『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

文字の大きさ
71 / 78
第3部 エピソード2025

「夏」

しおりを挟む
「夏」

 今年も道東に暑い夏がやってきた。7月に入ると最高気温で30度を下回る日は無くなり、「真夏日」が連日続いた。
「ぎょへー、まだ朝8時やっていうのにもう30度越えかぁ…。健司君の作ってくれてる新型地下水空調が入ってるところはええけど、まだの所は毎日一斗缶の氷運びをせなあかんねんなぁ。」
と額に滴る汗を首にかけたタオルで拭きながら稀世は三朗の畜舎から真っ赤な太陽に目を向けた。
「川崎君の作ってくれたこの自動車のラジエーターを重ねた熱交換器はいいですね。ポンプで汲み上げた地下水を送風機で風を通すだけで15度から20度の冷気が供給されますんで畜舎全体が25度越えることはありませんからね。
 今年はうちの牛は夏バテ無しでいっぱいミルクを出してくれると思いますよ。チーズ事業部の新商品開発もどんどん進んでますから頑張って出荷しないといけませんね!なっちゃんと陽菜ちゃん提案のドライメロン入りのモッツァレラチーズがあんなにバカ受けするとは思わなかったですね!次々とヒット作を出す彼女たちの発想力には脱帽ですね。」
と言いながら三朗は搾乳機を牛の乳首に装着しては、ポンプから次々と生乳缶に注入していく。

 以前は40リットルで総重量47キロのミルク缶を使っていたのだが、まりあ達が冷蔵庫から出し入れできるように、今は総重量18キロの15リットルの小さい缶にしたので稀世は両手にひとつずつ持つと次々と軽トラックの荷台に乗せていった。
「チーズもそうですけど、5月に生まれた美咲ちゃんと真一君の所の肉牛も6頭中4頭が雌っていうベスト比率だったじゃないですか。来年は10頭の雌牛に「神標津牛」の精子で人工授精させられるんで、いまから上坊さんの店では来年に向けて予約を受け付けてくれてるって話ですよ。
 肉牛飼育にチャレンジする酪農家も出てきてますから、5年後には神標津で年100頭出荷も見えてきてますよね。」
と搾乳の終わった三朗が機材を片付けながら稀世に話しかけると、ひょいひょいとミルク缶を運びながら息ひとつ切らせることなく稀世が笑顔で答えた。
「せやね。肉牛は中長期計画の中核のひとつやもんな。一応、決算ひと月前の7月末で今の「アグリ神標津」の分社に入る訳やから、忙しくなるでなぁ。決算終わって新会社の体勢が固まったら、「結婚式」挙げたいな。
 広志さんと唯ちゃんに続いて徹さんと葵ちゃんもスピード婚ってな話やし、和樹君と多世ちゃんもそろそろってなもんやろ。あと、水面下で動いてる晶さんと靖君も秒読みって感じやな。
 まあ、翔くんと心亜ちゃんはもうちょっとかかるやろうけど、「やってる・・・・」みたいやから赤ちゃんできたらそこも一緒で一気に6組の結婚式やで。まあ、その女の子6人の中で一番幸せなんは、サブちゃんと一緒になれる私やけどな!くすくすくす。」
 2023年入村組は、結果的に東京の上坊に嫁いだ粋華を除けば、今のところ仕事が面白く、結婚意思のない祥と、東京行きを宣言している夏子と陽菜以外は全員が神標津村で世帯を構える見込みになっていた。

 今年4月時点で発表した「新規社員募集条件」では、フルタイム成人社員は年収450万円を提示しており、大卒者からの応募も来ている上、年収360万円条件の高卒社員枠も他市町村から10件以上の応募があった。
 夏休みの体験入村は、農学部、農業系高校に限定していた学生枠は元々20人で募集していたのだが、農業系以外の学生も含めて50人を超える応募があり、やむを得ず「7月後半からお盆」と「お盆から9月中旬」までの2期に分けざるを得なかった。
 社会人の移住希望者は村役場とJAに任せている状況であり、JA理事を兼務する村長は「今年の移住者は50人越えは固いっぺ!」と恵比須顔である。

 海の日を挟んだ7月19日から21日までの3連休は夏子と陽菜が中心となり、若手女子部と企画した「神標津フェスティバル2025」と銘打ったイベントが開かれた。大バーベキュー大会やバター、チーズ、ロ-ストビーフ等の手作り体験会がホームページで予告されていたことに加え、ゲストとして「フォアローゼス」の参加とミニライブも告知していたため、3日間で2000人を超える来村者とマスコミ関係者がやってきて大盛況でイベントを終えた。

