『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第2部 エピソード2024

「秋収穫の野菜と女心は秋の空」

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「秋収穫の野菜と女心は秋の空」

 2024年の神標津の10月の2週目を迎え、秋は一気に深まっていった。ハニーワインの仕込みは順調に進み、糖度25度の「ミード」は糖度が12%まで下がり、アルコール度数は13%に上がっている事を示しており、糖度20度、15度のライトワインは糖度低下がストップしており、各々アルコール度数「9%」と「5%」で熟成は止まっているようだった。
「じゃあ、明日にでも行きますんで。今回は杜氏スタッフだけでなく、穴吹君も行きますので近隣で宿はとりますので、前回みたいな宴会は無しで結構ですからね。ただ、みんなで「試飲会」と「ご報告」はしたいので夕方から2時間ほど皆さんで集まってもらえたらと思ってます。あと、こっそり安さんに荷物を送りますので開けずに置いておいてくださいね。」
と稀世に上坊から短い電話があった。
 上坊にキャッチホンが入ったようで、会話はすぐに終わった。(ん、「ご報告」ってなんやろ? それに「荷物」って…?)と思った瞬間、「稀世ちゃん、広志君の野菜工場に来て!大変な事になってしまってるのよ!」とまりあから悲鳴に近い声で電話がかかってきた。

 稀世が軽トラックで広志の自宅に隣接するアグリ神標津としては3番目の野菜工場に到着すると、先に祥と靖が難しい顔をして野菜工場の中の「イチゴライン」の前に立っていた。
「いったいどないしたん?」稀世はラインの前に駆け寄ると、クリスマスの時期の出荷を目標にしていた「きたえくぼ」と「とよのか」を掛け合わせた北海道でのハウス栽培の実績にある「一季成」の品種である「けんたろう」の黄緑をしているべき果実の多くが明灰色に染まっていた。
「えっ、これってどないしたん?なんか病気にかかってしもたん?」稀世がショックを隠し切れずに問うと、祥が「Ozeki」の指導員に問い合わせてくれていたようで、「うどん粉病」か「灰色かび病」が予想されるという事だった。
 靖の見立てでは夏季の冷房から暖房に切り替わった事で湿度が高くなりすぎ病気が発症したという事だった。「Ozeki」スタッフも「うちも、イチゴに関するノウハウは少ないもんで…。」と歯切れが悪かったそうだ。

 バツが悪そうにラインの担当だった「ガイル」と「麗」が前に出て謝った。「一昨日までは全然気が付いてなかったんです。2人とも連休取らせてもらった2日間にこんなことになってしまいすみませんでした。」、「さくらちゃんが予定してたクリスマススイーツに影響出ちゃいますよね…。」と涙を流しながら深々と頭を下げる2人を周りの皆が慰めた。ガイルの後ろで「ごめんなさい…。」と凛と蘭も泣いている。
 どちらの病気が原因にしても感染力は強く、靖が送った画像から菌糸が「次株」のランナーにまで伝播しているようで今年の株は全て廃棄するしかないというのがOzekiの育成員の判断だった。
 泣いているガイルをフォローするように健司から「定点カメラを設置して、専門家に状況をチェックしてもらえるシステムと、室温以外にも今後は水温や湿度など必要な項目も見てもらえるようにすることを提案します。」と発言すると、稀世は笑みを浮かべガイルと麗を励ました。
「私ら1年前まではただの「OL・・」やってんから、失敗したって当たり前やん。イチゴは残念な結果になってしもたけど、健司君が言うように「プロ」のアドバイスをもう少し取り入れるべきところを怠ってたのは「私」のせいやから気にせんようにしてや。」
「そうそう、熟成チーズだってカビだらけにした大失敗からスタートだったのよ。」、「まだ、売り先が決まってたわけじゃないから大丈夫よ!」と那依とまりあも慰めた事で、ガイルと麗も少し落ち着いた。

 さらに翌日に事件は起こった。麗が担当していた地元宿泊施設やレストラン等の飲食店向けで商談が進んでいた今年に入ってからの新規チャレンジ商品の「イタリアンパセリ」と「クレソン」のラインでもトラブルが続いた。エアレーション用のポンプが腐った根を巻き込み稼働できなくなり、大量に根腐れを起こしてしまったのだった。
 原因は麗にある訳ではないことは明確だが、イチゴに続く失敗に麗は落ち込んだ。年も近く、龍二を介して女同士の友情で結ばれていた多世に麗は「私って、疫病神・・・なんかな…。私がここに居たら、みんなに迷惑をかけてしまうような気がするねん。さらなる大事件が起こる前に出て行ったほうがええんかな。くすん。」と弱音を吐いた。
 多世はどう慰めて良いのかわからなかった。ただ、麗はアグリ神標津にとって必要なスタッフであり、自分にとってもかけがえのない「戦友マブダチ」である事は間違いなかった。

