜氏経験のあるスタッフは、女性スタッフを集め、糖度計の使い方から説明を始めた。デジタル式と光学式の糖度計をクロスチェックで行う事が推奨された。最初に蜂蜜の入っている一斗缶に菜箸を差し込むと糖度計の測定部に1滴落とした。5種類の蜂蜜は73度から78度を示していた。
 蜂蜜の比重は約1.4である事を説明し、各々が25度、20度、15度になるように希釈する計算式がホワイトボードに書き込まれた。「まずは練習してみましょう。」蜂蜜を缶から秤にのせられた樽に12キロ投入し、25度になるように地下水から作った蒸留水で希釈しながら、上坊と3種のワイン酵母から試作をして選択したという「ワイン酵母」を投入するとゆっくりと攪拌して見せた。
 続いて20度の希釈水溶液を作る為の樽が準備され、8キロの蜂蜜を計量し、同様に希釈しながら酵母を入れると緊張した面持ちのスタッフにやさしく声をかけた。
「はい、次は皆さんでやってみましょう。杜氏の私がこんなことを言っちゃいけないんですけど、水の量が1リットルや2リットル間違えてもミード酒は出来上がっちゃいます。ここは、雑菌が入るリスクも少ないので糖度測定の時以外は蓋をしておけば仕上がりまで攪拌の必要もありません。気楽に作っていきましょう。」

 那依とまりあを先頭に、上坊が十勝の養蜂場で購入してきた4種の北海道産の蜂蜜の仕込みが終わり、2種類の糖度計で各々がほぼ25度、20度になっている事を確認した。
「さて、最後の「蝦夷竜胆」の蜂蜜だけは「代替品」はありませんので僕が作って見せますね。今後の仕込みの為に、道がマニュアルを残しておきたいのでビデオを回しておいてくださいね。」
 粋華がビデオカメラを回す前で、手際よく15度から25度までの3種の水溶液を作ると、11個の樽を部屋の壁際に並べて行った。水耕栽培舎は気温25度で設定されているので約2週間で6%から15%のハニーワインが仕上がり、ヒーターで約60度の温度まで火入れ殺菌を行うと、蜂蜜内の水溶性タンパク質がおりとして底に溜まるので、上澄みを90%で吸い出し、ボトリングをするとの事だった。もちろん、澱の溜まった最下部のハニーワインは、赤ワインの澱と違い見た目はともかく湯煎の結果「固形化したタンパク質」でコラーゲンが含まれるため「限定3から5本」の「濁り酒」として最後の1滴までボトル詰めするという。
「一樽、30リットルから36リットルって事は38本から46本しかできないって事ですよね。そんな数で「商売ビジネス」になるんですか?」
と粋華は横に並んでいる上坊に尋ねた。

 「酒屋に業販価格3500円で卸すなら粋華ちゃんが言うように、最低でも500本ロットで作らないとコスパが合わないね。でも、今回はうちの店で「オリジナルハニーワイン」として提供するから、少数出荷が「付加価値」なんだよ。30本製造も500本製造も1本当たりの材料費は変わらないわけだから、「限定醸造30本」をうたう事で、市販価格4500円のボトルが1万円になる訳なんだよ。今日は来ていない、穴吹なんかは、ケーキひとつあたりにすると、1シーシーか2シーシーしか入れなくても「アグリ神標津の年間30本の限定醸造のハニーワインと無添加餌で育てたジャージー牛の乳脂肪率4.7%以上のゴールデンクリーム使用」って事で300円程の価格の上乗せができるってさ。」
 丁寧な説明をした後、ハニーワインの反応が良ければ、「蝦夷竜胆」以外は継続的に作ることになれば、一度に350リットル作る予定だという事だった。まずは、醸造状況をアグリ神標津メンバーで管理して、所定アルコール度数に達すると思われる2週間後にボトリングとラベル張りにやってくるということでミードワイン造りの講習会は終わった。

 翌日、スタッフの杜氏は日々のメールでの各樽の糖度報告を女性スタッフたちに依頼して上坊、粋華と一緒に神標津村を出て行った。粋華は上坊の食材視察に同行というていを取っていたが、事前に2人の状況を聞かされていた稀世と直は温かく送り出した。
 中標津空港でスタッフを降ろした後に最初に寄った摩周湖からは「真っ白」な写真が稀世のラインに送られて来た。「おっ、粋華ちゃんも「結婚の予兆アリ!」やな。ぱにゃにゃんだー!」と返信した。「頑張るぞ!」の稀世のアイドル時代の写真にメッセージが入ったスタンプが返信された。
 次は屈斜路湖から続く釧路川を下る「水面に緑の木々が映り込む鏡の間カヌーツアー」のタンデム乗船の写真が送られて来たのに続き、「砂湯」の係員が取ってくれたであろう屈斜路湖畔の砂浜に上坊と並んで寝そべり、天に向かって山のように盛り上がるHカップの豊満なボディーにこんもりと砂が盛られた、満面の笑みのカップル写真が届いた。

 締めの写真は午後4時40分に届いた屈斜路湖を見下ろす湖畔のホテルの部屋の写真だった。着信時に偶然背後に居た直が稀世のスマホを覗き込んだ。
「おっ、これはプリンスホテルのスイートルームじゃな。わしも20年前の再婚旅行でここに泊まったんじゃ。あっ、稀世ちゃん、ここをよく見るんじゃぞ!まだ午後5時前じゃというのに 粋華はやる気満々じゃのぉ!カラカラカラ。」
と直が写真をタップして、親指と人差し指で拡大をかけるとキングサイズのベッドの枕元に並べられた6個綴りのコンドームとベッドの奥のソファーにかけられた上坊のシャツの横に脱いだトランクスが映りこんでいた。

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