春になるには

種田遠雷

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後編

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 彼氏も馬鹿だったが、一晩にこんなにケツを使ったのは初めてだった。

「そんじゃァなァ。ウズイ様によろしく伝えてくれやァ、ジモサマよゥ」
 身体が痛い。
 ガチャンと重く金属の鳴る音がして、目を開ける。
 ケツが痛い。身体が重いし、縛れていた手首も、縛られている腕と足も痛い。
「ックショ……」
 布団が恋しい。
 豪華な布団じゃなくていいから、安物の自分のベッドで寝たい。
 辺りは暗く、床は冷たく、けれど目の上の方が明るいのに気づいて顔を上げる。
 見たことのない場所の、見たことのない木の扉の格子こうしの隙間から、光が入り込んでいた。
 薄い灰青のような、月の光だ。
 今一体何時なんだ。
 自分たちで殺さず、一体何に生け贄を殺させるのだろう。
 ここはオクデンなのだろうか。それとも、何もかもただの嘘っぱちだったのだろうか。
 キシキシキシキシキシと微かな音がして、扉とは逆の、暗い方を振り返る。
 オクデンってそもそも何なんだろうか。こういうところって、神棚とかあるんじゃないのか。
 月光の差している扉が入口だとしたら、奥はただの白い壁のように見える。
 だが、キシキシキシキシは続いていて。
「……!!」
 メリッ! と音がしたかと思うと壁のド真ん中にド真っ直ぐな黒い線が入って、その線が太くなっていく。
 線は黒くなくなってきて、黄色っぽい色の帯になったかと思ったあたりで、開いた。
 壁が、いや、壁に見える扉だったのかも知れない。
 真ん中が割れたのではなく最初から両開きだったとしか思えない淀みなさで、壁だか扉だかが開いて、目を剥いた。
 バーンと書き文字がつきそうな、扉を開いた人のポーズでそこから入ってきたのは、光るイケメンだった。
 いや、イケメンというレベルじゃない。
 芸能人でも俳優でもモデルでも、とにかく思いつく限りの誰より、引くほど整ったキレイな顔をした、多分男だった。
 骨格や体格が男のそれに見えたし、こちらは床に転がっているから今イチ確かじゃないが、ものすごく背が高い。
 男が近付いてきてこちらに身を屈め、ヒッと喉の奥で声が引きつる。
 肌はたぶん白っぽいのだが、金の粉をまいたようにキラキラしていて、同じようにボンヤリと光りながら長く垂れ下がってくる髪は、薄い緑にも、青にもピンクにも、黄土色にも見える。
 ゲーミング妖怪じゃん、と、思いついたのだが言う勇気はない。
 多分、これは、人間じゃないのだ。
 人間の姿を真似ている何か、という気がする。分からないけど。
 黒いような金か銀のような瞳の、目に全然表情がなくて怖い。
 手が伸びてきて耳を覆うように顔を抱かれ、全身に鳥肌が立ってすくみ上がった。
 それは、ゾッとするような深い快感だった。
「ッア!」
 無機質に単なる、けれど恐ろしいような強い快感を塗りつけながら、めちゃくちゃキレイな手と指が首を撫でて下りていく。
 あまりにも美しいことにも、引くほど気持ちいいことにも、馬鹿みたいにチンコは勃起し。
「あっ、ぁッ、あ、ァ! やめ、やめて、」
 バタンバタン! と、音を立てて自分の手足が床に放り出され、けれど掴もうとする床は固い。
 すぐに足を立てられず足掻く膝をつかまえられ、大きく股を開かされて赤面する。
 パンツを履いていない股がスースーした。
 神様なのかもしれないと思ったが、信じたわけでもなく、化け物かもしれない。
 だが、あまりにも、顔も着物を脱いだ身体もキレイで、有名人とか芸能人とか、とにかくすごい人に見られているという、落差が。
「あっ、やめて、ほんとに、」
 手が通り過ぎても残ったままの意味不明の快感は身体中に這い回り、その、気持ちいい魔法の指が、尻の穴を探して、見つけて、入ってくる。
「はっ、ア、あああアアァ」
 身体がのけぞって、どうしても床は掴めず頼りなく、溺れるように手を上げて、光る男に縋りつく。
 近付いてくる顔が近付いてもすごい美貌で、内心ドン引きする。
 けれど、唇に吹きかけられた吐息は薄くミルクのような不思議な甘い香りがして、クラクラする。
「ア、ぁン」
 口の中を動き回る舌の動きは、なにか、他の誰とも違って感じる。
 必死に追うこちらの舌を構わないような、ゆるゆるとした身勝手さで、けれど、追い掛けて動きを合わせて絡ませれば、それは奇妙な心地良い翻弄だ。
 増え続けるばかりの快楽に揉みくちゃにされ、めちゃくちゃにのた打ちながら、みっともない声をあげて、光る男に身体をこすりつける。