 本気で村を出て行こうと考えている麗の為に、多世は「自分」を殺し龍二に相談した。
「龍二君、今のままやったら麗ちゃんがこの村を出て行ってしまうかもしれへん。私では止めきれへんから、龍二君に任せたいねん。麗ちゃんは「結婚・・」に対する憧れが人一倍強いから龍二君がここで麗ちゃんにプロポーズすれば考え直してくれると思うんよ。私は龍二君からは身を引く。何とか麗ちゃんがここに残るように説得して!」
 自分の事より麗を案じる多世の気持ちもよくわかったが、多世から強く「麗ちゃんの心を救えるのは龍二君しかおれへんねん!麗ちゃんの事をお願い!」と頼まれた龍二は迷った。5分の熟考の後、龍二は尋ねた。
「多世ちゃんはそれでいいんだっぺか?」の問いに、多世は気丈にうなずいた。

 「わかった…。多世ちゃんのやさしさを無為にするわけにもいけへんから…。」と龍二は部屋を出て行った。「これで良かったんよね…。」ひとりで自問自答を繰り返し、多世はひとり残った事務所でさめざめと泣き崩れた。
 その様子を聞くともなく廊下で耳にした岡山和樹はそれまでアグリ神標津内でのステータスとヒエラルキーから「稀世」、「晶」に興味を示していたのだが、アグリ神標津での仕事に邁進まいしんする多世に対して「恋愛」でのとっかかりが何も無かった事は別として、「女としての優しさ」を感じた。
 (自らふられることを選んだばかりの女に声をかけるのは卑怯だっぺかな…。)と思ったものの、龍二と付き合っていると思い込み恋愛対象外と思い込んでいた多世に急に湧き起こった「愛しさ」に自分を抑えられず、泣いている多世の居る事務所に入るとやさしく声をかけた。
「多世ちゃん、どうしたっぺさ。何、泣いてんだべ?俺でよかったら、なんでも話してケロ。聞くことしかできないかもしれないけど、話して楽になる事もあるっぺな…。」

 多世は突然現れた和樹に驚いたが、やさしく接してくれてた和樹に思いのたけをぶちまけた。その内容は多世自身の事は3割で残りは麗とアグリ神標津の将来に向けたものだった。
 「多世ちゃんは優しすぎっぺな…。もちろん、麗ちゃんはいい子だし、アグリ神標津にとっても大切な人だべ。けど、多世ちゃんは自分の「幸せ」をもっと考えてもいいんでないかい?まあ、俺ごとき・・・じゃ大した支えにはなってあげられないけど、愚痴のはけ口くらいにはなれるから今後も何かあったら話してくれっぺ…。
 龍二には、俺からも麗ちゃんに対してやさしくフォローするように言っておくべな。今のあいつは、1年前と違ってしっかりとした「すじ」が通ってるからきっとうまくいくべ。」
の言葉がきっかけでアグリ神標津に2組の夫婦が誕生する事になった事は合同結婚式の二次会で語られるまで誰も知らない裏話だった。
 そんな麗と龍二、多世と和樹が結婚に向かうきっかけとなったのが、その日の午後に来た上坊だった。

 仕上がった「蝦夷竜胆エゾリンドウ」の試飲会でアルコール度数15度とアルコール度数5%の「ハニーワイン」をこっそり1本ずつ持ち出すと、開栓しワインボトルより膨らみのあるシャンパンボトルに注ぎ直した。そして誰もいない打栓機の置かれた作業部屋で鞄から「ドリンクメイト・・・・・・・」を取りだした。一時期、爆発的にヒットしたミネラルウォーターを自宅で炭酸水にできる「ソーダストリーム」と違い、「水」以外も炭酸化できる「ドリンクメイト」をできたばかりの「ハニーワイン」のボトルにセットし、スイッチを入れた。
 上坊は打栓機に従来のワインコルクでなく、シャンパンコルクをセットすると、2本のボトルに打栓した。ボトルを丁寧に拭き上げ、ラベラー台にボトルをセットすると、オリジナルの「ラベルシールエチケット」を貼り、瓶首にリボンを結び付けると、桐の箱にシルクの中敷きがセットされたボトルケースに入れ、ふたを閉めた。

