ハーフエルフ・コンプレックス

種田遠雷

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5、夜に光る

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「まだ大丈夫だ。飲むといい」
 リーが寄越してくれた水筒を、自分だけ、と少しためらい、いやと押し殺して受け取った。
「ありがとう」
 しっかり水を飲んで息を整える。遠慮なく。
 これは、練習のようなものだ。どこかで準備を整えている魔物の軍がいて、その先触れとしてゴブリン達がやってきた。
 次第に激しくなることが予想される魔物との戦いのため、日常とは違う心と動きが必要になる。
 獣人たちがチラチラ振り返って、リーの合図を待っている。
 もうナハトはランタンを点けていないが、幸い月は肥えている。リーとルーの明るい灰色の毛並みはレビにも見えるはずだ。
 行ける、と、目で頷くと、リーが走り出した。あっという間に離れていって、滑らかに狼の姿に変わったのが少し見えた。
 次々に走り始める獣人たちをレビも待たずに走り出す。どんどん追い抜かれるが、気にする必要はない。
 しんがりを務めるルーが、きっとレビのために速度を落としてくれているのだろう。月光にわずかに浮かび上がる二匹目の狼の姿を追った。

「オマエラ! オマエラッ!! キケ! キケーッ!!」
 それはひどい乱戦だった。
 話に聞いていた通り、背が低く群れる性質のあるゴブリン達は常にぎゃあぎゃあとやかましく喚きながら、集まっては獣人たちに襲いかかり、反撃を受けてはまた散り散りに逃げ出す。
 非常に不規則な波状攻撃にやや手を焼きながらも、獣人たちの方は統率が取れている。
 暗闇に足だけが光るゴブリン達が、集まり離れる、寄せては返す波のような光も手伝っているかもしれない。戦闘経験の未熟な参戦者が多いと聞いたが、次第に押していく。
 厄介なのは多少知能が高いというホブゴブリンで、背も高く力が強く、ゴブリン達の集団攻撃で起きる乱戦の隙をついて大きな木か鉄の棒を振り回す。攻撃力が高く精度もあり、獣人が攻撃を受けると更にそこにゴブリンの群れが襲いかかった。
 魔術師であるレビは、獣人ほどの防御力も機動力もない。
 岩陰に身を隠し、時に移動しながら、目を見開くようにして光る足に狙いを定め、魔術を放つ。
 弓を打つ者、剣を振るう者、何か判らないようなものを持つ者。似ているが、扱う武器によって動きが違うのはどの種族も同じだ。
 詠唱舌と自らの口で絶え間なく詠唱を続け、数秒で途絶える光と攻撃を途切れさせないように混線の隙を縫う。
 数がだいぶ減ってきた。波状攻撃が弱まれば、明らかにこちらが有利だ。
 問題無い、やり方も肌に染みてきた。
 大丈夫、と思いかけた瞬間、勢いよく振り返る。何を見たのか聞いたのか、説明できないが。
 目を向けた先には指揮官とは別の、見覚えのないホブゴブリン。引き絞られた矢は、目を向けた瞬間まさに、放たれたところだった。
 顔の真正面。頭を貫かれる。
 どこから現れた。いや、最初からあいつだけ隠れていたのかもしれない。自分がそうしたように。
 駄目だ、わずかでもいい避けろ。
 言葉にならずそんなことが思い浮かぶが、身体が動かない。正面から矢を向けられたこともない。見えもしないし音も聞こえない。
 そうか、これが戦場か。
 ああ。お頭に貴重な魔術師だから死ぬなと言われたのに。
 一瞬でそこまで巡った言葉になる前の思考を、視界によぎる大きな影が停めた。
「えっ」
 トッと、軽い足音で離れた場所に着地したのは、ナハトだ。口に矢を咥えている。ヒト型のままで。
「ふぉへかはひえうほほほひいほおぉ」
「えっなに?」
 ぺっと矢を吐き出し、次の矢を剣で弾き飛ばしている。
「俺から見えるとこにいろよぉ、魔術師さまはよぉ」
 声が笑っているが、あっという間に真っ黒な山犬になって走っていく顔は、見えない。
 真っ直ぐに向かってくる山犬に向かって、ホブゴブリンは矢を放ち続けるが、少しも当たらない。
「ぎゃ……逆じゃね、ふつう……」
 いや、攻撃をかわすにも走って向かっていくにも、山犬の足が速いだろうが。
 四足で飛び込んだよう、空中で口を使って矢を止めた姿が頭にこびりついている。犬の仕草じゃないだろうか、それ。
 気を取り直し、途切れさせてしまった詠唱を再開する頃にはもう、戦闘はほとんど片がついていた。

