【本編完結】渡り人の世話役ですが、業務内容に性欲処理は含まれますか?!

はるみさ

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本編

18.契らせて下さい

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 結局、帰る宣言したサーシャだったが、両親に説得され、予定していた日数の半分、十日間は滞在することにした。

 それでも、サーシャはレイが心配で、リズやサラに何か困っていないかと手紙を送った。レイにも手紙を送ろうと思ったが、しっかり自分の口から謝罪の言葉と自分の気持ちを伝えたかった。あんなに酷く突き放したから許してくれないかもしれない。アリスと恋に落ちてしまっているかもしれない。
 けれど、どんなに怖くても、もう逃げないとサーシャは決めていた。

 そして、十日が経ち、ようやく水晶宮に帰る日になった。

 「サーシャ…もし何かあったらすぐに帰ってくるんだぞ。」

 「そうよ、サーシャ。無理はしないでね。しっかり食べるのよ。」

 「分かってる。心配させちゃってごめんね。
 …もう大丈夫。もし何かあったら、帰ってくる。
 その時は、慰めてね。」

 サーシャがそう言って微笑むと、父はサーシャの手をギュッと握った。

 「勿論だ!いつでも戻ってこい!!」

 「ねぇ…貴方?あれ…。」

 母が不思議そうな顔をして、門に続く道を指す。
 サーシャは、母が指した方向に視線をやった。

 すると、そこには馬に乗った男性が二人こちらに向かってくるのが見えた。セオと、黒いローブを被った男性。
 いつか見たその姿にサーシャの心臓は飛び跳ねる。

 門の前で唖然とする三人の目の前で馬は止まり、二人は馬から降りた。

 レイは黒いローブを勢いよく取り、三人に礼を取った。
 それは流れるような美しい礼だった。

 「レイ…様…。」

 レイはサーシャを一瞬見て微笑んだが、すぐに子爵夫妻に向き直った。

 「トランディア子爵、子爵夫人。
 お初にお目にかかります。私、渡り人のレイと申します。突然のご訪問、誠に申し訳ございません。

 本日は、ご息女サーシャ様への婚約のお願いに参りました。」

 「……こ、婚約ぅ?!」

 子爵邸の門の前にサーシャの叫び声が響いた。


   ◆ ◇ ◆


 レイは子爵邸の応接間に通されていた。
 サーシャの父であるトランディア子爵と二人向き合う。

 レイは子爵と二人きりの面談を希望したのだった。サーシャは母と二人、別室で待っている。

 「レイ様、今日はわざわざご足労いただきー」

 「どうぞ、レイとお呼び下さい。
 私は貴族ではありませんので。」

 レイはそう言うが、この国で渡り人の身分は貴族よりも高貴なものである。しかし、レイがそう言うのであれば、とトランディア子爵はその言葉に甘えることにした。

 簡単な挨拶を終え、二人は本題に入る。

 「レイ君…まず私と二人で話がしたいとは、どういう要件かね?婚約の申し入れであれば、サーシャと妻がいる前で聞くが。」

 子爵はその青い瞳で、レイを見つめた。
 レイも真っ直ぐに子爵を見る。

 「…単刀直入に聞きます。

 サーシャは本当に子爵のご息女ですか?」

 子爵は思わず机を叩く。その手は震えている。

 「当たり前だろ!ふざけたことを言うな!!」

 「ある程度の確信があり、話しております。
 私のお話を聞いていただいても?」

 子爵は答えない。反論がないのを了承と取ったレイは話し出した。

 「私の世界では番という存在がいます。生まれた頃から結ばれることが決まっている男女のことです。
 獣人は鼻がきくので、その番を匂いで判別します。私は生まれてからずっとその番を探して来ましたが、一向に出会えませんでした。そんなことはあるはずがないのに、まるで番がこの世界から消えてしまったようでした。」

 子爵は黙ったまま話を聞いている。

 「しかし、この世界に来て、私は番を見つけました。

 それが、サーシャです。

 最初、異世界に番がいるなんて信じられませんでした。けれど、彼女と共に時間を過ごせば過ごすほど、自分の番だと確信を深めるばかりでした。

 そして、思い出したのです。
 獣人の番である人間には特徴的な痣が現れると。」

 「…痣。」

 「はい。」

 レイはポケットからある物を取り出すと机の上に置いた。

 「これは…忌み花…!」

 「この花がサーシャの身体に浮かび上がっているんですよね?」

 「…あぁ。
 この痣のせいでどれだけサーシャが傷ついたか…!」

 子爵はぐっと唇を噛み締める。
 レイは悲しそうに眉を下げた。

 「この国でこの花が猛毒を持つ忌み花と呼ばれていると、私は最近知りました。しかし、私の世界ではこの花は天使の祝福という別名が付けられています。」

 「天使の祝福…?」

 「はい。この花の花芯には確かに猛毒があります。けれど、この花の花弁は万能薬として私の世界では使われています。そしてこの花は狼が好む匂いを発することから狼花という名前が付いています。
 …この花は狼の獣人の番である人間に出る痣の形なのです。」

