ハーフエルフ・コンプレックス

種田遠雷

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4、闇夜と魔術師

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 笑うアギレオに、レビが顔も向けずに冷たく言い放つ。
「声デカすぎ。話の内容頭空っぽすぎ」
「厳しいな!?」
「覗かれた分も含めれば罵倒としては優しいと思うが。ケレブシア、服が濡れないか」
 濡れた長い髪を手で浮かせてやるハルカレンディアに、レビが「平気」と眦をゆるめた。
「……もうほんとキスしちまえよ」
「ハルカレンディア、甘やかすからおかしらの頭がゆるくなってるんじゃない?」
 じゃあね、と声を置いて離れていくレビを、ハルカレンディアは笑いながら見送った。
「おかしなやつだ。そんなに他の者と唇を交わさせたいのか」
 呆れた顔で肩も竦めないハルカレンディアの後につきながら、そうじゃねえんだよなあとアギレオが唸る。
「ああ。離れたところで見てえのかもな」
 ハルカレンディアは足を止めた。
 振り返り、手をやってパチンと、撫でるに近い軽さで頬を打ってやる。
「私はお前と離れたくない」
 スタスタと歩いて行く足に、アギレオはついていきそびれ。ニヤケ笑いの口元をこすった。

 別の夜。
 正確には夕暮れ前だが「夜だ」と、レビは思った。
 夜にしか咲かない花を採取するために家を出たところで、起き出してきた獣人たちが砦にチラホラ見え始めているのに気がついたからだ。
 砦の獣人達は多様であり、生態も様々だが、どちらかといえば夜行性の生活を送る者が多い。
 鹿の獣人であるヴィルたちは昼行性だが、最近彼らが加わるまでは、ほとんどの獣人が活動するのは決まって「夜」だった。
 咲いてるといいんだけど、と、数歩踏み出しかけて、違和感にパッと肩越しに振り返る。
 いつもはゆっくりと往来する食堂への流れの中、獣人達が駆け足なのだ。
 少し考えてから、同じように走って食堂へと向かった。
「――何匹くらいだったか見えたか」
「わかんねえが、一目で判らねえくらいはいたぜ」
 扉を開いてまず耳に飛び込んできた声に、やっぱり、と足を早めて近付いていく。
 食事を終えたところだろう空の皿を前に座ったアギレオを、食堂にいるほとんどの面子が囲んでいた。
「リュー、把握してこい。深追いするなよ」
「わかった」
 リーに声を掛けられ、言うが早いか食堂を飛び出していくリューの後を、狐の獣人であるメルが追う。
「俺も行く」
 気が短いリューの押さえ役を買って出たことは誰の目にも明らかで、頼んだ、とリーが頷いて見送った。
「このところ多いな」
 アギレオの隣ではハルカレンディアが、顎を擦りながら目を細くしている。
「ゴブリンってことか」
 レビが声を掛けると、振り返って顔を上げ、ハルカレンディアは慎重に頷いた。
「ゴブリン自体はどうってことねえが、どうもきな臭えな」
 アギレオが片眉を跳ね上げ、リーが浅い頷きを重ねる。
 ゴブリンは魔物の中でも身体が小さく、戦闘力もそれほど高いというわけではない。普段は地下や洞窟にひそんで暮らしていて、迷い込むと厄介なのはその数の多さだ。
 だが、それがわざわざ地上に度々出てくるのは、少なくとも地上に暮らすものにとって良い予兆であることは少ない。
 スンスン、と、少し離れたところでナハトが鼻を鳴らしているのに気がついた。
「ナハトはこないだもその前も出たっけ。どんな様子?」
 んン? と、途端に大きく眉を上げ、どことなく戯けた様子になるナハトに、促すように首を傾げてみせる。
「よくはねえなぁぁ。ゴブリンにしちゃしてんのが気に入らねえぇ」
「へえ?」
「鎧がそろってんだよなぁぁ、なんとなくよぉぉ。得物やらもなぁぁ」
 既に報告を受けていたのだろう、アギレオとリー、ハルカレンディアに驚きはなく、互いに目配せしては頷き合っている。
 なるほど、と、レビは顎に手をやった。
「来るか」
「多分な」
 呟きに、肩を竦めてアギレオが応じる。
 まだ規模は判らないが、恐らく、ゴブリンの部隊は先遣隊せんけんたいだ。
 つまり、ことを起こすつもりの魔物の軍が後ろに控えていて、戦況や状況を確認し、上手くいけば守りの弱いところを潰しておいて突破口などにするため、主戦力ではないゴブリンを派遣している。
「今夜の状況次第では王都に報告しよう」
 ハルカレンディアの声に、それぞれが小さく頷いた。
「――いたい三十!!」
 バタン! と、乱暴に扉を開く音に紛れてもよく響く声に、全員が振り返る。
「待て。アホか聞こえねえよ、いくらだって?」
 飛び込んできたリューに、アギレオが笑った。
「三十くらい!」
「ホブゴブリンがいた」
「おっと……」
 後から入ってきたメルの報告にアギレオが眉を上げ、リーが眉を寄せた。
 ホブゴブリンと呼ばれる大型のゴブリンは、ゴブリンよりも身体が大きく知能も高い。むやみやたらに破壊にかられるゴブリンを率いたり使役したりする姿がよく知られている。
「ハル。明日の朝には王都へ行けよ」
「そうしよう」
「リー、何人出せる」
「十二。連日で怪我人が多いし、できれば温存したい。俺も出る。よければお前もまだ出したくない」
「ア?」
「そうしましょう。私達としては、今の内に若手に経験も積ませたいの。私も行くわ」
 厨房からエプロンを外しながら出てきたリーの妻、ルーにアギレオが振り返った。
「……台所は?」
 笑いながらルーに尋ねる様子から、もう従う気なのが見ていて伝わる。
「大まかなことは終わったから、後はみんなに任せたわよ」
 肩を竦めるアギレオに話がまとまりかけたところで、慌てるように口を挟んだ。
「俺も出る」
 皆の注目を集めて、改めてそれぞれの顔を見て返す。
「頼めるか。貴重っちゃお前のが貴重だ。絶対ェやられてくれるなよ」
「わかってる」
 世界全体を見ても、エルフの国はともかく、魔術師というのは珍しい存在だ。砦にももちろん、自分一人しかいない。だが、戦闘において単体の攻撃力という点では、魔術は他の追随を許さない。
 この局面ではうってつけのはずだ。
 言葉通りの信頼と、その損失を案じるアギレオに確と頷いてみせた。
「もう陽が落ちるぞ」
 慎重な目線を寄越すハルカレンディアにも、大きく頷く。エルフの血を引いているから人間よりはマシだが、獣人ほど夜目が利かない。
「わかってる。考えがあるんだ」
 それを試したい、などと言っては不謹慎だが。
 任せる、決まりだなと、出撃に向かう獣人達と残る者とで目線を交わし合い、戦術会議は解散になった。

