『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第3部 エピソード2025

「新カップル」

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「新カップル」

 広志は念の為、男の片足を手に取ると、「ゴリッ」とひねり股関節を外した。瞬殺の様子を目にした両肩を外された男は立ち上がり、逃げようとしたが、立ち上がるまでに広志は背後に回り込み自ら背から倒れた。腕だけで相手の頸動脈を締める「裸締め」を繰り出し、10秒足らずで失神させた。ふたりを倒すまでに30秒かからぬ瞬殺に唯と葵は目を点にしていた。
「広志さん、凄ーい!まるで稀世ちゃんか直さんやんか!喧嘩なんかするタイプに見えへんのに「めちゃ強」やん!」
 唯が声を上げると広志は真っ先に徹を抱き起した。ミネラルウォーターを血と嘔吐物でドロドロの顔に振りかけるとハンカチで顔をぬぐった。
「徹、大丈夫か?」と尋ねると徹は「葵ちゃん…、大丈夫だべか?」と自分の身よりも葵を気遣った。「うん、大丈夫。ちょっと腰を打ったくらい。それよりも徹さんの方が…。」と返す葵のブラウスのボタンが始めてちぎれ飛んでいるのを見た広志は何が起こったのか、瞬時に把握した。

 「まずは、徹や。こんなにボコボコになるまでやられやがって…。徹のおかげで葵ちゃんは無事みたい。ほら、口の中も血まみれじゃないか。うがいして…。」
とペットボトルの水を口に注いだ。
 「ごほっ、げぼっ!」と咳込みながら床に血の混ざった水を吐き出し呟いた。
「あぁ、俺もおかんの「合気道」続けときゃよかったべな…。広志の大切な葵ちゃんを危険な目に遭わせてすまないっぺ…。」
 幼稚園から直が開いていた「合気道教室」で広志とともに、学び始めたものの中学時代の第2次反抗期で直とぎくしゃくした徹は中学1年で合気道をやめたが、広志は直が道場を閉めた高校3年まで続けていた事が徹の口から語られ、最後に葵に詫びた。
「あぁ、あの頃は「合気道なんて何の役にも立たないべ。」って思ってたけど、こうして役に立つ時が来るんだべな…。葵ちゃん、俺が「よわよわ」なせいで怖い思いをさせてごめんだっぺな…。」

 10分後、パトカーが到着した。破れた葵のブラウスのインパクトが強かったのか、警官による事情聴取は短い時間で終わった。広志は男達の関節を入れると「喝」を入れ、意識を取り戻させた。
 警官は救急車の手配を提案したが、「幸い、骨は大丈夫ぽいので救急車は要らないっぺ。」と断り、運転は広志に任せ自分の車の助手席に乗り込んだ。
 車内は葵による、事件のきっかけから広志と唯が助けに来るまでの一部始終が語られた。
「徹さんが頑張ってくれてなかったら、私あの場で絶対に犯されてしまってたと思うねん。徹さん、ほんまにありがとうね。そして私の為に酷い目に合わせちゃってごめんね。」
と半べそをかきながら呟く葵を隣の席の唯が慰めた。
「徹さんも「アグリ神標津」の男の人やったって事やん。典史君も真一君もそうやったように、稀世ちゃんや直さんみたいに強くなくても「闘う」男ってかっこええよな。私ら、神標津に来てよかったって思うわ。まあ、帰ったら、直さんにはもう一度、その話をせなあかんな。」

 釧路湿原散策は中止して村に戻ることにした。「せっかくへっはふお弁当お弁ほう作ってもらったのにごめんふふってもらっはのにほへん…。」と顔だけでなく口の中も腫れてきてろくにしゃべられなくなった徹が謝ると、葵がクーラーボックスからクラッシュアイスを取り出して紙コップに入れてそのひとつを人差し指と親指でつまむと徹の口に放り込み、紙コップを大きく腫れた頬に当てて優しく言った。
「徹さん、これで口の中を少しでも冷やしてな。そんで、無理してしゃべらんようにしてや。お弁当は村に帰ってから食べたらええねんからね。」
 「ありがとうはひはほう。」と徹は礼を伝えると(あぁ、今は優しくしてくれてるけど、今日の一件で広志との差が一段と開いてしまったべ…。あぁ、どれもこれも俺自身に原因があるから仕方ないっぺな…。)と思うと涙が溢れて来たので紙コップでばれないように拭き取った。