 抜かりなく、事切れた敵から武器も防具も引っ剥がしてぞろぞろと歩いて帰りながら、リーとルーが今回の戦闘について若手たちに反省と改良点を説明しているのに、うんうんと一緒に耳を傾けた。
 戦闘経験の多くは、砦がまだ野盗だった頃で、一方的な襲撃ばかりだった。
 砦では戦闘が減って、アギレオ、リー、ルーは単独でも突出した強さだったし、ハルカレンディアに至っては数百年という歴戦の騎士だ。
 その後ろに守られながら魔術を使うばかりだったが、大規模な戦が起きれば、いつも同じ状況とは限らない。
 何が必要か、どんなことに気を配るものなのか。恐怖と昂揚が混じる不思議な気持ちで、道々の講義を噛み締めた。
 まだもう少し、夜明けまで間がある。
 砦に踏み入れて、これから更に狩りに行くという、一息もつかない獣人たちの体力に目を剥く。
 そうだ、と、だが自分も探し物があったのを思い出して、踵を返しかけ。
 黒髪の後ろ姿に気づいて、足を早めた。
 獣人の耳敏さか、振り返って足を止めるのが早い。近づくのを待ってくれるナハトの傍に駆け寄った。
「ナハト、今日はありがと。色々世話してくれて」
 一瞬、虚を突かれたような面白い顔を見た。そしてそれは、彼にとって特別ではない、状況を見て当然のことをしたということだと理解する。
 ほんの少し、胸の内側が輝くような感覚があったのは、多分、強くならなきゃと思っていたからだ。
 チラ、と笑う顔から舌先が覗いて、今度はこっちが目を丸くしてしまう。
「礼ならぁ、身体で払ってくれりゃいいぜぇぇ」
 野卑なというか、下卑た、とでもいおうか。
 ニヤアと大きく横に口を広げる笑いにポカンとしてから、顔をしかめてみせるが。
「……バーカ。からかいやがって」
 イヒィ、と高い声で笑って肩を竦め、森に入っていってしまう背を少し見送る。
 ナハトは、変人だ。周りも、本人もそう思っているし、変態だという話も聞いたことがある。
 でも、だからといって他とナハトで扱いを変える者もいない。それどころか、何かと力が優位になる砦で、かなり汎用的に戦闘に優れた彼は、一目置かれてすらいる。
 もしかしたら、と、考えながらレビも歩き出した。
 本人が一番、変人で変態のナハト、だと思っているくらいかもしれない。

 星見草ほしみそうは、夜間の暗さの中でしか咲かない。
 持ち帰った花を薬へと加工するため光を反転する魔術で保護し、その儚さを逃さぬようにと急いで準備して、はたと窓を見た。
 朝どころではない、多分昼間に近い。
「……あー、……ちょっと休憩……」
 限界、と、ベッドに倒れ込んだら、部屋の中を暗くしようと思っていたのに、何も出来ずにそのまま眠ってしまった。

 星見草は、珍しい植物だ。
 夜に薬効をもたらす触媒にもなるし、星見草自体もユニークな効果がある。けれど、使い道はそんなに思いつかず、単に珍しいから研究するつもりだった。
 だが、明らかにこれから必要になる。
 星見草からは、暗視の効果がある薬を作れるのだ。
 嬉しい偶然だ。もっと採取して備えておいて、株も掘ってきて栽培の研究も。
 と、考えたところで目が覚めた。窓を見ると陽が傾き始めている。
 なんだ、どのくらい寝てた、と髪を掻き回し。ついでに頭皮を揉みながら記憶を辿って考えを整理する。
 戦闘、ゴブリン、ホブゴブリン。先遣隊、魔物相手の夜の戦闘。獣人たちの多い砦は、多少有利か。
 砦のみんなに頼まれてる日常用の薬。それから。
 段々はっきりしてきた頭で見回しても、あいにく鏡が見つからない。
 少し考えてから、またベッドに倒れ込んだ。
 やることは山積みだが、もう少し頭がはっきりしないと能率が悪いだけになりそうだ。

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