「つ、……つまり?」
 攻撃的な霊力の高まりと、残酷な快感に反応して、と魔術の説明をするレビに、リーが眉を寄せた。
「つまり、攻撃が当たると相手の足が光るようになるってこと」
 笑いながら説明を要約するレビと全く同じ、だが別の声が、長い長い詠唱を同時に唱えている。生まれつき持っている“詠唱舌”といって、普通の声とは別に魔術の詠唱ができるのだ。
 戦闘に出る面子の全員に魔術を付与すると、早速隣の者を殴る者がいて、殴られた方の足がぼんやりと光っている。
 実践的すぎる、と笑いを噛み殺した。

 真っ暗な森を抜けるために、レビの道先案内をどうするか、という話に、殴り合いながら行こうという提案を却下する。
 俺が普通にランタン持って走る、と申し出てくれたナハトの後を追って、必死に暗い木々の間を抜けていく。
 獣人たちは、とにかくとてつもなく足が速い。レビが追い着けるようにナハトは山犬に姿を変えず、ヒト型のままで走ってくれているが、それでも気を抜くと見失いそうだ。
 他の獣人たちはとっくに見えない。
「見えたか」
「まだ。でも聞こえる」
「何が大体三十だよ。二十八だぞ足音」
「大体つっただろ!」
「デカい声出すなよ」
 声を潜め、笑ってすらいる獣人たちに追い着く頃には上がりきっていた息を、手で口を覆って隠した。
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