異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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三百六十二話

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『何の冗談だ?』そう言いかけたギデオンの口が止まった。

「気づいたみたいだなぁ」

 短刀を手にしたヒューズが皺眉筋しゅうびきんを動かし片眉を上げる。
 あたかも自分の方が優位にあるとアピールしているようである。
 ただのブラフなら何ら問題なかった……虚栄心から生まれた偽りならどれほど良かったか。
 弱くとも相手はプロの傭兵だ。
 勝てる見込みもない敵に一々、喧嘩を売るような真似はしない。

 ヒューズの強み、それは地面に両膝をついたまま目隠しと猿ぐつわされた男女だった。

「嘘だろ……」二人の姿を見てオッドの声が震える。

「クッハハッハ! 久々の再会っといったところか?」
「ブロッサム、シゼル……二人をどうするつもりだ! ヒューズ!!」

 捕らえられていたのは、ルヴィウス勇士学校の知人たちであった。
 抵抗できないように手足は鎖で縛り上げられ、ブロッサムにいたっては顔に殴られたようなアザがあった。

「の野郎! 人質をとるつもりか!?」
「当然だ!! 俺みたいな普通の人間がテメーらのような化けもんに合わせられっか!」

 正当性など微塵もないのに力説するヒューズ。
 シルクエッタと共に行動していた者たちは丁重に扱われるどころか、暴行を受けてヒドイ有り様だった。

「クドの奴、僕に嘘をついたのか!? 二人を解放しろ! さもなくば、五体満足に生還できると思うなよ」
「はっ、コイツらが悪い。大人しくしていれば良いものの逃走を計った罰だ!」
「黙れ! シルクエッタはどこにいる?」

 殺気立つギデオンにあてられ、ヒューズは膝を震わせていた。
 クドが言っていたよりも遥かに強大で、感性を刺激してくる。
 アーデルヴァイスにとってギデオンは完成された答えの一つだった。
 悪党が心底畏怖し敬服するのは純然たるのみだ。

 クドやチルルが持っている支配者の資質をこの男も持っている。
 そう感じ取り、ヒューズは高鳴る興奮を抑えきれなくなっていた。

「この男をあるべき姿へと戻さないと!」

 何か憑りつかれたようにヒューズが叫んだ。死すら恐れぬ、傭兵はすでに気狂いを起こしていた。
 勝つ為にはいかなる手段も用いる。この男の行動理念はマキャベリズムに集約されている。
 特に相手の大切なモノを壊すのが得意だった。
 大事な物を失えば、いかなる強者であろうとも心に深い傷を負う。

「さてと……ここいらで趣向を変えようじゃないか。二人のうち、どちらかは返してやろう。だ か ら、選べよ! どっちを見捨てるかを!!」

 ブロッサムとシゼルの首元に刃を交互に突きつけながら、目を細める悪党がいた。
 選ぶ必要など最初からない。なぜなら、敵は人質のことを一ミリも理解していないからだ。

「もう、いいぞ。シゼルのことは僕たちに任せろ……ブロッサム!」

 心根が優しい彼は仲間が傷つかないようにあえて捕縛されていた。
 懸念が消えた今、ブロッサムの怪力を封じる物などどこにもない。
 拘束具など玩具となんら変わらない。
 持ち前の腕力だけで鎖を粉砕し緊縛を解くと渾身の当身を小悪党へと見舞った。

「飛魚打ち!」
「コイツ!! ぐぎゃあああぁぁあああ――――」

 ブロッサムの反撃を受けヒューズの身体はあらぬ方を向いていた。細身の全身は反るようなカタチでクの字に曲がっている。
 致命傷になっていないのが不思議なぐらいだ。当然、再起不能ではあるが……。

「――――なんてな。驚いたぞ、まさか余裕で拘束を外すとはよ」
「なぬ! 何者だ、貴様! さては、人外の類だな!!」

 目を疑いたくなるような光景に誰しも言葉を失った。
 軟体生物のように、溶かした飴細工のごとく、スルリとヒューズの身体が元のカタチに修復されてゆく。

「人をバケモノ扱いするなよ。これでも列記とした人間だ! ちょっぴり錬成術の失敗で得意体質になっちまったがよ」
「スライムだ! アイツ、スライムマンだ」

 オッドの言葉にヒューズは歯を剥き出しにして卑しく微笑んだ。

「このフニャフニャな身体も慣れると結構、便利だぞ。例えば、こうとか!」

 短刀を握った腕を振り降ろすと、釣り糸のようにビューンと伸びてゆく。
 不意打ちとはいえ、ヒューズの攻撃は大して速くはない。
 難なく避けきるブロッサムだが、刃の狙いは別にある。

「しまった、シゼル殿!! 身を伏せてくだされ!」

「えっ? 何、何が……起きているの? 鏡がないとホワイトナイトが出せないよ」
「どちらにしても無駄だ。俺の身体は自由自在に変形するんだ。回避したところで、さらに追尾するだけさ」

「なら、本体を叩くってのはどうだ?」
「へぇー…………こりゃ一本取られたねぇ~」

 魔銃から放たれた魔法弾がヒューズの前で炸裂した。
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