 8月に入ると今、本社として使っている直の家も手狭になってきたので、事業部分社計画が決定した後、直の家の裏山にプレハブ3階建ての社屋を設置した。夏子と陽菜からの意見でマスコミや見学者向けの商品のショールーム、資料閲覧室に加えて、小さなスタジオを設置して動画配信によるネットショッピングもできるようにしてある。
 
 副島から京阪神エリアの営業を請け負う「販売代理店」の引き合いもあり、販路は自然発生的に拡大している。それとは別に今年の春前に副島から一つの新規提案があった。
「できたらアグリ神標津で「米栽培」やってみいへんか?国土最北端の水田は札幌から北に250キロ、稚内から南に90キロの遠別町に取られてしもたけど、国土交通省が公開してる土地利用状況を示す「国土数値情報GIS」を調べると、稲作の最東端は神標津より西に位置する女満別やねん。
 そのどちらも一般的な食用米の「うるち米」やなく遠別は「はくちょうもち」、「きたふくもち」、女満別は「きたゆきもち」っていう「もち米」をやっとるんやけど、その苗が手に入るんよ。
 休耕地を開墾して神標津で「本土最東端米」として、木酢液と自然派肥料だけの「完全無農薬」でもち米を作って欲しいねん。基本的に京都の老舗和菓子店が「希少価値」を売りにしたいって話やから買い手は確保できてる。今年は「専売」契約で5反から10反作ってみてや。
 あと余力があれば、大口ニーズとして価格高騰が続くコメ市場で在庫解放が予定されてる「備蓄米」にブレンドして「飲食店卸」の案件があるから多めに作ってもらう分にはかまへんで。」

 「ふーん、相変わらずいろんな案件引っ張って来はるねんな。高級和菓子は確かに「無農薬」とか「契約農家」っていうのはええかもしれへんけど、飲食店はそんな事してコストに合うの?」
と稀世が尋ねると、副島は「ここだけの話やで…。」と前置きをして政府の備蓄米放出の裏側を語った。
 コメ価格高騰の対応策として「政府備蓄米」の放出が計画されているが、その販売先は「指定量以上購入」が義務付けられる「随意契約」になるという。当然、大手食品商社か大手飲食チェーンが入札先と予測されている中、しっかりとした保管環境で備蓄された「古米」、「古古米」は良いが、保管状況が悪かったものや追加で放出される見込みの「古古古米」の味は必然的に「新米」とは比べ物にならないとの事だった。
「そこでや、農水省の役人は目先を変えて販売する事を裏裏で許可したんやな。コンビニのおにぎりや大手外食チェーンで「古古古米」って言われへんし、味付けでごまかすにも限界がある。圧力鍋で炊いたり、酒やみりんを入れて炊いて古い米油の臭いは隠せても、ふっくら感は全然足らん。
 そこで「令和〇年産無農薬もち米混和」という表記を認めるようにするんやわ。そうする事で、安い備蓄米を高付加価値商業用加工米製品や飲食店販売で使い易くするってなもんや。おいちゃんも試作品食べたけど「新米」のもち米が入るだけで食感は劇的に変わる。後は、「イメージ」やからな。混和比率が「1%」でも混和は混和ってなもんやろ。カラカラカラ。」

 「まあ、副島のおっちゃんが「勝算あり」って言うんやったら「元米農家」の来村者さんもおるから生産委託はできると思うで。」
の稀世の一言で決まった、「最東端の米」も9月の刈り取りを前にたわわに実をつけている。稀世の横で直がカップ酒を飲みながら呟いた。
「まさか「餅」を食う習慣が無かった神標津でもち米を作ることになるとは想像もしたことは無かったが、こうして実った稲穂を見ると「米の品種改良」というのは凄いもんじゃと思うのぉ。」

 盆が明け、牧草地の「1番草」の刈り取りも終わり、牛肥とバクシート、超音波籾殻燻炭の追肥を行い「2番草」の収穫に備える典史と龍二の運転するトラクターが忙しそうに走り回る。徹と和樹が造り酒屋を回り「酒粕」と「削り米粉」を大量かつ安価で引き取って来たものを翔が裁断した「1番草」と混ぜ合わせ、来るべき冬に向けたサイレージ造りに汗を流している。
 広志、三朗は真一を連れて、今春の新規入村者の畜舎を回り乳牛の管理方法の指導で忙しく走る毎日を過ごし、女性陣は「水耕栽培舎」での育成管理と「肉製品」、「乳製品」の製造と「商品発送作業」で充実した日々を送っている。

