恋人ごっこ

水野森 千

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恋人ごっこ

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 私と裕司ゆうじは、驚くほどに似ていない。性格も、考え方も、髪色も、顔も、全てにおいて。それが良かったのか、悪かったのか。

「みんな今日これで終わりだよね? ここのカフェ一緒に行かない?」
 授業が終わりがやがやとうるさくなった教室で、友人達のうちの一人がスマホの画面を見せて言う。行く行く! と即答してスマホに群がる友人達を見ながら、私は一人だけ返事もできず、思案した。
美咲みさき、もしかして今日デート?」
「まぁ……」
 勘のいい子に曖昧に返せば、キャーと色めき立った叫び声が上がる。みんなと知り合ってもう二年が経ち、彼の話題を出すのも珍しくはないのに、彼女達は未だに私達の話になると好奇心を隠さず盛り上がる。一体何が彼女達の興味を刺激するのだろう。
「医学部って忙しいんでしょ? デートも全然行かないらしいし、私たちのことはいいから行って来なよ!」
「そうそう! どんな感じだったかだけ聞かせてね!」
「っていうかお昼とかも、彼と一緒に食べてもいいんだよ?」
「いや、いつも使う棟が違うから、流石にそんな移動してまでは……。彼学食じゃなくてコンビニ派だし」
「確かに、人混み苦手そう!」
 けらけらと笑う彼女達は、裕司のことを見たことがある。人に注目されるのが苦手な裕司だけど、偶に、極稀に、恋人っぽいことをしてくる時がある。滅多にないけれどすれ違った時に話しかけてきたりだとか、デートの前に迎えに来たりだとか。大学に入ってすぐからいつも一緒にいる彼女達は、そういう場面に出くわすこともあった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「気にしないで! また行こうね~」
「久々の逢瀬、楽しんで! 明日聞かせてね!」
 にこにこと笑って送り出してくれる友人達に笑顔で返しながら、手を振って教室を出た。ちくちくと胸を刺す罪悪感には、見て見ぬ振りをした。

「ごめん、待たせた?」
「いや」
 待ち合わせの場所にはもう裕司がいて、少し早歩きで近寄る。相変わらず仏頂面をした彼は、近寄り難い雰囲気がある。けれどイケメンでスタイルがよく、その上頭もいいんだからきっと今でもモテているんだろう。
 スマホをしまった彼と並んで歩き出せば、どちらからともなくするりと手が繋がれる。こうするのが当たり前になったのは、大学からだった。こうして手を繋いで歩く私達は、通りすがりの人達からはカップルだと思われているだろう。友人達には中学から付き合っている彼氏だと、はっきりとは言っていないがそう伝わるように言った。けれど、誰にも言っていない秘密があった。
「映画だったか」
「うん。夕飯も、ついでに食べて帰ろう」
「わかった」
 私達が二人でいると、裕司は無口で私の方がお喋りが好きだから、私が話すことに裕司がぽつぽつと返すだけの会話になる。そうして二人でずっと手を繋いだまま電車に乗って、映画を見て、夕ご飯も食べて、久し振りのデートは心臓が痛くなるくらい楽しく終わった。
 性格も考え方も似ていないから、映画の感想は共感し合うものじゃなくて、相手の感想に相槌を打って、確かにと受け入れるものになる。でも、それでよかった。それがよかった。
「そろそろ帰るか」
「うん」
 また二人で手を繋いで、電車に乗る。言葉少なに流れていく真っ暗な壁を見つめ、繋いだ手を握り締める。そして着いた最寄りの駅で二人で降りて、同じ帰り道を歩き、二人で一つの家に入った。
「ただいま」
「……ただいま」
 友人達への罪悪感がちくちくと胸を刺す。デートは久し振り、その言葉に嘘はない。けれど、逢瀬が久し振りだとは言っていない。本当は、毎日会っている。
「先シャワー浴びるね」
「一緒に入るか?」
「ばか」
 にやりと笑った裕司にそっぽを向きながら返せば、くつくつと押し殺した笑い声が聞こえた。今日のこれは冗談で、きっと入ってくることはないだろう。ゆっくりと身体を温めて風呂を出れば、入れ替わりで裕司が入る。そしてすぐに出てきた裕司は水を飲むと、髪を乾かしている私には目もくれず本を読み始めた。
 大学に入ると同時に、一緒に住み始めた。初めは四苦八苦していた二人の生活も、すぐに慣れて、これが日常になった。友人達には、一緒に住んでいるとは言っていない。同棲しないのか、と訊かれたらどうしようかといつも考えている。ちくちくと胸を刺す罪悪感は、裕司とのことが話題になるたびに大きくなる。
 乾いた髪に満足してドライヤーをしまって部屋に戻れば、読んでいた本を側に置いた裕司に手招きをされた。躊躇うことなく近寄ると手を引かれてキスをされる。さっきシャワーを浴びたのにな、と頭の片隅で思うけれど、嫌なわけではない。唇を割った舌に応えるように自分のものを絡ませれば、きつく抱き締められた。