 「この花が薬に…?」

 子爵が花を見つめて、信じられないという顔をする。レイは深く頷いた。

 「はい。今回、私はそれを国に伝え、先日から研究が始まっています。この花が忌み花と呼ばれなくなる日もそう遠くないかと。」

 子爵は黙って、何かを考えているようだった。
 暫しの沈黙の後、子爵が口を開いた。

 「サーシャは…本当に君の番、というやつなのか。
 なんで、私の実の娘ではないと?」

 「はい…。この世界には番という概念がなく、痣が出ることはないと聞きました。そうすると、サーシャは私のいた世界から転移した可能性が高いと考えました。

 今こそ王宮の奥深くに転移される渡り人ですが、サーシャがこちらに転移したであろう二十年前には、どこに渡り人が落ちるか分からなかったため、国は光に包まれてこちらに落ちる渡り人がいたら、報告するように義務付けていただけだった、と聞いています。保護したにも関わらず申告しなかった者は罰せられる、とも。
 それに二十年前は何故か渡り人が来なかったと。」

 「…そこまで知っているのか。」

 「私はただ真実を知りたいのです。

 子爵からサーシャを取り上げるつもりも、サーシャを渡り人だと国に伝えるつもりもありません。サーシャは紛れもなくこの世界の人間で、ここには彼女の居場所があります。真実を伝えることで、サーシャを追い込むつもりは私にはありません。」

 レイの目は真剣だった。サーシャを想うその目を見て、子爵は話し出した。

 「…分かった。

 今から話すことは、私しか知らない。妻にも話していないんだ。他言無用で頼む。」

 「はい。」

 子爵はふぅ、と一息つくと、話し出した。

 「…私たち夫婦は結婚してから五年もの間、子供が出来なかったんだ。しかし、ようやく念願の子を授かった。大事に大事に妊娠期間を過ごし、出産の時を迎えた。丸二日も苦しみ続ける難産だった…その結果、生まれた時には胎児は亡くなっていた。
 妻は出産したと同時に意識を無くすように眠ったから、胎児が死んだことには気付かなかった。」

 子爵はその時のことを思い出しているのか、涙ぐんでいる。

 「私は産婆にその子を預けて、外の空気を吸うために外に出た。現実が受け入れられなくて、涙の一滴も出なかった。子が産まれることを心から楽しみにし続けて、子供のために丸二日も苦しみ続けた妻に、赤ん坊は死んだ…と伝えなくてはいけないかと思うと、胸が張り裂けそうだった。」

 子爵は泣いていた。それにつられるようにしてレイの瞳にも涙が滲む。

 「しかし、その時、庭の隅が急に眩しくなったと思ったら、次に目を開けた時には元気な赤ん坊が大きな声で泣いていた。

 …神様の贈り物だと思った。渡り人だと分かってはいたが、そこにいたのは私しかいなかったから、バレないと思った。この子を私の子として育てよう、と思った。

 屋敷に戻り、産婆に捨て子を見つけたと言った。産婆も妻に良くしてくれていたから…私と同じようにこの子を我が子として育てたら良いと言ってくれた。
 その産婆も昨年亡くなったよ。もう真実を知る者はいないと思ってたのに…まさか君が現れるなんて…。」

 子爵が自嘲気味に笑うと、レイは立ち上がり、子爵に深く頭を下げた。

 予想もしないレイの行動に子爵は唖然とする。

 「ありがとうございます。
 サーシャを子爵家の娘として育ててくださって…サーシャに家族を与えてくださって。」

 「…な、何を。私は渡り人の非申告という罪を犯した。サーシャは渡り人として保護されていれば、今よりもずっと豊かな生活を送れただろうに…サーシャを我が子としたのはただの私の我儘だ…。」

 レイは首を横に振った。

 「確かに保護をされていれば豊かな生活を送れていたかもしれません。でも、渡り人に家族はいません。
 けれど、サーシャには貴方達、家族がいます。その方がずっと豊かな人生が送れると私は思います。

 …サーシャを助けて下さって、本当にありがとうございました。」

 「レイ君…。」

 レイは困った顔をして続ける。

 「それに渡り人とはいえ、この国で悪魔の花と呼ばれる花の痣を持っていたら、なんと非難されていたか分かりません…。一人きりでその辛さを乗り越えなければならなかったでしょう。サーシャの側に貴方達がいてくれて、本当に良かった…。
 それに、サーシャがあんなに優しく素敵な女性に育ったのは子爵夫妻が溢れんばかりの愛情を注いだからだと分かります。」

 子爵に促され、レイは再び腰掛けた。

 「…君は…本当にサーシャを愛しているんだな。」

 先ほど久し振りに見たサーシャの顔を思い出し、レイの頬が緩む。

 「はい。私にとって唯一で最愛の女性です。」

 「では、婚約も認めるしか、なさそうだな。」

 子爵が優しくレイに微笑むと、レイは首を横に振った。

 「いえ…。婚約を申し込みに来たのは、自分の気持ちに区切りを付けるためです。サーシャに婚約を受け入れてもらえるとは考えていません…。彼女を長い間苦しませたのは私ですから。

 ただ一つ…お願いがあるのです。」

 「お願い?」

 レイは真剣な表情で子爵を見つめた。

 「はい…。
 サーシャから離れる前に一度だけ契らせて下さい。」
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