 夕方6時、稀世が「あぁ、今日も忙しかったなぁ。もうすぐここに来て丸2年か…。なんかめっちゃ早かったなぁ。」と呟くと直が「稀世ちゃん、今日もご苦労じゃったな。久しぶりにサウナでゆっくりビールでもどうじゃ?」とねぎらいの声をかけてくれた。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

『夏子と陽菜の犯科帳4 THE FINAL~カルト新興宗教「魂の解放」から洗脳娘を救い出せ!~』 

M‐赤井翼
現代文学
第3話から1年開いての「なつ陽菜犯科帳」の最終話です。 過去のお約束通り、最後はなっちゃんも陽菜ちゃんの「花嫁姿」で終わります! 今度の「敵」は、門真に転居してきた「武装カルト宗教組織」です。 偶然出会った、教団に妹を奪われたイケメン日南田大樹(ひなた・ひろき)の為になっちゃん&陽菜ちゃんと「やろうぜ会」メンバーが頑張ります。 武装化された宗教団体になっちゃん、ひなちゃん、そして「やろうぜ会」がどう戦いを挑むのか! 良太郎の新作メカも出てきます! 最終回という事で、ゲストとして「余命半年~」シリーズの稀世ちゃんと直さんも緊急参戦! もう、何でもござれの最終回! 12月29日までの短期連載です! 応援お願いしまーす! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

『「愛した」、「尽くした」、でも「報われなかった」孤独な「ヤングケアラー」と不思議な「交換留学生」の1週間の物語』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です! 今回は「クリスマス小説」です! 先に謝っておきますが、前半とことん「暗い」です。 最後は「ハッピーエンド」をお約束しますので我慢してくださいね(。-人-。) ゴメンネ。 主人公は高校3年生の家庭内介護で四苦八苦する「ヤングケアラー」です。 世の中には、「介護保険」が使えず、やむを得ず「家族介護」している人がいることを知ってもらえたらと思います。 その中で「ヤングケアラー」と言われる「学生」が「家庭生活」と「学校生活」に「介護」が加わる大変さも伝えたかったので、あえて「しんどい部分」も書いてます。 後半はサブ主人公の南ドイツからの「交換留学生」が登場します。 ベタですが名前は「クリス・トキント」とさせていただきました。 そう、南ドイツのクリスマスの聖霊「クリストキント」からとってます。 簡単に言うと「南ドイツ版サンタクロース」みたいなものです。 前半重いんで、後半はエンディングに向けて「幸せの種」を撒いていきたいと思い、頑張って書きました。 赤井の話は「フラグ」が多すぎるとよくお叱りを受けますが、「お叱り承知」で今回も「旗立てまくってます(笑)。」 最初から最後手前までいっぱいフラグ立ててますので、楽しんでいただけたらいいなと思ってます。 「くどい」けど、最後にちょっと「ほっ」としてもらえるよう、物語中の「クリストキント」があなたに「ほっこり」を届けに行きますので、拒否しないで受け入れてあげてくださいね! 「物質化されたもの」だけが「プレゼント」じゃないってね! それではゆるーくお読みください! よろひこー! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼
現代文学
稀世ちゃんファン、お待たせしました。「なつ&陽菜4 THE FINAL」終わって、少し時間をいただきましたが、ようやく「稀世ちゃん」の新作連載開始です。 脇役でなく「主役」の「稀世ちゃん」が帰ってきました。 ただ、「諸事情」ありまして、「アラサー」で「お母さん」になってた稀世ちゃんが、「22歳」に戻っての復活です(笑)。 大人の事情は「予告のようなもの」を読んでやってください(笑)。 クライアントさんの意向で今作は「ミステリー」です。 皆様のお口に合うかわかりませんが一生懸命書きましたので、ちょっとページをめくっていただけると嬉しいです。 「最後で笑えば勝ちなのよ」や「私の神様は〇〇〇〇さん」のような、「普通の小説(笑)」です。 ケガで女子レスラーを引退して「記者」になった「稀世ちゃん」を応援してあげてください。 今作も「メール」は受け付けていますので 「よーろーひーこー」(⋈◍>◡<◍)。✧♡

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

処理中です...