 こんな恋人ごっこが、いつまで続くのだろうかといつも考える。友人達には彼氏だと言った。けれど本当は、ただ恋人ごっこをしているだけだった。
「……ん、なんかきてる」
 気怠い身体を緩慢に動かしてスマホを見れば、母から連絡が入っていた。
「『ゴールデンウィークは帰ってくる?』だって」
「……めんどくさい」
「まぁ春休み帰ったばっかだしね。私も帰るのやめとこうかな」
「俺もって言っとけ」
「自分で打ちなよ、こんな時間だし」
 不満げにすんと鼻を鳴らすと同時に、細いけれど筋肉質な腕が素肌をするりと這って抱き締められた。暗闇の中うつ伏せで明るく光るスマホを弄る私の肩口に裕司が頭を押しつける。それがどうにも愛しくて、泣きたくなって、スマホを暗転させて裕司に向き直ると頭を抱き抱えた。
「ゴールデンウィークは、二人で過ごそうか」
「……ん」
 お母さん達には悪いけど、という言葉は飲み込んで、代わりにぎゅう、と強く抱き締める。そんな私の心情に気づいたのか気づいていないのか、顔を上げた裕司は私の拘束など物ともせず私の腕から逃げ出して、押しつけるようなキスをすると私よりもきつく閉じ込めるように掻き抱いた。


 私と裕司は、生まれた時からずっと一緒だった。ずっと手を繋いで、これからもずっと二人で生きていくのだと思っていた。
 けれど小学生になって、おかしいと揶揄われて、手を離した。それでも裕司のいない人生を私は考えられなくて、きっと裕司もそうで、中学生になってひっそりと再び手を繋ぎ始めた。大学は、わざと家から遠い場所にした。やりたいことがあるのも嘘ではなかったけど、偶然を装って同じ大学にした。女の子の一人暮らしを両親が心配するのをわかっていて、苦肉の策を演じて裕司とのルームシェアを提案した。それが受け入れられることもわかっていた。

 誰にも言っていない秘密がある。家族には、裕司とは恋人だと言ったことはない。友人達には、裕司とは双子だと言ったことはない。
 一体いつまでこの滑稽な恋人ごっこは続くのだろう。
 私と裕司は生まれた時から一緒の双子だった。私と裕司は想いを通わせた恋人だった。ルームシェアをする双子として、家族の前ではそれなりの仲の双子を演じた一方で、二人の家では恋人として過ごした。けれど私達を誰も知らない人の前で恋人として過ごす一方で、私達は紛れもなく血の繋がった双子だった。
 手を繋いで、キスをして、セックスをした。恋人だと証明するように友人達の前で振舞った。けれどそれらも全て、恋人ごっこでしかなかった。

  私と裕司は、驚くほどに似ていない。性格も、考え方も、髪色も、顔も、全てにおいて。それが良かったのか、悪かったのか。
 そっくりだったら、双子だという意識が強くて好きにはならなかったのだろうか。そっくりだったら、誰も私達のことを知らなくても恋人として振舞うことはできなかっただろうか。
 何で、双子だったのだろう。血の繋がった家族だったのだろう。何で、好きになってしまったのだろう。
 家族でなければ、好きになることもなかったのだろうか。なんてあり得ないもしもを考えて、嫌だと強く思ってしまったのだから、私達はもうどうしようもない。

 いつまで恋人ごっこは続くのだろう。
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