 村に帰ると唯から連絡を受けていた直が憤慨して4人を迎えた。
「葵ちゃん、ほんまに大丈夫やったんか?徹が役立たずですまなかった。ところでその不良外人は釧路署に連れて行かれたんじゃ?わしが今から行って「再成敗」してくるからな!」
 鼻息の洗い直を諫めるように、葵は言った。
「直さん、私は大丈夫ですよ!けど、徹さんが…。いかつい体格の外人二人組と戦ってくれたんですけど、流石に2対1でしたんで…。めちゃくちゃ殴られて、熱が出てきてるんで徹さんの家でひとりにさせる訳に行きませんから、お布団敷いてもらえませんか?熱が落ち着くまで私が介抱しますんで…。」
 少し赤らめた顔に、直は「何か」を感じ取り、「そうか…、面倒をかけて悪いがわしが看るより、葵ちゃんに看てもらう方がこのバカは嬉しいじゃろうから、頼むわい。」と矛を収め客間に布団を敷きに行った。

 客間に敷かれた布団に稀世のアドバイスで顔の腫れを早く引かせるために高めに設定された枕に徹を寝かせると、氷嚢で首筋を冷やし、「冷えピタ」を両頬や打撲で痣になって熱を持っている部分に貼った。お腹の上にバスタオルを掛けその横に正座すると、ゆっくりとうちわで扇いだ。
 徹が何か話そうとすると「今は無理してしゃべったらだめですよ。」と人差し指で徹の唇を押さえ、微笑みを浮かべて黙って風を送り続けた。
 徹の顔はバスケットボールの様にパンパンに腫れてきた。葵は再度、稀世にアドバイスを求めた。
「遅い昼食になってしもたけどコラーゲンとビタミンCを積極的に取ったらええで。口の中も切りまくってるやろうから、塩分は控えめにしてできるだけ柔らかいものがええやろな。」
と言われ、葵は粥に晶の作ったボーンフロススープを入れて煮込み、粗熱を取ったものと表面の傷で出荷できなかった町田メロンの冷やしたものを「はい、徹さん、寝たままでいいですから食べてくださいね。」とスプーンで徹の口に運んだ。

 その様子を見守った稀世は、厨房で待っていた直に素直に報告した。
「いやぁ、こりゃ「瓢箪から駒」かもしれへんで。葵ちゃんが徹さんを見る目が今朝までと違ってるわ。もう冷めてるはずのボーンフロスのおかゆを「ふーふー」して食べさせてるとこ見たら「これは脈ありやな!」って思ったで。
 私もサブちゃんに命懸けで助けてもらって「ぐっ」と来たように、葵ちゃんも今日の徹さんの不器用な頑張りに心が揺れてるんとちゃうかな?まあ、あのケガの状況やと、3日は介抱が必要やろうから、ここはやさしく見守ってやるのが「吉」って私の「女の勘」が言うてるわ。」
 稀世の勘は見事に当たり、3日後、葵は広志と唯に「私、広志さんから身を引いて、徹さんとの付き合いを考えてるねん。強くて優しい広志さんには唯ちゃんの方が似合うと思うし、私はちょっと不器用やけど真っすぐな徹さんを支えていこうと思うねん。」と正直に告白し、広志も「徹の事、頼むわな。根はええ奴なんは俺が保証するからな。」と気持ちよく葵の言葉を受け入れ、唯からは「これからは4人で一緒に頑張ろうな!」と優しく囁くと、しっかりとハグを交わした。

 1週間後、すっかり顔の腫れが引いた徹と葵から直の元に「俺、葵ちゃんと付き合うことになったから…。おかん、良かったら「合気道」もう一度教えてくれへんか?」、「直さん、徹さんとお付き合いさせてもらいたいのでこれからもお願いします。」と挨拶があり、直はご機嫌でその日の夜は稀世、那依、まりあを誘って酒盛りを楽しんだ。

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