 その日の午後7時、いつものように直の家の広間で神標津村産初の「ハニーワイン」の試飲会が始まった。上坊と晶の作った肉料理とチーズのオードブルが並ぶ中、「蝦夷竜胆」の水彩画のイラストに金の文字で「神より与えられたワイン」の意味をなすヘブライ語の文字が刻まれたエチケットが貼られた貴重なハニーワインのボトルがお目見えした。15度、5度の2本のボトルを分け合う為、30シーシーずつをテイスティンググラスに入れての試飲だった。
 高級白ワインにほのかな蜂蜜の甘みと香りが加わったような上品な飲み口と芳香は女性陣をうならせた。「わー、これ美味しいな。十勝の白も美味しいけどこれはひいき目なしにその上をいくよね。」、「私はこのライトワインが好き。肉に限らずなんにでも合うよね。」と那依とまりあが声を上げた。「わしもこれは「アリ」じゃな。イースト菌で作った試作品は臭いが気になったが、ワイン酵母で作ったこれはそれがない。うーん、裏山の沼の「蝦夷竜胆」がこう化けるとは想像もしとらんかったのぉ。カラカラカラ。」とご機嫌である。
 続いていつでも手に入る北海道産の4種の蜂蜜のハニーワインのボトルが開栓され本格的な試飲が始まった。各々の蜜により微妙な香りと色の違いがあった。14度から15度のハニーワインは男性メンバーからも「これはいけますね。」、「甘ったるいと思ってたけんど、なかなかいけるっぺ!」と好評だった。

 試飲会は盛り上がり、皆が笑顔だった。そんな中、タキシードに着替えた上坊が2つの桐の箱を持ち出してきた。皆は何事かと思い注目した。
「打段粋華さん、私、上坊良一郎はこの場であなたにプロポーズさせてもらいます。私を受け入れてもらえるなら、世界に1本しかないここに用意した2本の「蝦夷竜胆」のスパークリングワインを開栓して皆様と味わいたいと思います。
 「蝦夷竜胆」の花言葉は「勝利」、「正義感」等ありますが、「秘めたる愛」というものもあります。粋華さんとの出会いは恥ずかしながら、私が穴吹君と愛し合っているところを覗かれたのがきっかけでした。私は「バイセクシャル」です。世の中にある「常識」や「タブー」を超えたところに「まこと」があると思います。穴吹君は私の「ソウルメイト」であります。彼との絆はこの先も切れることは無いでしょう。
 こんな私は、粋華さんのことも愛してしまいました。世の中では認められない「男2人に女1人」の夫夫婦ふふうふ」ではありますが、よかったら、結婚してください。」
 
 真顔で粋華に向かって結婚を申し込む上坊の後ろで穴吹も微笑んでいる。事情を詳しく知らなかったアグリ神標津のメンバーは言葉を失ったが、粋華はすっくと立ち上がり笑顔で上坊の前に進み出て手を取った。
「もちろんお受けします。33年知る事の無かった女の喜びを教えてもらったうえ、「生BL」も見させてもらえる「最&高!」なお申し出です。こちらこそよろしくお願いします。」
 粋華は穴吹も呼び寄せ、中央に上坊、左に粋華、右に穴吹が並び「3人で仲良く並んだ写真に「Happy Wedding 2024」、「良一郎&聖&粋華」と書かれたオリジナルエチケットの「蝦夷竜胆」のハニースパークリングワインが上坊と穴吹によるシャンパンサーベルパフォーマンスで勢いよく開けられた。。

 会場が大きな盛り上がりを見せる中、部屋の端で龍二は麗に「僕たちも結婚しましょう。」と結婚を申し込み、コンマ1秒で「はい、喜んでお受けします。」の返事を得、そのよこでは和樹が多世に「多世さん、僕と付き合ってください。一緒に神標津で頑張りましょう。」との交際の申し出に多世は黙って頷くのを直と稀世は見逃さなかった。
「あー、こりゃこの秋の神標津村は大豊作じゃのぉ!粋華ちゃんは東京に行ってしまうけど、麗ちゃんとはここ1年で3人目の道外からの嫁じゃ。心を入れ替えた和樹も多世ちゃんと真面目に付き合うんじゃぞ!」
 直の大きな声の励ましに参加者の目が麗と多世に集まると、直の音頭で「ハニースパークリングワイン」で3度の乾杯が行われた。

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