「ふぁ、ぅは、あッ、ああ、あふッ!」
 指を抜かれ、硬くて太いのを押し込まれると、気持ち良すぎて一瞬気を失いそうになった。
「あ、あああアあアアァ」
 すごい。
 すごいし、ひどい、めちゃくちゃな動きだ。
 犬の交尾みたいな身勝手なピストンのようで、木の幹を這い上がる蛇のようなうねりにも似ている。
 食われるのかと思うほど熱心に口を貪られ、時折その周りを舐め回され、一欠片の気遣いもない無遠慮な出し入れに犯され。
 それなのに脈略なく死ぬほど気持ち良くて、気持ち良すぎて段々好きになってくる。
「やめて、やめて、おねがい、」
 悲しくて、泣けてきて。
 舌と唇で涙をぬぐってすすられ、幼児のようにしゃくり上げながら悦がりまくった。
 思い切り中に出されて、身体を離され、ケツに入っていたものも出ていく。
「……、」
 もっとして欲しい。
 見上げるゲーミング妖怪は、相変わらず引くほど美しいばかりで表情もない。
 ただじっと見下ろされて、こちらも黙って見上げてしまう。
 何か言おうとして口を開き掛け、最初に違和感があって、それから、変化に気づく。
 目がおかしくなったのかと思う、目の前に見ているものがブレているような、脳をバグらせるなにか。なにか。
 強く何度か瞬いて、何度目かではっきりとそれが見えて、短い間凍りつく。
 美しい顔の、最初は頬に。それから、その周りにも、顔全体にも、見えている限り肌の全てから。
 ぷつぷつ、プツプツとした小さな小さな、白い粒。粒が、つぶがツブがツブがツブが、男の美しい顔から首から肩から胸に喉に手に無数にぷつぷつツブツブと、乳白色のつぶが浮いてきて出っ張ってきて、じごじごと蠢いて、
「いッ、イイイッィィィッッ」
 全身に鳥肌が立つ。
 集合体恐怖の画像とかそれほどでもないが、これはキツイ。全身総毛立って、気持ち悪くて吐きそうになる。
「イイィイ、ィ、いや、やだやだやだやだやだ無理無理むりむりむりムリムリ」
 ツブツブはそのままにょろにょろと全部が長く伸びてきて、半透明の乳白色で、微かに震えているような動きが完全に生き物で。
「ィぎいィ!! いやだ、やだァ、――アッ!」
 這いずって逃げようとするのに、がっしりと背を抱き締められていて、力で敵わない。
「ぎぃぁァ、」
 考えてみれば当然だが、目の前に迫って、もう男の顔も見えないほどのにゅるにゅるよりも先に、抱かれた背の、腕の辺りからザワザワしたものが触れる。
「あアッ!? アッ!」
 その感触に怖気立って強張る鳥肌が、けれど塗り潰された。
 快感に。
 死ぬほど気持ちいい。
「ぁバッ! いぎッ、いや、や、だァ!!」
 気持ちいいわけがないのにメチャクチャ気持ち良くて、それが気持ち悪すぎるし怖すぎる。
「ア゛ッ アぶッ、 べハッ」
 口にも鼻にも入ってきて、気持ち悪いのに一瞬で快感に塗り替えられて、頭が変になっていく。
「ごぶ、ぅバッ」
 そうだ、息が、できない。
 けれど苦痛は、また一瞬で塗り潰される。
 肌に触れるにゅるにゅるが、触れた途端にチクッとして、塗り潰した快感は肌より深いところに現れはじめ、なにか、本能的なおそれが塗り潰されずに残って宿る。
 身体の中に侵入られていく。
 表皮から皮膚を突き破って肉に、肉を侵して内臓に、骨に、脳に、目の裏に、耳の奥に、どこか知らないような深いところに。
 身体は燃えるように熱くなりながら芯が冷え、何かを奪われていくのを感じる。
「げぶッ」
 むせた、ような。
 気持ち良くて、痛くて、怖くて、そもそも何も見えず聞こえず、全然判らない。
 身体は内と外の境界を失い、あたたかいものがあちこちからあふれて流れ出ていく。
 からだ、ぜんたいが、減っていく、みたいで。
 ふいに、あの下卑た村男たちが言っていたことを思い出した。
 ウズイ様は実りで、ジモサマは畑。
 ああそうか、と思う。
 種を植え、種は皮を破って、根や芽を出し、土に絡まり養分を吸い上げる。
 春は、土を食い破っ






 木戸の格子の間から差し込む光を頼りに、中を覗き込んでから、男は扉を開いた。
 昨日掛けておいた南京錠は影も形もないが、それこそが、今年もウズイ様が無事においでになった証だ。
 扉を開いて光を入れ、何年も誰も掃除どころか戸を開けすらしないのに、埃ひとつない奥殿を確かめる。
「雨水様、地母様、どうか今年も村をお守りくだせえ」
 何も置かないと決まっている、真っ白な漆喰の壁に向かって手を合わせ、尻を向けぬよう丁寧にあとずさりする。
 男は扉を閉めると、新しく持ってきた南京錠を掛け下ろした。
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